表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/52

1年目 6月 「重めの風邪にはネギが効く」

「ワタル、起きているかしら?」

「……ああ。チャキか。すまないね」

「おとっつぁん、それは言わない約束よ」


 ワタルは体調が悪すぎて、チャキのボケに突っ込みきれなかった。

 朝、起きてきたワタルの顔色が悪いことに最初に気付いたのはチャキだった。顔色を心配する彼女の言葉に心配ないと返していたが、それはすぐさま間違いだと知られてしまった。

 最初のうちは普通にソファに座っていられたワタルだったが、体調の悪化に合わせて体勢を崩し、横に倒れ、そして床に落ちた。

 ずいぶんと派手に落下したので、フミヤとシュウが慌ててワタルを部屋に運びこんだ。その間に女性陣は氷嚢を用意したり病人食を作り始めた。

 誰かが指示をする必要もない。一緒に暮らし始めて二ヶ月も経っているのだから、言葉など不要なほどに完璧に役割分担ができていた。


「多少は落ち着いたようね。でも、少なくとも今日は安静にしていなさい」

「ああ、そうさせてもらうよ」

「だいたい、ワタルは働き過ぎなのよ。いつか倒れるだろうなとは思っていたけれど。これからは、もう少し自分を大切になさい」

「ははは……反論できないね」

「食欲はある? 少しだけでも、食べたほうがいいわ」


 チャキは横に置いていた、作りたてのお粥をワタルに見せる。程よく湯気を放ち、中央に置かれた肉厚の梅干しが食欲を掻き立てる。


「……作ったのは?」

「なぜ確認するのか問い詰めたいところだけど、勘弁しておいてあげるわ。これを作ったのはリアよ」

「なら、少しだけでも食べようかな」


 ポンコツ屋敷にいる者には二種類の人種がいた。料理がとても得意な者と、料理がとても苦手な者だ。たとえ病床であれ、そこは確認しなくてはならない。

 チャキはワタルの体を少し起こすと、開いた背中の隙間にクッションを差し込んだ。


「これって、浮気になるかしらね」


 レンゲでお粥を掬いながら、チャキは自問したが、そのままワタルの口に放り込む。


「ならないと思うよぉ?」


 チャキの独り言に、本棚に寄りかかってマンガを読んでいたアヤが答えた。


「それで、貴方何をしているの?」

「えっと……読書?」


 今日は赤いワンピースに白いベルトを巻いた格好のアヤが、疑問形で答えた。


「なんで病人の部屋でマンガを読んでいるのか、と聞いたつもりだったのだけれど」

「んとねぇ。ワタルくんが、寂しくならないように、かな?」

「わざわざ着替えまでして?」

「フラフラになったワタルくんに伸し掛かられた時に、部屋着だったらせっかくの思い出が台無しになっちゃうよぅ」


 そのためだけに、しっかりと全身くまなくチェックしたうえでワタルの部屋にやってきたアヤだった。


「ワタルは貴方には手を出さないから安心なさい」

「でもぉ。朦朧としてたら、誰かと勘違いしちゃうかもしれないよぅ?」

「そんなものを期待するのなら、万全の時にアタックなさいよ」

「もう何度もフラれてるもん。だから、既成事実を狙ってるんだよぅ」


 どこまで本気で言っているのか分からないので、チャキはもう何も言わないことにした。


「あ、そだ。チャキちさ、浮気かどうか気になるなら、アヤがやろうかぁ?」

「……貴方に任せるのは不安すぎるわ。だから、『浮気してごめんなさい』とヒデくんに謝ることにするわ」


 悪い意味でチャキからアヤへの信頼度が高すぎた。


「いいわねワタル。これは浮気ではないのよ。だから勘違いしないでちょうだい」

「……自分で食べるよ」


