2年目10月 「かぼちゃのジャックさん」
「ミンナー、アロウィンしようよー!」
十月の終わりが近づく頃、夕食の最中にリアがそう提案した。
「あろ……いん? あろいんてなぁに?」
「ハロウィンのことでしょう。リアが言う時は、イタリア風の発音だと考えるべきよ」
「はいはい、ハロウィンね、ハロウィン」
「そういえば、ハロウィンて急に流行りだしましたよねっ」
「どこぞのお菓子屋さんが頑張ったんじゃないかな」
「また菓子屋の陰謀か!」
「もともと、日本人はそういうお祭りが好きだからね」
「そうね。土用の丑の日から、伝統的に理由付けしてるものね」
「恵方巻きだけは流行らないけどな」
「チョットー! また話がそれてーるヨー!」
この日のご飯はたけのこご飯と鶏の煮物、ほうれん草の煮浸し、きんぴらごぼうというメニューである。
「それで、具体的には何をするの?」
「とりっくおあとりーと?」
「先輩先輩っ! あたし、先輩にそれ言われたいですっ! お菓子あげないので、いたずらしてくださいっ!」
「仕方ないな。布団の中に玩具の蛇と蜘蛛と蛙を入れておいてやるよ」
「そういういたずらはやめてくださいっ!」
「やれと言ったりやるなと言ったり、カナは忙しいな」
「先輩いじわるですっ」
「はいはいはーい! アヤは、コスプレしたいよぅ」
「アヤヤはカボチャをかぶるネー」
「なんでぇ~? アヤはお姫様の衣装がいいよぅ」
「かぼちゃはシュウくんでいいんじゃないかな」
「……まあ、そうなるよね」
「ダメよ。ヒデくんはゾンビ、そしてわたしはそれを使役するネクロマンサー」
「根暗?」
「アヤのことじゃないわ。魔法使いの親戚とでも思いなさい」
「アヤは根暗じゃないよぅ」
反論するアヤだったが、根暗の引きこもりだった過去を知っているのでほぼ全員がその抗議をスルーした。
「ネトゲーの職業だよ。ゾンビを操る専門の魔法使いがいるんだ」
「さすがヒデくんね。分かりやすい説明だわ」
騒がしい夕食のあとで、リアの仕切りで各人が担当するコスプレの内容を分担することになった。
赤い角を二本付けたカチューシャを頭に載せると、リアは鏡でその位置を調整していた。
赤いドレスの背中には、少し小さな黒い翼。胸元が大きく開いているのは、男性を誘惑する小悪魔というイメージ。太ももに赤いリボンを巻き、そこまでの長さのニーハイソックスも赤。スカートの短さは気になるものの、これくらいなら許容範囲だろう。
全身をチェックし終えると、リアはさっそくリビングへと向かった。
『やろう』と言えば即実行のポンコツ屋敷の面々は、翌日さっそくハロウィンパーティを決行することにした。
パーティとは言うものの、コスプレをしてご飯を食べるわけではない。その格好で大学に行き、講義を受け、帰ってくるのだ。知らぬ者から見れば、罰ゲームか、頭がおかしくなったか、目立ちたいだけなのか──そう思われるだろう。ただ、ポンコツ屋敷の住人だと分かれば、『ああ、またか』とでも納得するに違いない。
「おまたッセー!」
リビングにはもう全員が揃っていて、色とりどりに装った面々が思い思いに衣装を笑いあっていた。
「どうどう? セクスィ~?」
リアは、さっそくクルクルとスカートを広げるように回って見せて、評価を尋ねた。
「あはっ、リアっち、すっごくいいよぅ」
「ですねですねっ。太ももと胸元がちょっと妬けるくらいに素敵ですよっ」
「いいんじゃね」
「よく似合ってるよ」
王冠とふりふりドレスのアヤ、背中に大きな羽根を付けたカナ、黒いマントのフミヤ、かぼちゃの被り物をしたワタルが、口々にリアを褒める。
「アヤヤはなんかいつも通りって感じだネ」
「えへへ。それってぇ、いつもお姫様みたいで可愛いってことだよねぇ~」
スカートを軽く摘みあげて、アヤはお姫様っぽく優雅に一礼する。真っ白なドレスの床まで伸びたスカートからわずかに足下が顔を出した。
「いつもそれくらい化粧薄くてもいいのにな」
「んもぅ、フミくん酷いよぅ」
「カーナはちっちゃくて妖精みたいにカワイイよ」
「ありがとうございますっ」
カナはティンカーベルを意識した、体にフィットしたスカートの短い緑のワンピースを着ていた。背中が大きく開いていて、そこに羽根がくっついている。
「この羽根、動くんですよっ」
「オオー! キュートよ、カーナ!」
カナがスカートの縁を持って指を動かすと、背中の羽根がピコピコと動いた。
「フミヤ……ワタル……二人はもうちょっとガンバローよ」
フミヤは黒いマントに牙のついたマウスピースを咥えているだけで、ワタルはかぼちゃの被り物をしているだけだった。
「まあ、こんなもんだろ」
