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1年目 3月 「新しい生活のために」

 長かった冬がようやく通り抜け、程よい心地の春の今日、カナの通っていた高校では卒業式が催された。


「もう一年経ったのか。年を取ると、一日が過ぎていくのが早いな」


 タバコを咥えながらソファに身を投げ出して、足をテーブルにダーンと乗せるという、とても行儀の悪い格好でフミヤがこの一年という期間を振り返る。


「二十歳にすらなってない人が、何を言ってるの」


 ポンコツ屋敷の面々の中で、唯一成人年齢を迎えているスズが、キッチンカウンターの向こうから年寄り臭い説教を口にした。


「もう、本当に待ちくたびれちゃいましたよっ」


 フミヤの向かいに座り、制服のブレザーに卒業生の証である赤い花のコサージュを付けたまま、カナが嘆息した。


「これでっ! もう高校生じゃなくなりましたっ! もういいですよねっ!」


 カナがテーブル越しに身を乗り出してフミヤにズズっと向かっていくが、言われたフミヤは何か約束していたかなという顔でカナを真正面に見据えていた。


「デートの約束でもしてたっけか?」

「ち・が・い・ま・すっ!」


 スズがテーブルに三つのカップを置いて、空いたソファに腰掛ける。


「じゃあナシな。会長行く?」

「あっ、行く行く! もちろん行くよ!」

「してましたしてましたっ! だからあたしと行きましょうっ!」

「そか。じゃあ行くか」


 立ち上がるフミヤに付いていこうとして、違和感を覚えたカナは、にこやかな顔のままのスズを見た。


「……はっ!? そうじゃないんですったらそうじゃないんですっ」


 テーブルをバンバン叩いて、カナはフミヤに座るように促した。如何にもめんどくさいという表情を隠さず、フミヤはだらしない姿勢でソファに身を崩す。


「んもうっ! 分かっててやってるんじゃないですかっ!?」

「──何でもは分かってない。分かっているのは、分かっていることだけ──だね」


 お気に入りなアニメのセリフを、キッチンでコップに牛乳を注ぎながらシュウが口を挟んだ。


「シュウさんが言う小難しいことって、アニメかエロゲーのセリフですよねっ。聞いたことないんで分かりませんけどっ」

「今のはアニメなんだけど見る? ちょうどBDBOXが届いたところなんだよね」

「見・ま・せ・んっ!」


 シュウはシュンと小さくなると、二つのカップを持ってチャキの部屋へと入っていった。


「先輩っ!」

「そいやさ。カナも卒業したんだし、先輩って言い方も、もういいんじゃね?」

「そうかもしれませんけど。これは、あたしだけの呼び方だから、変えたくありませんっ」

「はっ!? そっか! だからフミちゃん、私のことずっと『会長』って呼ぶんだね!」

「それは慣れてるからなんだけどな。いちいち替えるのも面倒だし、なんか名前で呼ぶのもシャクだし」

「えええええ。もうちょっと、嬉しいこと言ってよ!」

「ちょっとっ! どうしてなんで話がそれていくんですかっ!? わざとですかっ? わざとなんですかっ!?」


 すごい剣幕で、カナが猛烈に抗議の声をあげる。


「もしかして先輩っ、あたしのこと嫌いなんですかっ!?」


 涙を流さん勢いで詰め寄ってくるカナに、フミヤは気圧された。そのまま両手を上げて、降参だと意思を示す。


「カナ。お前、男の趣味悪いな」

「そんなことありませんっ! いいんです、好きなんですからっ!」

「そうよ! むしろ趣味いいよ! 普通の人にはきっとわからないだけなんだから!」


 何故かスズが援護射撃してきて、フミヤは呆れながらスズに『黙ってろ』という視線を送る。


「あ、なに? お前わかってるな、って? えへへ、それほどでも……」


 テレテレと嬉しそうにしながら頭を掻くスズを見て、フミヤはとりあえず頼らないでおくことに決めた。


「はぁ……なあ、カナ。お前さ、オヤジさんと話したか?」

「うぐっ……いえ……その……前に帰ってきたの、お正月くらいだったので──」

「だったら、まず先に話をする相手が違うんじゃないのか。別に、カナが嫌いだから言ってるんじゃないんだ」


 まっすぐに見つめられて、カナは目を伏せる。


「ということは、つまり、あたしが好きだからってことですねっ!」

「……一応な、ここの全員、ちゃんと親に話を通して、堂々と引っ越してきたんだ」


 唯一、両親の蒸発したワタルだけは祖母であるが、そんなことをフミヤは態々言わないでおく。


「オヤジとの約束でな。誰と暮らそうが構わないが、相手の親の許可は取れ、ってさ。オヤジの奴、わざわざ電話で確認取ってるんだぞ」


 久方ぶりに真面目モードを発動したフミヤに説かれ、カナはショボくれる。フミヤの父が言っていることは間違っていないし、当たり前のことだった。


「ま、シュウとチャキあたりに、話聞いてきたらどうだ。あいつらも、説得してきたクチだからよ」

「わっかりましたっ! 先輩とのきゃっきゃうふふならぶらぶ生活のためにっ、カナはっ、がんばりますっ!」


 カナは嬉しそうに飛び上がってソファを飛び立つと、チャキの部屋へと吶喊していった。



 シュウとチャキの二人は、さも当然のようにチャキの部屋にいた。シュウはノートパソコンでエロゲー、チャキはパソコンデスクでネトゲーに興じている。


「シュウさんっ! チャキさんっ!」

「ああ、やっぱり来たね」

「……話はヒデくんに聞いてちょうだい」


 マウスを動かし続けて忙しそうなチャキは目をディスプレイから離さなかったので、シュウはノートパソコンを閉じてカナを見上げた。


「やっぱりって──あたしが来ることを分かってたんですねっ」

