4年目 3月 「そして来る日に」
当事者として卒業式に出席するのも四回目ともなると、もはやあまり感慨深く感じることもなかった。
久しぶりに着たスーツがどうしても着慣れなくてそわそわしていた以外、これと言って何事もなく卒業式が終わった。
昼前には終わってしまったので、七人揃ってポンコツ屋敷へと戻っていた。せっかくだからと、全員揃って記念写真を撮影したくらいで、本当に何事もなかった。
「先輩先輩っ! 今日はずっとスーツでいてくださいっ」
記念撮影が終わってからカナがそんなおねだりをしてきたので、フミヤはすばやくスーツを脱ぎ去り、いつもの格好に戻った。
「……卒業、しちゃったね」
昼食後は誰も部屋に戻らず、リビングのソファを取り囲んでいた。スズとカナがフミヤの隣を巡って争っていたのもいつものこと。いつもと変わらない日だった。
「大した問題じゃないわ。それよりも、もっと大きなイベントが待っているもの」
「そうだね。俺たちとしてみれば、そっちのほうが本命だもんね」
シュウとチャキの結婚式が三日後にある。
友人代表としてスピーチを任されたフミヤも、すでに原稿を仕上げていて、その内容を暗記し終えた。ワタルとスズとリアとアヤとカナを混じえ、スピーチの後に揃って歌を披露することになっていて、ここ数日はカラオケボックスで練習に励んでいた。
「いいなぁ~。結婚式いいですねっ。先輩、思い切ってあたしと結婚式しましょうっ」
「えっ、ヤだ」
「……あ、あきらめませんっ」
もはや何百度目か分からないほどのフラれた回数を一回増やしたが、カナはそれでも諦めない意思を見せる。
「フミちゃんにスピーチを頼むなんて、シュウくんも根性あるよね……」
「原稿見て、頼むの辞めようかと、本気で思ったけどね」
「あれ読んだら、大爆笑間違いなしだったのにな」
あれだけの完成度の高い原稿をつくり上げるのに、どれだけの時間を掛けたかと小一時間くらい語って聞かせたものの、最終的にほぼ全面的に書き直すハメになった。ウィットに富んだギャグと、ちょっとした小ネタを入り混ぜ、いかに来場者に飽きさせないかようにするか苦心したというのに、全員が口を揃えて却下した。
「会場ドン引きだよ! フミくんてば、本当にあれ読む気だったの?」
「当たり前だろ! 何のために書き上げたと思ってるんだ」
「包茎だの絶壁だのエロゲーだのネトゲーだの絶壁だの童貞だの処女だのって、結婚式で使う単語じゃないよね……」
「それ抜いたら、こいつらのことだと分からないだろ!」
「ついでに、自分自慢まで入れてたじゃないか」
「友人代表である以上、オレのことも知ってもらわなければならんだろうからな」
フミヤがどれだけ言葉を尽くそうとも、ポンコツ屋敷の住人たちは否定し尽くした。おかげで、普通で面白みもないスピーチ原稿に成り下がってしまった。
「そういえば、最近ちょこちょこと建設会社の人っぽい人が来てるよね」
「ああ。全員出たら、すぐにでも潰したいらしい」
「そっか……もう、なくなっちゃうんだよね」
ポンコツ屋敷は、四年前に潰されるはずだった。そこをフミヤが父親と交渉して、大学卒業まで借りることになり、仲間たちとの共同生活が始まったのである。
「チャキちたちは、住む所決まってるんだよね」
「うん。来週には引き渡しになるよ。フミヤのおかげで助かったよ」
二人は近所のマンションを借りることになっている。そこはフミヤの実家である不動産会社の持つ物件で、友達価格で少しだけ値下げしてくれた。
「買う時には、うちに相談する条件、忘れるなよ」
「安心なさい。フミヤに相談するほうが良い所見つかりそうだもの」
「アヤさんは実家に戻るんですよね」
「うん。会社が近いからね」
あのアヤが会社勤めをするというのが驚きだが、気がついたら姫プレイは止めていたし、なんだかんだで上手いことやりそうな気がする。
「ワタルさんとスズさんは、一人暮らしするんですよねっ」
「本格的に仕事することになると、どうしても時間がずれちゃうからね」
「ほとんど絶縁状態だし、さすがに戻れないから」
ワタルは来週から本業としてホストに専念する。バイトとして七年続けていたのだから、心配するようなことは何もなかった。
スズはどんな仕事をするか今日まで明かさなかったが、フミヤはそこはかとなくイヤな予感がしていた。
もちろん二人も、フミヤの実家の不動産屋から借りることになっている。
「リアっち、イタリアに帰っても元気でね」
「もちろんだヨー。みんなで、遊びに来てネ!」
リアは無事に留学を終え、帰国が決まっていた。飛行機は手配済みで、荷物は船で輸送中だ。日本人向けのガイドになると言っているが、無事成し遂げるだろう。
「そういえバー。カナはどうするノー?」
「あたしですかっ? あたしは──先輩のお家に住まわせてもらうことになっていますっ」
「──えっ?」
カナはスズを挑発するように舌を出す。カナがポンコツ屋敷へ越したタイミングで、父親はアパートを引き払っていた。職場の近くに部屋を借りているが、カナは通学距離の問題もあって一緒に暮らすことは難しかった。仕送りするという提案もあったらしいが、それを断ってフミヤの母に頼み込んで了承を得てしまっていた。