「似合っているかな?」
二人とも気合が足りていないのがリアには不満に思えたが、やる気だけは見せてくれたので満足することにした。
アリスをモチーフにした水色のドレスを着たスズが、ちらっとフミヤを盗み見ては、何かを言って欲しそうな顔をしつつ、声を掛けてくれるのを待っている。
「スズはー、フミーヤに見られるのが恥ずかしいケド、見られたいって感じダネー」
「わーわーわーわーっ!」
リアの言葉を遮るように、スズがいきなり喚きだした。
「いつもは裸を見せつけるくせに、こういうところは恥ずかしがり屋だよね」
「本当に。まったくもって面倒な女ね」
ノコギリっぽいものが頭の左右に飛び出させ、顔に包帯を巻いたシュウがそう口にすれば、それを受けてとんがり帽子と黒マントのチャキが鋭い一撃を見舞う。
「スズも、チャキも、シュウも、ステキな格好だネ」
ほどなくしていい時間になったので、全員揃って記念撮影をしてから、ポンコツ屋敷の住人たちは大学へと歩みだした。
奇異な何かを見るような目で見られるのが、とても快感だった──そう言ったのはスズだった。
受ける講義がそれぞれ別であるため、大半の講義は一人で受ける。講義室に入ってきた教授がギョッとした顔で見てきて、呆れ顔をするものの何も言わず、何も見なかったフリをして講義を始める。
今日の講義はおおよそがそんな感じだった。
「私は、ちょっと痛い女って程度の格好だったから、まだ許された感じかな」
ソファに座ってお茶をすすりながら、スズはそう報告した。
「あたしも同じ感じですね。暇だなーって時々羽根をピコピコさせてましたけど、友達が大笑いするくらいでした」
「……誰からも、見ない振りされたわ」
カナとチャキは、それぞれ両極端とも言える反応だったようだ。
「なんだ、つまらんな。オレなんか、来る教授来る教授に、『相変わらずバカだな』と言われたぞ」
「フミちゃんは、そういう人だって、思われてるからでしょ……」
「なんだと失礼な」
「ひゃっ!? な、何するのよぅ」
憤慨するフミヤは、隣に座るスズの衣装のスカートを捲ってみせた。慌ててスカートを抑えたスズが抗議するが、フミヤは全く意に介さない。
「タッダイマーヨー!」
のんびりと雑談しているところに、リアが帰ってきた。リビングに顔を出したリアはとても嬉しそうな顔で、いいことがあったと誰に目にもひと目で分かった。
「わ、みんな早いネー」
リアは荷物を放りだしてチャキの隣に座ると、ふぅと一息ついた。
ワタルはもう仕事に出ており、アヤはサークルのために遅くなると連絡があり、シュウは実習で遅くなると言っていたので、しばらくは誰も帰ってこない。
「リア、今日はどうだった?」
「もっちろん、さいっこうに面白かったネー!」
ほくほく顔で、リアは差し出されたお茶とお菓子に手を伸ばす。
普段からリアにはそれなりに男が近寄ってくる。ただ今日はいつも以上に多かったとらしい。さらに口説いてくる男が多かったことが嬉しかったそうだ。
「今日はね、いろんな人が褒めてくれたネ。いい日ダヨ」
褒められる、口説かれるというのは、ある種のコミュニケーションであり、女性が受ける当然の言葉なのだそうだ。
「あら、それは良かったわね。いい人はいたのかしら?」
「んー。でもまだまだね。慣れてる人は、ワターシでなくても通じることしか言わないしネー」
「リアちゃんすごいなー。言われ慣れてるって、どんな気持ちなんだろ」
「なに? 口説いて欲しいの?」
「の、のー! そんなこと言われたら大変なことになるよ!?」
「先輩先輩、あたし口説いて欲しいですっ!」
あたふたと逃げ出そうとするスズとは対称的に、カナははいはいと手を上げてアピールする。
「カナはなぁ。反応が分かるから面白くないんだよな」
「うぇぇぇぇぇぇ。だ、大丈夫ですっ。面白いリアクションしますよっ!?」
「アッハハハ。スズは、慣れたほうがイイネー。もったいないヨー」
「積極的にフミヤの隣を占拠するくせに、いざとなると逃げ出すんだものね。どうしようもないわ」
チャキが鋭い一撃をスズに食らわせる。
「う、うう……」
「まったく……そんなんじゃ、取られるわよ」
事情は理解しつつ、そんなのは自分には関係ないとばかりに、チャキは敢えて主語を除いてみせた。
「さっさと諦めてくれると、あたしはとても嬉しいですよっ」
「それだけは無理!」
カナの言葉に、それでもスズはノーと言わない。そこだけは、スズが譲れない一線だった。
「とりあえず、なんとか頑張るから!」
スズがそう宣言しても、カナもチャキも、無理だろうなという顔で肩をすくめてみせた。




