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2年目 7月 「永く会えない恋人へ」

 フミヤとシュウが二人がかりで中庭に笹を立てると、スズとチャキとアヤとカナは『おお~』と揃って歓声をあげた。七月七日、今日は七夕であった。


「はあ、立派な笹だねえ」


 フミヤのワゴン車で運べるサイズに切られたものの、ポンコツ屋敷に飾る分には充分なサイズだった。その分重量があり、男二人がかりで設置することになった。

 中庭にそそり立つ笹は高さにして二メートル余り。車で運ぶためこのサイズが限界だった。葉は強く生い茂り、全体的に緑が濃く、笹の香りが鼻孔をくすぐる。


「こんな立派な笹、よく貰えましたねっ」

「それな、育ててるとこがうちの土地貸してるとこだからさ」


 まさにフミヤの実家である土地貸しの会社ならではの手段であると言えた。私立大学が、都内で一箇所にキャンパスを設置するほどの土地を貸し出すほどだ。


「相変わらず、そういうとこに強いわね」


 その結果として、このポンコツ屋敷をタダ同然の額で借りられているのだから、ありがたい話だ。

 もっとも、あと二年半もすればこの屋敷は取り壊され、高級マンションが建てられるが、それまではポンコツ屋敷が残り続けることは決っている。


「折り紙も用意しておいたから、さっそく飾りを作りましょ」


 珍しいことにチャキがやる気満々で一同を促す。リビングのテーブルに、大量の折り紙と厚紙、針金がもうスタンバイしていた。ハサミもノリも準備万端である。


「輪っかのやつ作りたい~」

「あたし、縄梯子みたいなの作りますねっ」


 各自がどんどんと作りたいものを作り始めていく。様々な飾りの折り方を印刷していたチャキが『これを見ながら作りなさい』と女の子たちに渡していく。

 フミヤは厚紙を手に取ると、半分に折って跡をつけると、定規を当ててカッターで切断し、頭にパンチで穴を開けて針金を通す。


「短冊は、たくさん作るか。みんな欲張りばかりだから、願い事なんて腐るほどあるだろ」


 シュウは織姫と牽牛を折りはじめた。


「俺とチアキの想いを込めないとね」

「ヒデくんったら。ステキよ」


 シュウとチャキはなぜかイチャイチャし始めて、周りは鬱陶しいと思いながらも笹飾りの作成に没頭していった。



 たった一行で書ける程度の願い事というのは、かくも難しいものか、とチャキは悩んでいた。

 シュウと添い遂げるというのは願い事ではなく、強い意志の元で成立させるものだ。それを他人に願うことなど間違っているし、願いでなど叶えられたくはない。


「願い事というものは、悩めば悩むほど最適な解がでないものなのね」

「チアキ……難しく考えすぎてない?」

「そんなことないわ。ただ、叶ったらいいと思う、他人に叶えられる程度の願い事なんて、思い浮かばないんだもの」

「それはまた豪快に考えすぎだよ」

「そんなことを言うヒデくんは、なんて書いたの?」

「俺? とりあえず一枚目は、『雪の底に眠る恋のファンディスクが出ますように』だよ」


 シュウはその願いを書いた短冊を見せながら、それを読んでみせた。


「……そういうので、いいのかしら」

「そりゃあそうだよ」

「シュウくんならぁ、『チャキちゃんといつまでも一緒に』とか書くかと思ったんだけどなぁ」


 その短冊を覗き込みながら、テーブルの向かいからアヤがシュウが書きそうな願いを口にした。

 アヤは堂々と『もっとチヤホヤされたい』と書いた短冊を見せつけ、暗にそれを強要しているが、シュウはそれを見なかったことにしている。


「だってさ、それは俺が自分の力で叶えることじゃん。わざわざ短冊に書いたりしないよ」

「わ、わ、わ、シュウさんカッコいいですねっ」


 そうシュウを褒めつつ、カナは短冊を一枚隠した。


「おやおや? カナちゃんの隠した短冊には何が書かれてたのかな?」


 完璧な笑顔で、スズが目敏く見つけたカナの行動について追求し始めた。手を伸ばしてカナの短冊を奪い取ろうとして、その短冊を必死に隠そうとするカナと格闘を始める。間に挟まれているフミヤは盛大にため息を吐いてみせると、仕方ないと言いたげにスズはその手を引っ込めた。