 げっそりとした顔でワタルはチャキからお盆ごとお粥を受け取ると、ふぅふぅと冷ましながら、ゆっくりと口へと運び続けた。


「チアキ、ネギはこんな感じでいいのかな?」


 そこへシュウがやってきた。彼が持ってきたのは全長四十センチほどの立派なネギだった。先端は細く削られていて、真っ白な湯気がわずかに出ている。


「ええ、それで充分よ。熱は……それほど熱くなっていないわね。ベストよ、さすがはわたしのヒデくんだわ」 

 シュウがチャキの横に座ると、続けてリアもやってきた。


「ワタール、お粥ドダッター?」

「…‥うん、おいしかったよ、ありがとうリア」


 熱が出ているせいで舌がバカになっていて、本当は味なんて分からなかったが、ワタルはそんなことを言ったりしなかった。


「それじゃあ、さっそくそのネギをワタルに使ってあげてくれるかしら」

「つ、使う……?」


 シュウはネギとワタルとを交互に見ながら考えて、それからワタルの顔の上で振ってみた。


「てろりろりっ。ヒデトはネギを使った!」

「でゅでゅーん。しかし効果は現れなかったぁ?」


 とても真面目な顔でシュウは効果音まで口にした。そしてアヤは笑いながらそれに乗ってみた。


「ヒデくん、何をしているのかしら」

「ネギを使ったんだよ? ハルアイだと、これで主人公の風邪があっという間に治ったんだけど」

「現実とエロゲーを一緒にしてはいけないわ」

「エロゲーは現実だよ!」

「……そのネギはね、お尻の穴に差すのよ。ブスっと挿してちょうだい」


 チャキは呆れ返りながら、シュウに指示をした。


「え、え~っと、いいかな、ワタル?」

「良くないよ。そういうのは、さすがに勘弁してもらいたいところさ……」


 寝ながら、ワタルは強く抗議の声を上げた。冷静に考えて、尻にネギなんて刺されたくはない。

 シュウはチャキとワタルの顔を交互に見て、どうするべきか悩む。チャキの言うとおりにするべきか、ワタルの意思を尊重するべきか──だが答えは出ない。


「……シュウ、信じているよ……ボクはね、キミを世界で四番目に信じているんだよ……」


 病床からワタルが泣きそうな顔でシュウに向けて訴えかけてきた。ワタルの中での順列は、妹、祖母、そしてフミヤで、シュウはその次という並びになっている。


「あはっ、面白そう~」


 読んでいたマンガに栞を挟むと、アヤが興味津々にベッドに寄っていった。


「アヤ、貴方はワタルの腕を抑えこみなさい」


 アヤは快く引き受けると、ベッドの上をドスドスと歩き、ワタルの背中のクッションと入れ替わった。頭を太ももに載せてワタルの両腕をしっかりと抱え込む。


「あ、アヤっ!? た、頼む……頼むからぁっ……」


 咳き込みながらワタルはアヤに懇願するが、アヤは『ワタルくんのためなんだよぉ』と言いながらワタルの肘が曲がらないように肘を腕と胸とで固める。


「あぁん、動かしちゃダメだよぅ。んん……ワタルくんのえっちぃ~」


 ほんのりと嬉しそうな顔を赤らめて、アヤがワタルの顔を見下ろす。その目に浮かぶ捕食者の色を見て、ワタルはアヤに説得が通じそうにないと悟った。


「シュウ! シュウ!」

「ヒデくん。これはワタルのためなのよ。風邪を早く治して、また元気になってもらうためなの。だから本当にワタルのことを思うのなら、心を鬼にするのよ。それが、本当の友情というものだと、わたしは思うわ」


 ワタルの懇願に、すかさずチャキはシュウの心に語りかける。

 シュウは、本当の友情という言葉に心を揺り動かされていた。そう、本当の友達というのは、ダメなことはダメだと、たとえ嫌われても言わなくてはならないのではないだろうか。

