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2年目11月 「その組み合わせは不毛なり」

「ワタル。貴方ちょっとフミヤとまぐわいなさい」


 その言葉が耳に届いた瞬間、フミヤは飲みかけたコーヒーをぶーっとチャキに向けて吹き出した。


「ちょっと! いきなり何をするの、フミヤ!」


 顔からポタポタと黒い液体を垂らしながら、コメカミをひくひくとさせてチャキが怒りだす。

 珍しくワタルが休みだったので、フミヤの部屋で対戦ゲームで盛り上がっていたところにチャキが来た。そして、そんな意味の分からないことを言ってのけた。


「唐突にもほどがあるよ、チャキ」

「阿呆かお前は」

「やだぁ、なんかドキドキするぅ」


 フミヤのベッドを占領していたアヤは、熱いまなざしをフミヤとワタルに注いでいた。ふと気付いたようにベッドを飛び降りると、布団を均して準備を整える。


「別にいいじゃない。減るものでもないでしょう」

「オレの心が擦り切れるわ!」

「それなら問題ないわね」

「大問題だ!」


 チャキがおかしな事を言い出すことは稀だった。ほとんどは大した害のないものだが、今回のように飛び抜けて理解の出来ないことは始めてだった。


「ベッドは準備しておいたよぅ。あ、ビデオカメラとか用意したほうがいいかなぁ」

「そうね、お願いできるかしら」

「お前らは少し黙れ!」


 ノリノリのアヤはフミヤの声をスルーしまくり、シュウに借りてくると言ってフミヤの部屋を出て行った。


「チャキさ、とりあえず話を聞かせてくれないかな。いきなり言われても、心の準備ってものがあるじゃない」

「ワタルも何でオーケーな感じなんだ!?」

「フミヤ、何を興奮しているの。猛りすぎよ」

「そうじゃねーよ、怒ってるんだよ!」

「……なるほど。貴方、掘る側がいいのね」

「そもそもそこじゃねーよっ!?」

「もう、何が言いたいのかハッキリ言いなさいよ」

「やらねーっつってんだよ!」


 肩で大きく息をしながら、フミヤはギリッとチャキを睨みつけた。だが、チャキはそれをどこ吹く風とまったく気にもしないように受け流す。


「ねー……なんなのよー、うるさいってばー……」


 ナイトキャップを被るスズが、眠そうに目をこすりながらフミヤの部屋に入ってきた。帽子があるので全裸ではないが、寝間着の類は一切身につけていない。


「ビデオカメラ借りてきたよぅ!」

「ねえ! フミヤとワタルがドキドキドッキングするってどういうこと!?」


 アヤがビデオカメラを掲げて部屋に飛び込み、それを追ってシュウまでやってきた。


「チャキさ、とりあえず説明してくれないかな。このままだと、話が進みそうにないよ」


 ワタルに促されて、チャキは『分かったわ』と頷いて、アヤのセッティングしたベッドに腰を降ろす。アヤはスズに『服を着ておいでぇ』と言った。



「わたしが代表をしているギルドに、いわゆる腐女子な女の子たちがいるのね」


 ベッドに座って足を組み、チャキは仲間たちを見回した。

 フミヤはワタルとゲームの対戦を再開し、シュウはアヤにビデオカメラの操作を教え、スズはフミヤの太ももに頭を載せてぐっすりと眠りこけている。


「……貴方たち、話を聞く気があるの?」

「聞きたくないから早く帰れ」


 フミヤがコントローラーを激しく操作する度に、スズの頭にゴンゴンと当たっているが、スズは起きる気配もなく夢の中でうへへと楽しそうな寝言を呟いていた。


「それで、その人たちが年末のイベントで、男同士がセックスする小説の本を出すらしいのね」

「ああ、冬フェに出すんだね」


 東京マンガフェスティバル冬の陣──通称冬フェ。世界最大の同人誌即売会で、年末の一週間で延べ五百万を数えるオタクの集うと言われている。日本のみならず全世界から人の集まる一大オタクイベントである。