「ちょっとフミちゃん、どういうこと!?」
「いつの間にか、そうなっていた」
実のところ、フミヤは決まってからそれを知らされた。母親は『嫁候補が来た』と喜んでいたので、フミヤは『思うだけなら自由だけどな』とだけ言っておいた。
「一年だけらしいぞ。卒業したら、うちの紹介で一人暮らしするらしいが」
母親の喜びようと、一年間での気に入られ具合によっては、そのままなし崩し的に住み続けることになるかもしれなかった。
「フミヤも実家に帰るんだよね」
「一応な。ここに造るマンションの一部屋をもらうことになってるから、たぶん一年くらいでまた出るだろうけど」
「──えっ? 聞いてないですよっ!?」
今度はカナが驚いた。
「や、言ってないし」
「い、いいですもんっ。あたしも付いていきますもんっ」
「……二年契約って、一年で解消できるのかな」
スズはぶつくさと呟きながら、何かを考え始めた。
「というかね。スズ、貴方いつまでもヘタレてないで、そろそろハッキリとするべきよ」
「ああ、それは俺も思ってた。もう皆ここを離れるわけだし、言っちゃったほうがいいよ」
「──え、いや、でも、それは──」
「ヘタレ! スズのヘタレ! 早く、言っちゃいなヨ!」
「そうだねー。スズっちったら、たぶんこうしないと言わなさそうだもん」
「ま、待って、まだ、心の準備が──」
「それを待っていたら、いつまでも何も変わらないよ。スズさん、覚悟を決めるべきだ」
「ダメですダメですっ。それはよくありませんっ!」
チャキを先頭にシュウ、リア、アヤ、ワタルがスズをけしかけ、カナ一人が抵抗するという図ができていた。
「よし、会長。言ってしまえ!」
「フミちゃんまで……」
人の気持ちも知らないで、みたいな顔でスズがフミヤを睨みつける。
「スズ。何歩も先を行かれているというのに、このままカナに逃げ切られてもいいのかしら?」
視線を上に下に右に左にと向けたスズが、しばらく逡巡してから、覚悟を決めたようにフミヤの顔をしっかりと見てきた。
「──フミちゃん!」
「お、おう」
その迫力に押されるように、フミヤは少し体を後ろにそらす。
「あの、ね、その……なんていうか──わ、私、フミちゃんのことが好き!!」
「あ、ああ、知ってる」
「えええええええええっ!? ウソっ!? ずっと隠してきたのに!?」
「「「「「「「隠してたの!?」」」」」」」
ワタルが、シュウが、チャキが、リアが、アヤが、カナが、そしてフミヤまでもが驚いて声を上げ、七人の大合唱となった。
「……まさか……フミちゃんまで……」
思いの外ショックを受けたスズが打ちひしがれた。
「もう! だったら言っちゃう! フミちゃん、私と付き合って!」
顔を真っ赤にして、スズがハッキリと言い切ると、周囲から「言った!」「長かったね」「ぎゃー!」「やった!」と小声で喜びの声があがる。
「あー……ファイナルアンサー?」
「ふぁっ、ファイナルアンサー!」
フミヤは数秒だけ天井を見つめ、スズに視線を向け、窓に視線をそらし、徹底的に焦らしていく。そして一分ばかりしてから、スズの顔を見てハッキリ告げた。
「ヤだ」
「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!?」
フミヤの返事を聞いたスズが叫びながら泡を吹いて倒れて、きっかり三秒後に起き上がった。
「な、なんでっ!? どうしてっ!? 私の事キライ!?」
「というか、オレ、誰かと付き合う気ないし」
カナ以外の仲間たちが、冷たい目でフミヤを見つめていた。
「な、なんだよ? 昔っから、そう言ってるだろ」
「ソウネー。ワターシもそう言われたネー」
「うんうん。アヤも言われた」
「あたしはそれでも諦めませんからっ!」
「というかね、リアちゃんとアヤちゃんは初耳だよっ!?」
「えー。みんな知ってるのに」
「ソウネー。隠してなかったのニー」
「というか。スズ、貴方意図的にそういう情報を聞かないようにしていたものね」
「……いいもんいいもん。私も諦めないことにするもん。いつか振り向かせるもん」
膝に「の」の字を延々と指先で書き続けながら、スズはそう宣言した。
夜中になって皆が寝静まった頃に、フミヤは一人で庭先に出ていた。一人になって、今日までのことを思い返していた。
今日までの四年間、毎日のように楽しかった気がする。いつも一緒にいた連中と、一緒に暮らしたら楽しいかも、なんて軽い気持ちで始めた共同生活。
今日を境にして、少しずつここを皆が巣立っていく。本音で言えばそれは寂しい。
ただ、巣立っていくのはポジティブな感情からだ。決して、ここがイヤになったからではない。それが、一番嬉しかった。
照れくさいので面と向かっては言えないが、心の中で仲間たちに感謝していた。たぶん、きっと、死ぬまで仲間で居続けると思う。
仲間……いや、もう家族だと思う。大変なこともツライことも、みんなで共有してきた。
──ありがとよ、大切な家族たち。
フミヤは、あまり見えない星を見上げながら、心の中でそう呟いた。




