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1年目 8月 「真夏の夜の海」

 夏休みになって発覚した一番の問題は食事だった。食事のを担当はリアとシュウだが、この二人が揃って不在だと途端に食事事情が悪化することが分かった。

 しかし運のいいことに、夏休みということもあって、抜群の調理技能を持つカナが毎日のようにポンコツ屋敷にやってきては食事を作ってくれている。


「海でも行かねぇ?」


 豚の冷しゃぶを中心としたさっぱりとした夕飯を満喫した後、リビングでまったりと寛いでいたフミヤが、突然に思いついたまま言い出した。


「また唐突だね」


 唐突に何かを言い出すのはフミヤのオハコなので誰も驚いたりはせず、とりあえずと言わんばかりにワタルが話に乗って来た。

 今日はアヤも出かけているので、ポンコツ屋敷には四人しかいなかった。


「デートですねっ! デートのお誘いですよねっ! おニューの水着を用意しておいた甲斐があったというものですっ! 周りの人たちに見せつけるようにイチャイチャしながら海岸を追いかけっこして、浅瀬で水かけっこして。そして! そして一夜の思い出づくりですねっ!」


 カナはまるで音に反応する花の玩具みたいに体をクネクネとさせて、暴走気味にフミヤの言葉を拡大解釈していた。それを見た三人はすぐにドン引きした。


「そういえば、そろそろお台場の花火大会があるよね?」

「来週だよね。ボクはお得意様と行く約束してるよ」

「ちょっとっ!? なんでいきなり花火の話を始めてるんですかっ!」


 ドン引きした三人が話を逸らしていたら、カナが怒りの抗議をした。


「夏だからだろ?」

「確かに冬に花火の話はしませんけど、そういう意味じゃありませんよっ!」


 フミヤはワタルへ『助け舟求む』という視線を送ったが、ワタルは笑顔で『その船は沈没したよ』という視線を返した。


「ねね、フミちゃん。私も行きたいなぁ」

「ワタルに連れて行ってもらえば?」

「お台場の花火じゃなくて海の話だよ!? というか、ワタルくんデートだから邪魔しちゃうじゃない! 超気まずいよ!」

「はぁ、仕方ねぇな。そんなに行きたいのか、お前ら」


 言い出しっぺのフミヤが何故かあまり行く気がなさそうなのは気にもせず、スズとカナは激しく首を振ってイエスの意思表示をした。


「……じゃあ、行くか。ほれ、早く準備しろ」


 フミヤが立ち上がると、スズとカナは声を揃えて驚いた。ワタルはやっぱりね、という顔で苦笑していた。


「まだ夜ですよ?」

「そりゃあ、もう朝だって言われたら驚くけどさ」


 そういう返答が驚きですよ、とカナが驚いた。


「夜の海はいいぞー。止まってる車が何故か上下に動いてたり、若者たちがバイクでブンブンはしゃいでたり、パトカーがウヨウヨしてるんだ」

「ドライブで夜の海、ね。フミヤってなんだかんだ、そういうの好きだよね」

「目的があるようであんまりない感じだからな」

「人生の縮図みたいだね」


 何倍も苦労してきたワタルを見て、フミヤはワタルの人生観の深さに気付かされた。

 なんだかんだ言いながら、カナとスズは行く気満々だった。そして二人とも返答したあとで互いに敵視するように、助手席を巡る争いを視線だけで始めていた。


「ワタル、お前休みなんだし、たまには行こうぜ」

「ボクは遠慮しておくよ。馬に蹴られてしまうのは避けておきたいからね」

「蹴ってくるのは人間だから問題ないな。早く支度しろよ」

「まったく、キミは相変わらず話を聞いてくれないね」


 ワタルは肩をすくめながら、いがみ合う二人に申し訳ない気持ちをちょっとだけ送っておいた。



「ただいまぁ~っと」


 海へのドライブの帰りで拾われたアヤが、まず最初に玄関を開けた。そして『疲れたよぅ』と言いながらリビングのソファにダイブすると、スマホを取り出した。


「ん~いっぱい来てるぅ」


 チャットアプリにくっつくバッヂに書かれた数値がとても多かったのだ。一つ一つのメッセージを確認しながら、アヤは返答を打ち込んでいく。

 スズは冷凍庫から人数分のバニラアイス持ってきてテーブルに並べ、ワタルはテレビを付けた。面白くもない芸人が並んでいるのを見てチャンネルを変えていく。

 ガレージに車を入れたフミヤが、カナと一緒に戻ってきた。


「アヤ、少し開けろよ」


 フミヤが肉付きの良いアヤの尻を揉むと、アヤは無言で足を折りたたんで場所を開けた。フミヤが座ると、アヤは足が降ろしてフミヤを挟み込む。ストッキングがすべすべしてなんだか気持ちよかったので、フミヤはその太ももあたりをしばらく撫で続けた。