 ──フミヤだって言っていたじゃないか。本音で、本気でぶつかって来ない奴と仲良くなんかなれない、と。


「そうだね、本音で、本気でぶつかることが、友達として大切なことなんだよね」

「──シュウ! 落ち着いてくれ! 冷静になるんだ! 友の頼みを聞くことも、大切なことだと思わないかっ!?」

「ワタル、いい加減に観念なさい」

「チャキも、そんな怪しげな治療法を信じないでくれないか」

「これはれっきとした、効果のある民間療法なのよ。ネトゲー仲間の、歯科助手の奥さんを貰った人の弟だと言う人から聞いたから間違いないわ」

「歯科助手とか風邪に関係ないし、そもそもその人まったく関係ないよね!?」

「ごちゃごちゃとうるさいのよ、ワタル。いいから黙ってなさい」


 チャキは、もう聞く耳持たないと宣言すると、布団をめくり上げてワタルの下半身を露出させた。寝間着である灰色のスウェットの腰部分まできっちりと見えた。


「リア、ワタルの右足を押さえなさい」

「オッケーネー」


 リアもベッドの上に乗り込み、ワタルの右足を抱きかかえた。


「膝を折って、腿上げみたいに上半身にくっつくくらい持ち上げて」


 チャキはリアにそう指示を出しながら、自身もワタルの左足を抱えて『こうやるのよ』と見せる。リアはそれを見ながら、同じようにワタルの足を折り曲げる。


「ワタル、美少女三人に胸を押し付けられている感触はどうかしら?」

「……三人だって? ははっ、左足のほうはゴツゴツして──あいたっ、つねるの禁止つねるの禁止ぃぃっ!」


 同年代の中でも圧倒的に無い胸代表であるチャキは、笑顔のまま無言でワタルの腿をつねりあげた。


「シュウ……こんな恥ずかしい格好させられて、もう死んでしまいそうだ。もう、これで勘弁してくれ……なあ、世界で五番目に信頼している親友よ……」


 ワタルの泣き落としに、シュウはピタリと動きを止めた。 

「あれぇ? シュウくん、ランクダウンしちゃったよ?」

「アハハハハー、きっと、スズに追い抜かされたノネー」


 実は代わりにランクアップしたのはカナである。笑ってすこし力が抜けてしまったリアは、慌ててワタルの右足を抑え直した。


「ワタル……俺も実はやりたくはないんだ。でも、きっとワタルのためなんだよ。ワタルの好感度が下がっても、この後に挽回するイベントがあるはずなんだ」

「シュウ──現実とエロゲーを一緒にしないでくれ……」

「エロゲーは現実だよ!」

「待て、待ってくれ。世界で七番目に信頼できる友よ!」


 もはやシュウの好感度はだだ下がりであった。しかも今回は一足飛びの二ランクダウンである。


「これから好感度イベントで挽回するから。きっと、そういうシナリオだから。トゥルーエンドでカタルシスを得るための、ライターの策略に違いない」


 頭から煙を出すほどにオーバーヒートしかけているシュウは、もはや現実とエロゲーとの区別がつかなくなっていた。ある意味での現実逃避であった。


「ワタル、覚悟を決めなさい」


 チャキはワタルの左足を抑えながら、パンツごとズボンをずりおろした。使いこまれた武器がボロッと飛び出る。


「あら」「オオウ!」「わっ」


 女子三人は目をそらさずにまじまじとその大砲を見つめて感嘆の声を上げ、それぞれ誰かの息子さんとの比較を脳内に描いた。


「……ヒデくんのジョニーの目標はこのサイズなのね、頑張って育てないと」


 そんな声ももはや届いていないシュウは、チャキに言われるがまま、手に持った真っ白なネギの先端をゆっくりとワタルの尻に近づける。

 ワタルが首を振り腕や足を暴れさせてもがいて窮地を脱しようと悪戦苦闘する中、シュウはそれを思い切って付き出した。


「アッー!」


 ワタルの悲鳴がポンコツ屋敷の隅にある物置の扉を震わせるほどの大音量で轟き渡った。

 ワタルの熱は翌日にはグッと下がり、チャキがドヤ顔で『効いたでしょう』と言うので、ワタルは『チャキのためにネギを用意しておくよ』と返しておいた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