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2年目12月 「年明けは地球上にいない」

 もはや年の瀬が迫るどころか、新年が押し寄せてくる十二月三十一日。ポンコツ屋敷の住人たちは朝から大掃除に明け暮れ、気がつけばもう夕方になっていた。

 常日頃から部屋の掃除をしていたカナは、リビングやキッチンまで清掃を終えて、風呂の掃除にまで手を伸ばしている。

 カナと同じように部屋の整理整頓を心がけていたシュウは、チャキやアヤやリアたち掃除をしない女性陣の手伝いに駆り出されていた。

 フミヤの部屋はカナやシュウが出入りの度に整頓される。ワタルは私物が少ないし、スズもそろそろ終わる頃合いだ。


「ふぅっ」


 カナは風呂掃除を終えると、額に浮かぶ汗を首にまいたタオルで拭った。

 大人数向けの家だけに風呂場は広かった。浴槽は大人三人が頑張れば同時に入れる。反面洗い場はそれほど広くなく、大人二人までだろう。

 やはり日頃の掃除こそが、もっとも楽をするための手段たりえるのだとカナは実感し、排水口を綺麗に掃除しきって、カナは風呂掃除を終えた。

 濡れてもいいように、カナはティーシャツにショートパンツ姿だ。そこそこ濡れているが、動き続けていたので体が火照るように熱く、冷たさが心地よかった。


「カナ、風呂は終わったか?」


 そこに部屋の掃除を終えたフミヤとワタルが顔を出してきた。


「はい、終わりましたっ!」

「そっか。それじゃボクはガレージのほうをやるよ」

「おう、任せた。あとは、どこが残ってる?」

「……えーと、物置ですねっ」


 ポンコツ屋敷の東側、ガレージへとつながる廊下の反対側に広い物置がある。かつては居室だったそこは、物置として雑多な物が片っ端から放り込んでいる。


「……仕方ない。やるか」

「手伝いますよ、先輩っ」

「いや、カナは夕飯の支度を頼む」

「はぁい」


 不承不承という体を隠さずに、カナは了承した。二人っきりになれるチャンスだったのに、それが叶わなかったことを、これでもかというほどアピールする。

 廊下を歩きだしたフミヤとワタルを見送りながら、カナは向かいのキッチンへと入った。カウンター越しにリビングを見ると、所在なさげなチャキの姿が見えた。


「あれ、チャキさん。掃除終わりましたっ?」

「ええ。せっかく時間が出来たのに、ログインしようとするとヒデくん怒るものだから、こうして座っていることにしか情熱を傾けられないのよ」

「ならなら、お夕飯、手伝ってくれませんかっ?」

「……いいのかしら?」

「大丈夫ですよ、おにぎり作るだけですからっ」

「今日の夕飯は軽めなのね」

「年越しそばがありますからねっ。軽くしておかないと、食べれなくなっちゃいますよっ」


 『越しの瞬間にそばが食べたい』──朝、フミヤが突然そう言い出した。そばは夕飯にするとカナが言っても、フミヤは年越しの瞬間に強くこだわった。

 愛しいフミヤが言うのだからと、反対の声を黙殺してカナはその願いを叶えることにした。


「それで、わたしは何をすればいいのかしら。そばの実の収穫? 製粉? そば打ち?」

「……いえ、さすがにそばは市販のを買ってありますよ」

「じゃあ汁かしら」

「それはあとで作りますっ。というかですねっ、お夕飯のって言ったじゃないですかっ」

「じゃあ、何をしたらいいのかしら」

「おにぎりを作りましょうっ」


 チャキがニヤニヤとしていて、カナはからかわれていることに気付いた。カナは『はぁ』とわざとらしく息を吐きだした。


「具は冷蔵庫に用意してありますから、テキトウにやってください」


 カナは炊飯器からお釜ごと取り出すと、ふっくらと炊けたご飯をたらいの上にひっくり返した。水を張ったボールと塩を、テキパキと用意していく。


「……チャキさん。どう考えても、それは具になりませんよ」


 チャキが取り出したのは──乾燥ワカメ、牛乳、卵、ソーセージ、鶏肉、キャベツ、もやしであった。そのラインナップはおにぎりの具になりにくそうだった。


「玉子焼きとソーセージと唐揚げは別で作りますから……あと、ワカメは味付けしてあるのが……」


 どこまでワザとやっているんだろうか、とカナは考えてみたが、きっとチャキは本気だ。おにぎりを舐めているに違いない。

 チャキは濡らした手にご飯を取ると、それをぎゅっぎゅっと押しつぶしながら綺麗な球形に丸め始めた。



 油の中で踊るエビをじっと見つめ、カナはその時を待つ。いくら熱い熱いと悲鳴を上げても、カナの冷静な視線はそれを受け入れない。

 ……そして、今という自信のタイミングでカナは油の中から彼らを救い出した。

 全員分の天ぷらを揚げると、カナはそれを七つの丼に盛り付けていった。大きめのエビの天ぷらと、かき揚げの乗った年越しそばの完成である。


「いい感じに腹が減ってるぜ」

「ふふん、わたしの腕前に驚きなさい」

「チアキは何もしてないじゃんか……」

「何もしていないということをしたのよ」


 壁の時計は午後十一時半を指していた。少しだけ年越しには早いが、いい時間であった。


「うーん、カナちゃんが天ぷらまで……また少し置いていかれたなぁ」