「なんかねぇ、ものすごくたくさんメッセ来てるの~。あ、フミくんタバコちょーだーい」


 フミヤは胸ポケットからタバコを取り出すと、顔を横に向けたアヤに咥えさせる。そこにワタルが手を伸ばしてさっと火を付けた。続けてタバコを咥えたフミヤにもワタルのライターが火を噴く。ワタルは自身のタバコに自分で火をつける。リビングは三人の紫煙で白く染まっていた。


「アヤさ、お前ゴス服の時はタバコ吸わないんじゃなかったのか」


 今日のアヤは、黒地のワンピースの袖とスカートに白いレースがたくさんまとわりついた、世間ではゴシックロリータと言われる、ゴスロリファッションである。


「だってだってぇ。アヤは姫だから、皆の前で吸えないんだもん~。ずっと我慢してたんだからいいの~」

「アヤを迎えに行った時に一緒にいたの、サークルの人たちだよね」

「そうなのよぅ。アヤがお姫様でぇ、皆が騎士なんだよぉ」


 右手にスマホ、左手にアイスの木べらとタバコを持ちながらソファに寝転びつつ、それらを器用に使い分けながら、アヤはサークルの設定について話した。


「たまに聞くよね、そういうの。オタサーの姫ってやつでしょう?」

「オタク系サークルって男の人ばっかりだから、女の子が入るとお姫様扱いされるですよねっ」

「アニメとかってぇ、シュウくんとかリアっちと一緒に見るくらいなんだけどねぇ……それでも嬉しいんだって言ってたよぉ」


 フミヤたちがアヤと知り合うキッカケになったのはネットゲームだったが、アヤはもう引退済みだった。代わりにチャキが現在進行形でハマっている。


「色々とお勉強したんだけどね、男の子たちにこっそり『貴方だけが好きなんだよ』って言うのがいいらしいんだよねぇ」


 全員に好意があるように思わせることで、よりいっそうお姫様扱いの度合いが上がるらしい。


「これがまたさぁ、超めんどくさくてぇ……お姫様も楽じゃないのよぅ。ネトゲーの中でやってるのは楽チンだったのにね~」


 そうは言うものの、チヤホヤされるのが大好きなアヤは、絶対やめたりはしない。引きこもっていた高校二年生の時に、ネットゲームで同じようなひきこもりたちのギルドに入り、姫キャラとしてチヤホヤされたことが快感だったらしく、大学では姫になるとアヤは言っていた。そして今、それを現実で実現させている。