「そう。それで、わたしにも書いてもらえないかと打診されてね。せっかくだから挑戦してみようと思ったのよ」

「一万歩譲って、それは理解しよう。だが、なんでオレとワタルなんだ」

「だって、ヒデくんにやらせるわけにはいかないでしょう。そうしたら、貴方達しかいないじゃない。分かったら、さっさと準備なさい」

「だが断る」

「分かったわ、妥協して挿入はナシでいいわ。台本は用意したから、演技をするだけよ」

「そこまで妥協するなら、他のやつにやらせればいいだろ」

「聞こえないわ」


 反射的にチャキは返答を寄越した。


「……おいシュウ、お前の嫁どうにかしろよ」

「そう言われてもね。チアキがこうなると、俺じゃどうにもならないよ」


 アメリカ人のように肩をすくめながら、お手上げというポーズをするシュウ。すでに諦めているのが、その態度と言葉で伝わってくる。


「いいこと思いついたよぅ!」

「ロクでもない案だと思うけど、とりあえず言ってみなさい」

「……シュウくん。なんでチャキちってこんなに偉そうなのぅ?」

「ごめん、本当にごめん」


 今日のシュウは謝ってばかりだった。


「あのねあのねぇ、アヤとワタルくんとでやるってどうかなぁ」

「却下よ。最初は嫌がっているのに、どんどんとのめり込んでいく、という趣旨なの。アヤ、貴方は喜んで尻を振るでしょう」

「だったらぁ──」

「フミヤでもダメよ。どちらにしろ最初から受け入れるでしょ。だからアヤはダメなの」


 徹底的に否定されると、アヤはふぐのように頬を膨らませて『もう知らない』と顔をそむけた。


「仕方ないわ。スズを起こしましょう。ヘタレだから、フミヤ相手でも嫌がる素振りくらいはするでしょう」

「スズさんは逃げ出すと思うけどね。そもそも、それをここのメンツで、というのが無茶だよ。どう組み合わせても、チャキの理想通りにはならないと思うよ」


 ずっとダンマリだったワタルが、ここに来て声を上げた。

 チャキはその言葉を聞くと、膝に肘を着いて頬を支えるような姿勢をとって長考を始める。


「──カナは、ワタルが相手なら仕方ないと最後は受け入れるでしょうが、さすがに忍びないわね。リアは──誰が相手でもアヤ並にノリノリになりそうだわ。スズは、フミヤでもワタルでも逃げ出すわね……ワタルは、誰でも上手くやるでしょうけど……やはりカナに──」


 チャキはぶつぶつと、誰はどうだと指折り数えながらどういう反応するかをシミュレートしつつ、納得出来ないようで何度も何度も全員のチェックを繰り返す。


「なんかねなんかねぇ、アヤまたバカにされてる気がするよぅ」

「なんというか、もう、ごめんよ……」


 チャキがつぶやき続けるなか、聞こえてきた内容について、各人がそれぞれ微妙な顔をした。


「決めたわ。やはりここは、当初の通りフミヤとワタルがやるべきよ」

「却下だ却下」

「じゃあどうしろというのよ。ダメだダメだと文句を言うのなら、代案を出しなさいよ代案を」


 もはやとチャキは完全に開き直り、自分を正当化しながら全ての罪をフミヤに押し付けた。


「書かない」

「一度引き受けた以上、ギルマスとしての尊厳を損なうような選択は出来ないわ」

「ホモビデオ見ながら書け」

「当人たちがそれぞれの場面でどういう思いなのか、という部分が女の子には重要らしいから、その感情を事細かに当人たちから聞き出したいの」

「どうしてそういう情報が後出しで出てくるんだ」

「だって聞かれていないもの」

「あーいえば」

「醤油ぅ」

「シュウ、お前の嫁めんどくさいぞ」

「知ってるよ……」


 シュウは疲れたような顔で呟いた。


「ひーらーめーいーたぁ!」

「それはないわ」

「まだ何も言ってないよぅ」


 今夜のアヤはとことん意見が通らないどころか、聞いてすら貰えなかった。またもや不貞腐れた顔をしつつ、それでも今度は自分の意見をハッキリと吐き出した。


「アヤとぉ、スズさんでどうかなぁ」

「正直、微妙なところではあるけれど──そうね、女同士でも許容範囲かもしれないわ。一番表現すべき感情面は、やはり女のほうが理想なのかもしれないわね」

「……シュウくん、やっぱり今日のチャキち何かおかしいよぅ」

「言葉もありません」


 項垂れるシュウをよそに、チャキは台本の調整に入った。



 皆の見守る中で、幾度とも果てないチャキ監督に指導によるビデオが完成すると、チャキはすぐさまその二人の感想をワンシーンごとにヒアリングをした。

 平日ではあったが大学は自主休講することになり、終わってみれば二人ともノリノリで、やはりそこはポンコツ屋敷の住人たるメンタリティである。

 特にスズの強い要望で、服を着た上で──全裸の達人であるスズがそう言い出したのだからその羞恥は並ではなかったのだ──撮影が進められた。

 ひと通りのシーンを撮影後、チャキはとても満足そうな顔でビデオカメラをシュウに渡して編集を任せると、リビングで眠りについた。

 その翌日、チャキは書き上がったとそのテキストデータを全員に送りつけており、時間の開いた面々がリビングに揃って、それを拝読していた。


「……これは……ギャグか?」

「んー……やっぱり、女性視点だとエロシーンがいまいちなんだよなあ。やっぱり男性視点でないと、そのあたりはちょっと弱いよね」


 フミヤは大笑いしながらそれを読んだが、登場人物がフミヤとワタルをモデルとしているので、より一層の嫌悪感で鳥肌が立つのを止められなかった。


「チャキちゃん天才かも」

「うわぁうわぁ、こんなの読んじゃったらぁ、体が火照ってくるよぅ」


 男性二人の意見とは対称的に、スズとアヤの評価はかなり高かった。

 それを聞いてフミヤとシュウは顔を見合わせると、自分たちには理解できない世界があることを知った。

 チャキによれば、ギルドの腐女子たちにも好評で、冬のイベントが終わったあとも、引き続きお願いしたいと頼まれたそうだ。



 ──幼なじみ同士のフミオとカタルは同じ大学に通う大学生だった。東京の大学に通うため、地方から出てきた二人はシェアハウスを借りて二人暮らしを始める。

 ある日、付き合っていた女性にフラれたフミオはやけになって家中の酒という酒を飲み干し、さらにカタルへと絡んでいた。

 フミオを落ち着かせようとしたカタルは、ついフミオを押し倒してしまう。

『本当のことを言うと、キミがフラれたことが嬉しいんだ。だって、やっと、ボクのことを見てくれたんだから』──



 モデルとなったワタルは、その夜チャキに『とても良かったよ。参考にさせてもらうね』というメッセージを送り、その文面を見たチャキは、一人ほくそ笑んだ。

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