「……あのですねっ。スズさん、重ねた短冊の三枚目、読んでみてくださいよっ」

「三枚目?」


 その指定された短冊に何を書いたのか自分でもよく覚えていなかったので、スズはそれを見てみた。

 『フミちゃんと──』と書かれた短冊を、最後まで目を通せずに、一瞬でその短冊をぐしゃっと丸める。

 何を書いたかを思い出してスズは羞恥でどんどん顔が赤くするが、証拠は隠したのでセーフだと安堵していた。


「なあ会長。最後まで読めなかったから、もっかい見せてくれよ」

「何でもないったら何でもないの!」


 浮かれすぎたとスズは反省する。よりにもよって、隣にフミヤがいるのに、あんなことを書いているなんて。恥ずかしくて、横目でチラッとフミヤの様子を伺う。

 フミヤは、自身の短冊に『会長が書いた短冊の内容を知りたい』と書いて、顔の前に吊るしていた。


「秘密ったら秘密なの! 絶対言わないわよ」

「えー、オレ何も言ってないぜ?」

「口にしてないだけで、それは言ってるって言うの」

「アヤ見たよぉ。スズっちねぇ、フミくんと──もごごごっ」


 ニヤニヤとしながら短冊の内容を言おうとするアヤの口に、スズは素早く大福を突っ込んだ。それはいちご大福で、まるごと飲み込むのは良くない食べ方である。


「もごぉ~もごぉ~」


 アヤの口腔内は大福に満ちていた。口に入った以上は、それを出すわけにいかず、アヤは口封じ状態だった。フミヤなら容赦なく口から出してから食べ直す。


「何事もなかった。いいね?」


 被害者を無視して、スズは有無を言わせぬ口調で『あっ、はい』とフミヤに言わせた。

 時には強引に、時には懐柔するように、生徒会長として一年間君臨し続けてきたスズの面目躍如である。久々の豪腕っぷりに、フミヤは何も言えなかった。


「ひとまず、一枚目はこうかしらね」


 チャキはようやく書き上げた短冊を披露した。そこには『無病息災』と書かれていた。その文字は筆ペンを上手に使いこなしていて、そして無駄に達筆である。


「願い事といえば願い事だけど……」

「ま、まあ、いいんじゃないかな……」

「チャキさんらしいですねっ」


 評判があまりに微妙で、平たい胸を張ったチャキは少ししょんぼりした。


「そういう貴方たちは、何を書いたのよ」


 人の書いたものにケチを付けるのなら、それ相応の物を見せなさいよ、と半ば睨みつけてくる。


「オレのはこれだ」


 『いつまでもオレらしくある』『テキトーに生きる』『みんな下僕』──ちょっとだけ下手な字で、フミヤの願い事のようなものが短冊に書かれている。


「……うわぁ」

「もごー」

「先輩らしいですねっ」


 フミヤの短冊は恐ろしく評価が低かった。


「なんだよ。文句あるのか」

「あるに決っているでしょう。なによ下僕って。わたしは貴方の下僕になるつもりはないわ」

「いつかなる時が来るんだよ」


 チャキが突っかかってくるので、フミヤは堂々と言ってのけた。それをためらわないのがフミヤらしかった。


「だいたいだな、七夕の願い事ってのは、こうなるよっていう宣言なんだから、問題ないだろう」

「下僕にする気がある、ってことなんだ……」

「先輩の下僕なら、大歓迎ですよっ」

「はぁ……フミちゃんらしすぎて、もう何も言えない」

「もごーっ!」

「ところで、いつまでもアヤがアレなのはどうにかしないのかしら」


 涙目のアヤが、ようやく助け舟を出してくれたチャキに感謝するようにその手を優しく包み込んだ。

 アヤの口内ではいまだにいちご大福がその原型をとどめている。アヤの口には大きすぎて、噛んで削っていくのもなかなか難しいようだ。


「包丁でも差し込めば大丈夫よね」


 握ったままのチャキの手を、アヤは強く握りしめた。


「……ダメらしいわ」

「口から出せよ」


 アヤはそれだけは無理と言いたげに涙ながらに首を振る。女の子にそれを求めるのは、とても酷なことだった。


「包丁がダメなら、ハサミかカッターかな」


 そういう問題ではないと、アヤは首を振りながらスズを睨んだ。自身が主犯かつ元凶であることをスズはすっかり忘れていて、睨まれた理由は分からなかった。


「普通なら、少しずつ噛んで小さくしていけるんでしょうけど、アヤはかわいこぶりっ子だから、そういうのはやりたくないんでしょうね」

「ふむ……なら、口移しで吸い出すか」

「先輩はやっちゃダメですっ」

「フミちゃんはダメよ」


 フミヤのナイスアイディアを、カナとスズがすかさず却下した。相談しても埒が明かないことを悟ると、アヤはキッチンから皿を持って自身の部屋に駆け込んだ。

 それから五分後、プリプリと怒りながら悲しそうな顔でリビングに戻ってきた。


「よだれでベトベトだし、食べないわけにいかないから、凄い辛かったよぅ~」



 天の川が天に輝く下で、笹の葉がそよそよと風に揺れていた。たくさん用意した飾りの全てを飾り付け、共に用意した無数の短冊も吊り下がっている。


「なんだか、星空が夏の到来を伝えてくれる感じだわ」

「うん。梅雨もまだこれからだけど、今日は晴れて良かったね」


 中庭で、チャキとシュウは並びながら空を見上げていた。

 笹越しに見える天の川は、都会の明かりで薄ぼんやりとしているが、それでもだいたいアレかなと見ることが出来た。


「ねえヒデくん」

「なんだいチアキ」

「わたしと一緒にいることは、自分の力で叶えるの?」


 それは、短冊を書いている時にシュウが言っていた言葉だった。ずっと、それについて聞きたいと考えていたチャキは、ようやくそれを聞く機会を得られた。


「当然さ。だいだい、織姫と牽牛ってイチャつきすぎて働かないからって離されたわけじゃん。そんな奴に、そんなこと願いたくないよ」


 シュウは手を伸ばしてチャキの手を握りしめた。


「ちゃんと働いて、そしてチアキと一緒にいる。誰にも、文句が言われないように」

「うん。わたしも、ヒデくんと一緒にいるために、誰にも文句を言わせないようにする」


 チャキもシュウの手を握り返した。


「だからさ、これからもずっと一緒に居て欲しい」

「当たり前でしょ。ヒデくんがイヤだって言っても、そうするわ」

「言うわけないだろ。チアキが居てくれないと、俺は生きていけないよ」

「わたしもよ。ヒデくんのいない人生なんて考えられない」


 夜風が冷たくなるまで、二人はそうして星を見上げながらお互いのこれからについて話し続けた。

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