「あのアヤちゃんが、本当にお姫様キャラになるなんてねぇ」

「だってだってぇ。シュウくんにはチャキちがいるしぃ、ワタルくんは相手してくれないしぃ、フミくんは……ねぇ」

「おいおい、オレだけ言いよどむってどういうことだよ」


 フミヤのクレームは、スズとカナの同意にかき消された。アヤは不貞腐れるフミヤの頬を人差し指でツンツンとやると、フミヤは黙ってそれを受け入れていた。


「ねえねえ、聞いてよ」

「さっきからずっと聞いてるだろ」

「フミちゃん、そういう時は『なんだい』って言うものだよ」

「おいワタル。なんで今日はオレが責められてるんだ」

「そりゃあ、フミヤは女心ってヤツを理解していないからさ」


 女の子三人は誰からとも言わずに顔を見合わせ、それから揃ってフミヤを見て、そしてため息を吐いた。


「っていうかぁ、アヤの話聞いてってばぁ。んとさぁ、男の子ってぇ、処女かどうかって重要なのぉ?」


 アヤの言葉に、スズが『ひゃあっ』と軽い悲鳴を上げた。恥ずかしそうに頬に手を当てて顔を赤くする。


「いや、別に気にしないけど」

「だよねだよねぇ。でもでもぉ、サークルの男の子たちがぁ、すっごい気にするんだよねぇ」


 曰く、『男の人と付き合ったことがなくて、だから処女で、髪を染めたことがない、化粧っけの薄い』ことが姫に大切な要件なのだと言う。


「……なんだ、魔女狩りか? そんなこと、どうでもいいじゃねぇか。なあ?」


 フミヤが水を向けると、ワタルもそれに同意した。二人とはメンタリティが違うようで、フミヤもワタルもなんとも答えられなかった。


「よし。そういうことなら、一番分かりそうなシュウに聞くか」


 そう言うとフミヤはポケットから取り出したスマホでシュウの番号をコールした。


「こんな時間に迷わず電話って……先輩、それはどうかと思いますっ」

「んもう。チャキちゃんが怒るよ」


 何コールかでシュウが電話に出たが、その背後から恨めしそうな声が一緒に聞こえてきて、夏らしいホラーな通話だった。


「おう、オレだ。お前が事故を起こしたから示談のために金払え」

「先輩がオレオレ詐欺を始めましたっ」

「最近は、振り込め詐欺って言うんだよね」

「それも古いよぅ。今はね、母さん助けて詐欺って言うんだよぅ」


 言い方が変わっても、本質的なところに違いはなかった。


「んだよ、ケチくさいな。一千万に負けてやったってのに。でさ、聞きたいことがあるんだけどよ」


 フミヤはアヤの言っていたことを電話の向こうのシュウに伝えてみた。


「……そんな理由? ん……面倒な人種だな。そうか、サンキューな。んじゃ後ろで怒ってる嫁を宥めるのは任せた。じゃーなー」


 電話の向こうでチャキは怒っていて、電話越しに小声で罵る呪詛の声が聞こえていた。話は聞こえていなくても、フミヤの反応だけで四人には色々と想像できた。


「チャキち、すっごい怒ってたみたいだねぇ。んでんで、なんて言ってたのぅ?」


 それはそれとして、アヤは興味津々の様子でフミヤを促した。


「ん~。なんて言えばいいんだろな。ようするに──自分が始めての男で、遊んでいるように見えないのがいい、みたいな話だったな」

「そんなこと、気にする人がいるんですねっ。あたしは先輩一筋なので問題ありませんがっ!」


 カナが、アピールすることを忘れずに、女性陣を代表して見を述べた。


「んだな……お、そうだ。アヤの高校時代の写真とか見せたら卒倒しそうだから、やってみていいか?」


 ド派手に染めた金髪に赤いメッシュ、露出高めのブラウスとミニスカートと、どう考えてもオタク層には受けなさそうな姿の写真を、フミヤはアヤに見せた。

 引きこもっていた部屋から引きずり出して、玩具にするように見た目を変えさせた時に撮った、記念の一枚だった。


「ずぇぇぇぇぇぇったいに、ダメぇっ!! もう、それ消してよぅ」


 何も答えずにフミヤはスマホの画面を消してポケットにしまいこんだ。


「ん……眠くなってきた気がするから、風呂入って寝るかな」

「あ。せっかくだから、あたしもお風呂に──」


 風呂へ付いていこうとするカナの腕を、スズが掴んでそれを食い止めた。


「さあカナちゃん。お風呂空くまで一緒に待ってようね」


 『先輩とお風呂~っ!』と言い続けるカナの抗議の声も聞かずに、スズはカナを強引に部屋へ連れ去った。


「アヤ、終わったら声かけて」


 流れ的に自分が最後だと判断して、ワタルはそう声を掛けてからリビングを出た。それを確認してから、アヤが風呂へ行こうとするフミヤに聞いた。


「ねね、フミくん。今夜、お部屋に行ってもいい?」

「構わないが……話の流れからして、そういうのはもうナシなのかと思ったけどな」

「そんなの知らないよぅ。アヤは、やりたいようにやるだけだもん」

「へいへい、分かりましたよお姫様」

「えへへっ。あ、お風呂から一緒がいい?」

「好きにしろ」


 『分かったぁ』と言って部屋に向かうアヤの背中を見ながら、知らないことが幸せなのかなと、フミヤは思った。

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