1年目 5月 「仲間たちの連休」
「ジャッポーンはなんでこんなに連休がオオイでーす?」
それは日本で暮らし始めて三年目になって、ようやく思ったリアの感想だった。
今年のゴールデンウィークは久しぶりの大型連休となり、様々な観光地が人であふれているとニュースになっていた。そんな日本の流れに乗らない者たちがポンコツ屋敷の中で思い思いに過ごしていた。
「それはですね、日本人は働き過ぎなので、もう少し休みましょうよ、ってことなんですよっ」
「コンビーニもスーパーも、働いてる人イッパーイよ?」
「それが社会に出る、ってことなんですっ」
パーカーとショートパンツなスタイルで、カナはソファの上で女性向けファッション誌を広げながら、リアの疑問に答えていた。
カナは仲間たちの中でただ一人、現役高校生だった。そのため、大学進学に合わせてフミヤの借り受けたポンコツ屋敷への引っ越しをしていない。ただ卒業と同時に引っ越してくると宣言しており、すでに部屋も確保済みである。
「ん~、ジャッポーンは難しいネー」
リアはテレビでアニメを見ていた。シュウがほぼ全てのアニメを録画しているので、リアは見たいものを再生させるだけだ。とてもお手軽である。
「それにしても、連休ってやることないですよね。やることばかりの人たちが羨ましいですっ」
「フミーヤと出かけたりしないのカー?」
「先輩って、興が乗らないと出かけない人じゃないですか。だから、先輩が興味持ちそうなデートスポットとか探してるんですけどねっ」
見ていた雑誌の中にはフミヤが気に入りそうな場所がなかったと言いながら、カナはそれをパタッと閉じると放り投げた。
「オオウ、それは仕方ないネー。なら、カナも一緒にアニメ見るカー? 今期はオススメがいくつかあるヨー?」
リアに同調して視線をテレビに向けつつも、カナはどこか心ここにあらずといった調子だった。
住人の半分は出かけてしまっていて、遊び相手には不足していた。シュウとチャキの二人は泊まりがけのデートで、アヤはサークル活動で大学に行っている。
「……おはよぅ……」
元気のない様子で、スズがリビングに姿を現した。肌色がよく分かる薄手のキャミソール姿だが、お腹をポリポリとかいているのがとてもオッサンくさい。
「オッハヨー」
「おはようございます、スズさん」
カナと向かい合うソファにボスンと身を投げ出すと、スズは何かうめきだした。『気にして、話かけて』というポーズであることを分かっているが、カナはまずスズにお茶を出して、自分の湯のみにもお茶を継ぎ足した。
「はぁぁぁぁぁ」
スズのわざとらしいため息がリビングに響き渡る。だがカナは面倒臭いという表情を隠しもせず、テレビに視線を向け続けた。
ため息だけでなく、スズはさらにチラッチラッと視線をカナに送ってアピールに勤しむ。だがカナは、それをにこやかに受け止めつつ口を開かない。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ」
スズがこれまで以上に大きな音量を持った特大のため息を吐くと、我慢できなくなったリアが反応してしまった。
「カーナ、スズがウルサーイヨー。話聞いてあげてーよ。アニメの声が聞こえなーイ!」
「そうなんですがっ。何も聞かなくても分かるのに、あえて聞いてあげるというのも、なんか虚しいじゃないですか?」
「いやいや! 聞いてよカナちゃん! もうね、かなりしょんぼりなのよ! どれくらいかって言うとね、これくらい!」
スズは腕を目一杯広げて、しょんぼり具合の大きさを見せるが、カナは逆にため息を吐き出したかった。おもむろに口を開き、言い出しそうなことを先回りする。
「『フミちゃんに、邪魔するなって怒られた』……ですよねっ?」
「わっ!? なんでわかるのカナちゃん。まさか超能力者っ!?」
「聞かなくても分かるって言ったじゃないですかっ。あのゲームやってる時は、邪魔するとすっごい怒りますよ。どうせスズさん、それで怒られたんでしょ?」
「邪魔なんてしてないよう。おはよーって言いながら、フミちゃん成分の補給をしただけだってば」
「ようは、裸で抱きついたわけですね」
「裸じゃないじゃん!」
スズは『ほらほら』と言いながら、キャミソールを持ち上げたり降ろしたりして、素肌ではないことをアピールする。だが薄い生地の向こうにはほぼ肌色だった。
「カワラナイネー。スズがなにか着てるかどうかなんて、誤差ダヨネー」
リアが至極真っ当な指摘をした。その目はテレビのアニメを見たままだが、いつものパターンなので見なくてもリアには何をしているのかが察しが付いていた。
「あのゲームやってる時は、先輩の邪魔をしちゃダメなんですよ。いったい、何回やればそれが分かるんですか……」
「だってぇ、朝起きたら、まずはフミちゃんところに行きたいじゃん」
甘えるような言い方をするスズを見て、カナはボソっと「ヘタレのくせに」と呟いた。
「というか、カナちゃんがフミちゃんとこにいないのは、ゲームのせいなんだね」
「ですよっ。まあ、この間充分に一緒にいましたからっ、充分に補給済みですよっ」
「あっ! そうそう、なんかデート行ったんでしょ。いいなーいいなーうらやましいなあ……私も行きたいなぁ」
「スズはヘタレーだから、ムリムリムリのエスカルゴねー。だいたい、フミーヤがデートって言ったら逃げ出すくせニー」