「まあねえ。俺たちも、親には反対されたからね」


 カナは部屋の端からクッションを持ってくると、それを抱きしめながらぺたんと座り込んだ。


「そうらしいですねっ」

「『なんでわざわざ友達と暮らすの? 今まで通りでいいじゃない』って言われてさ。マンションだけど、お隣さんだったからね」


 引っ越してくるまでは、なんとなく互いの部屋を行き来し、当たり前に一緒にご飯を食べ、普通に一緒の布団で寝た。その程度に二人でいることが自然だった。

 高校に入る前に婚姻届への記載を済ませているし、証人欄に互いの父親に記入してもらっている。二人にとっては、それが当然の未来だった。

 そんな生活をしていたので、敢えて友人たちと共に暮らすという発想が互いの両親には理解できなかったようだ。


「何が不満なんだってね。必要なら何時間か家を空けるとまで言われてたけど」


 子作りなのか求め合うだけなのかはともかくとして、高校生の時点でそこまで許されていた。だからこそ、両家の両親は納得が出来なかったのだろう。


「うーん、分かるような分からないようなっ」


 生まれつき、互いを半身としている二人だけに、カナにはそれが感覚的にはつかめないでいた。


「それで、どうやって説得したんですかっ?」

「思い返してみたんだけど、よく分からなくてさ。なんか、最終的には認めてもらったって感じだったからね」

「ええっ? そ、それじゃあ参考にならないですよっ!?」

「大丈夫大丈夫。ちゃんと聞いてきたから」


 しかも、シュウの親だけでなく、チャキの親にも聞いてきたのだとシュウは続ける。


「結局のところ、気にしていたのは二人で暮らすんじゃなくて、他の人とも暮らすってことだったみたいだよ」

「それって……二人暮らしだったら、手放しで喜んでオーケーだった、ってことなんですかっ?」

「そうそう。だからノーって言ってたんだって」


 結婚を誓い合っているし、その後に二人で家を出て行くのは昔から分かっていたので、そこについては問題視していなかったのだと親たちは口を揃えていた。


「どうせなら二人で暮らせばいいじゃないか、ってさ」

「なら、どうして許してくれたんでしょうっ?」

「四年経ったら結婚するし、それから二人で暮らすんだし、大学生の間くらいは友達と仲良く暮らすのも、人生の経験として大切なことかもしれない、って」


 それを、どうやったら父が納得するだろうか──つまるところ、カナの問題はそこだった。


「だからね、考えかたを変えるべきなのよ」


 チャキはゲームを終えたようで、椅子ごとカナに向き直った。シュウがさり気なく手渡したカップを受け取りながら言葉を続ける。


「今の状態がどうダメなのか。ここに来ることで、どう良くなるのか。たぶん、突破口はそこになるわ」


 チャキは『ほぼ答えなんだけれど』という言葉を飲み込んだ。そこは、これからカナが考えなくてはならないところだ。

 たったひとりの家族である父親から旅立つのだから、自身で考え、自身の答えをぶつけることが、カナにもカナの父にとっても重要になる。


「なんだか、ヒントが見えた気がしますっ」

「そう。それなら良かったよ」

「ありがとうございますっ、シュウさんっ、チャキさんっ」


 カナは深々と頭を下げた。抱えるクッションに押し出されて強調された柔らかそうな胸がシュウの目に飛び込み、それに気付いたチャキが無言でシュウを蹴る。


「ついでだから……スズさんにも聞いてみますっ」

「それは無駄よ」

「……まあ、そうかもしれませんがっ。それでも、ヒントの一つにはなるかもしれませんしっ」


 チャキが断言するのだから、本当にそうかもしれないと思いつつ、カナはチャキの部屋を出てリビングに戻った。



 戻ったリビングには、スズが一人でいた。フミヤはどこかに出かけたらしく、カナはちょっとだけしょんぼりした。


「ねーねー。そんなあからさまにがっかりされると、お姉さんちょっとへこむなー」


 へこんだ様子も見せず、スズがぶーたれる。


「参考までに……ほんっとうに参考までになんですけどっ、スズさんはどうやってご両親の許可を取ったのか、聞きたいんですがっ」

「……んもう。そこまで言わなくてもいいじゃない。ちゃんと話してあげるのに」


 スズはリビングに常駐しているポットから紅茶を注いで、カナに差し出した。


「んとね。私って大学入学初日に休学したのね」


 しかも両親には内緒で、である。


「……先輩を待つため、なんですよねっ」

「ちがうよちがうよっ!? 留学のためだったんだよっ!? でも、商学部だと単位認定されないんだよね。英文学なら単位になるらしいんだけど」

「でも、留学してないですよねっ」

「したよ! まあ、その……三ヶ月だけど」

「短いですねっ」

「だって、あっちにはフミちゃんいないんだもん。それに、電話しても出てくれないし」


 留学先にフミヤがいたら──とカナは考えてみたが、無駄に行動力があってそれだけで生きているフミヤなら、いてもおかしくはなかった。


「でね、帰ってはきたんだけど、なんか手続きが色々とあってね。単位の足りない教科もあったし、ちょうどいいやって休学のままにしたんだよね」

「それで──」

「親と、ケンカになっちゃった」


 カナはぶはっと紅茶を吹き出した。


「だからね。ここで暮らしたいって言ったら好きにしろって言われたんだ」

「ほんっとうに参考になりませんでしたっ!」


 チャキが言っていた通り本当に無駄で、カナは呆れるしかなかった。げんなりとしながら天井を見上げて、カナはどう父を説得するかを考え始めた。

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