「少しっ!? そもそも追いついてもいないじゃないですかっ!」

「そそそそそんなことないよ!? 私も少しは出来るようになってるんだから」

「スズさんの少しって……」


 カナが脳裏に思い浮かべるのは、茹で過ぎたインスタントラーメンやベチョベチョのご飯、焦げた玉子焼きという、あまりにも無残な光景だった。


「たとえ食べられなくても、料理は料理ということなんだろうね」

「それを料理というのは、料理に対する侮辱ダヨー!」


 ワタルが精一杯フォローしようとするが、リアは一刀両断にそれを断ち切った。やはりそれをフォローするのは、あまりにも難題すぎた。


「スズさんの料理はもう諦めるとして、温かいうちに食べちゃってくださいねっ」

「諦められた!?」


 スズがガーンという文字を背負っているのを無視して、仲間たちは次々と箸を手にそばへと手を伸ばした。


「うん、いい出来ですっ」


 カナはまず自信のかき揚げに歯を立てる。さくっと小気味よい歯ごたえで、油もほどよく、野菜が幾層に重なりながらも、素材の味がしっかりと残っている。

 まさに会心の出来だった。

 きっとフミヤが求めるに違いないと、特訓したおいた成果が生かされている。天ぷら粉がねっとりしていたり、掬うタイミングを逸して中まで油塗れだったりした、歴史の中に埋もれた失敗作たちも、きっと祝福してくれるに違いない。


「……なんか、高級な天ぷら食ってるみたいだな」


 そしてフミヤのその言葉が、カナにとっては最大の褒め言葉であった。


「えへへっ。カナ、頑張りましたっ」

「参ったなぁ、これに追いつくのは大変かも」

「サクサクしっとり、って奴だね。今度、コツを教えてよ」

「カーナすごいデース!」

「美味しいよぅ、これぇ」

「……ヒデくんがこれに慣れると、大変ね」

「うん、これだったら、そこそこのランクの店と渡り合えるだろうね」


 スズ、シュウ、リア、アヤ、チャキ、ワタルが次々と感想を口にしていく。

 カナが天ぷらを揚げると言い出した時、一同はどうなることかとヒヤヒヤとしていた。料理が出来ない者でも、天ぷらがどれほど難しいかということは知ってる。

 そして、安い店で食べる微妙な天ぷらの味も、知っていた。


「人数分しかないのが、重ね重ね残念だよ」


 ひとまずの感想をカナに伝えた後はその天ぷらの味を楽しむことに集中し、この時だけは一つのテーブルを囲みながらもリビングはとても静かだった。


「……ふぅ。ごち!」

「ごちそうさま!」


 次々と完食していくにつれて、騒がしさがリビングに戻っていく。時刻はまもなく日付が変わる頃合いだった。


「あっ、思い出した!」


 フミヤはわたわたと椅子に乗って壁時計を取り外すと、そのまま廊下に出ていき、しばらくしてから戻ってきた。


「これで時間ピッタリだぞ」


 そう言いながらフミヤは時計を戻した。

 一年前、仲間たちの謀略により一月一日の訪れを祝福することを妨害された。それを今でも覚えていたからこそ、しっかり固定電話から時報を確認したのだ。


「まーた五秒ずらしたのかしら?」

「はっ。いつまでもオレがそんなことをすると思うなよ」

「フミちゃんだと、今でもやりそうだよね」

「否定出来ないね」

「否定しろよ!」


 テレビから、まもなく年の変わる時が迫っているという音声が聞こえてくる。


「あっと言う間の一年でしたね」

「そうだね。平穏無事に今年が終わって良かったよ」

「何を言ってるんだ。ギリギリになってトラックが突っ込んでくるかもしれんだろ。油断するな!」

「……トラックがスピード出すような道はないよ」

「油断してても、してなくても、どちらにしても被害は変わらないだろうね」


 ポンコツ屋敷が面しているのは、住宅街の中の、中型車でも狭い道だ。どう考えてもトラックが突っ込んでくるようなことはなく、まずトラック自体が通らない。


「はいっ、カナは油断しませんよっ!」

「カナはいい子だな!」

「フミちゃん! 私も油断してないよ!」

「……会長は、いつも後乗りだな」

「サクサクだからね!」


 テレビの中で、女子アナがカウントダウンを始めた。壁の時計は寸分違わず、同じ時間を刻んでいた。残り十秒、というところで不意に沈黙が訪れた。

 テレビから聞こえるカウントダウンだけが、じわりじわりと今年の終わりと来年の始まりを告げていく。


「うおっしゃぁっ!」

「いやっふぅ」


 フミヤとカナが、残り一秒のタイミングで大げさに声を張り上げて飛び跳ねた。


「……あけましておめでとう」


 それに毒気を抜かれてしまった面々は瞬間的に呆然としてから、とりあえずその挨拶を口にした。


「それはあれよね……今年になった瞬間、地球上にいなかったぞ、みたいな奴よね」

「おう。去年の終わりから、ちょっとした旅行をしてきた気分になったぞ」

「先輩と二人っきりの旅行でしたっ!」


 『アホがおるで』という顔でフミヤとカナを見つつ、住人たちは『今年もよろしく』と互いに声を掛け合う。

 騒がしかった一年が過ぎ去り、新しい一年がこうして始まった。

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