「ヘタレじゃないもん!」
二歳も年上の女性が「もん!」なんて可愛らしく言うので、カナはあざといなーと率直な感想を抱いた。
「カナちゃんさ、どこデート行ったの?」
「トーキョーネズミーリゾートですよっ」
東京と言いつつ東京以外の場所にある有名リゾートエリアの名をカナが上げると、『ほお』と感嘆がリアとスズから漏れた。
「陸も海も山も制覇しましたよっ!」
「オー。そいえばー、ワターシ行ったことなかったネー。今度フミーヤにオネダーリするねー」
「一日で三つとも制覇したのね……体力あるなあ」
「え? 水木金の三日間で、ですよっ?」
誇らしげにするカナを、スズは愕然とした目で見つめた。
「だ、だって、学校は?」
「急に風邪を引いちゃったんですよねっ。季節の変わり目って困っちゃいますよねっ」
「……そういえば、フミちゃんがしばらく留守にする、って大学もサボった日があったような……」
「えへへっ、素敵なデートでしたよ、あれは」
思い出したように、カナは両頬に手を当てて体をクネクネさせる。スズはそれを見て悔しそうに湯のみを強く握りしめていた。
そのデートは花見にカナを呼ぶことを忘れたことの補償で、内容はカナの提案だった。休日は混むからイヤだとフミヤが言うので、平日に行くことになった。
「この話はヤメヤメ! 別の話しよ!」
聞いているとどんどん落ち込んでくるので、あからさまであることは理解しつつもスズは話を逸らした。
「学校さ、最近はどう?」
「どうと聞かれましても……特に、普通ですよ。問題児がごっそり抜けて楽になったって、センセイとか言ってましたけど」
「ハハハー、フミーヤがいないなら、静かそうネー」
「授業サボるはタバコ吸うわ全裸で走り回るわ……そんな人がいなくなれば、平和にもなりますよね……つまらなくはなりましたけど」
「ゼンラーはスズだけねー」
「全裸になってたのは屋上でだけだよ!? それに、サボってたのもタバコもフミくんだけじゃない!」
全裸になっていたのはスズだけである。
「タバコもサボりも、ワタルさんも一緒でしたけどね。でも、入学式で見たすごく凛々しい生徒会長が、まさか全裸で走り回る痴女だと知った時の衝撃、分かりますかっ!? あたし、ストレスで登校拒否になるかと思いましたよ……」
一般の生徒たちから『目標にしたい女性ナンバーワン』という名誉ある称号を与えられたのが、生徒会長だったスズだった。だがその実態は、全く異なっていた。
「そんなの知らないよ。だいたいさ、カナちゃんは別に登校拒否しなかったでしょ」
「アヤさんはしてましたけどね」
「それ私関係ないもん」
あずかり知らぬところの責任までは、さしもの生徒会長であっても取ることは出来なかった。
「あ、もうお昼ですね。リアさん、お昼の用意しましょっか」
「マカセロー! バリバリー!」
リアは停止ボタンを押して、アニメの再生を停止させた。
お昼ごはんは、リアとカナが合作したスパゲティ・ナポレターナであった。ナポリタンの元となった、イタリアのオリジナル版である。
「ナポリタンとは違うんだなぁ」
「そうですね。ナポリタンソースって、普通のナポリタンを作るものかと思ってました」
「ナポリタンソースを使うって言われると、違いがわからないね」
スパゲティ・ナポリターナは日本のナポリタンとは違い、フライパンで炒めたものではなく、スープスパゲティに近く海鮮系の具材が使う料理だった。それも、味が違うと感じる部分であるかもしれなかった。
「リアとカナは本当に料理が上手いよな。いつもいつも、助かるわ」
「えへへ、先輩、これならいつでもお嫁さんになれますか?」
「おお、なれるなれる。十分だろ」
スパゲティに舌鼓を打ちながら、フミヤが軽く答えると、リアとカナが嬉しそうにハイタッチを交わした。
「……今夜は私が作る!」
それが悔しかったスズが、強く宣言した。
「……今夜、急に出かけることになった」
「あたしも、今日はお父さんが帰ってくる気がします」
「留学生の友達と出かけルネー」
「今夜は出勤だったかな」
フミヤとカナとリアとワタルは測ったように、息がピッタリ合って突然予定が入ってしまった。
「……いいもんいいもん。ヘタクソなのは知ってるもん……」
スズはいじけてテーブルの上で『の』の字をたくさん書きなぐる。
「はぁ……仕方ないですね。分かりました、分かりましたよスズさん。あたしが教えてあげますから。あたしの言う通りのレシピで、独自アレンジとか一切なしにするって約束してくれるなら、ですけど」
「カナちゃん~!」
パッと顔を上げて、泣きそうな顔でスズがカナに抱きついた。
「カーナは、本当にマンマみたいネー」
それを見たフミヤとワタルも顔を見合わせた。
「まったく、会長はマザコンだなぁ」
「本当だね。二歳も年下の母親に泣きつく元生徒会長というのも、どうなんだろうね」
「母親じゃないですってば!」
父の面倒を見るため、子供でいられなくなったカナの母親力はとても高かった。
夕食に出てきた肉じゃがと思しきそれは、何故か魚の匂いを放ち、汁はどんよりこげ茶色で、なのにジャガイモは真っ白で煮込まれたように見えなかった。
「どうしてこうなった……」
打ちひしがれるカナは、しばらくキッチンから出てこなかった。