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1年目 2月 「ほんのり甘い14日」

 キッチンに漂う、甘さと焦げの入り混じった匂いに、チャキは顔をしかめた。


「チョコレートって、爆発するような危険物だったことを初めて知ったわ」

「そんなことあるわけないじゃないですかっ!」


 涼しい顔でしれっと宣うチャキに、講師役のカナは呆れ顔で突っ込んだ。本来あり得ないはずの事が起こり、カナは目眩を感じずにはいられなかった。


「……なるほど。つまり、わたしは新しい地平を切り開いたわけね」

「メシマズってぇ、こういう人のことを言うんだねぇ」

「シーッ。ダメーヨ、アヤヤ。チャッキーは気にしてるんだからネー」

「聞こえてるわよ、アヤ、リア」


 キッチンに横並びになった五人の、一番奥にいる二人に向けて、一番端のチャキが鋭い視線を送りつけた。


「ホントにねー。せめて私くらいは出来るようになってもらいたいよね」


 湯を張ったボールの上に、加工用チョコの入ったボールを浸しながら、スズがカシャカシャと音を立てながら、自慢気に呟く。


「そうね。さすがのわたしも、スズには敵わないわ」

「それどーゆーこと!?」

「ま、待ってくださいっ! 今はそれどころじゃないでしょうっ!」


 チャキとスズの間に挟まれているカナが悲鳴をあげた。

 来るべきバレンタインは明日である。

 その日に向け、女性陣は想いを込めたチョコを送るため、カナとリアを講師役としてチョコレート作りに勤しんでいた。


「はいはい、もうチョコに関係しない話は後回しにしましょう。ビックリさせたいんですよね」


 事前に頼んでおいた通り、ワタルがフミヤとシュウを連れだしてくれている。おそらく帰ってくるのは夜になるだろうから、それまでが勝負であった。

 カナは既に自宅でハート型のチョコを作成済みだった。食紅で全体をピンクに染め、『I LOVE YOU』の飾り文字と、花模様を付けた、自信の一品である。

 カナがその写真を自慢気に見せたことで、他の女性陣が口々に『自分も作りたい』と言い出したことが、今日のチョコレート作成のキッカケになった。


「それにしてもぉ、チョコ作るのってぇ、めんどくさいねぇ」

「そうだよね。まさか、こんなに手間がかかるとは思わなかったよ」

「料理にしてもそうですけど、慣れというか経験というか、普段からやってることが大切ですね」

「何かしら。いつも食べるだけの奴、と責められているような気がしてくるわ」


 食事係のリアとシュウ、時折任されるカナの三人は、ほぼ毎日のように八人分を作っているため、どんどん調理の技量を伸ばしていた。そのため、何もしない者たちとの差は、すでに歴然とするばかりの差となっている。


「スズさんは──作って、どうするんですかっ?」

「……あ、あげるんだけど……」

「フミくんにあげてぇ、どうするのかなーってことだよねぇ」

「……な、なななななんでフミちゃんにあげるって決まってるのっ!?」

「違うのかしら」

「の、のーこめんと!」


 顔を真っ赤にして、スズはとぼけてみせるが、それ自体がもう答えているのと同義であった。


「まさか、告白とかするつもりじゃっ!?」

「な、ないよないよっ!? そんなことしないよ! だって、フラれちゃったらどうするのよ!?」

「あたしとしては、さっさとフラれて欲しいですけどっ」

「フミちゃんの顔見れなくなるし、ここにもいれなくなるよ!」

「ならぜひっ! 一刻も早く告白しましょうよっ!」

「……カナちゃんってぇ、ライバルの蹴落としに必死だよねぇ」


 思考を完全に見破られて、カナは『うぐっ』と言葉に詰まる。


「フラれるくらい、気にすることないじゃないでしょう」

「超気になるよ!?」

「ところでカナは、何度フミヤにフラれたのかしら? わたしの知っている限り、五回くらいだけど」

「……えーっと、たぶんその何倍か、くらいですねっ。もう数えてないので忘れましたっ」

「ええっ! カナちゃんそんなにフラれてるの!? よく平気だね……」

「スズさんとは違うんですっ。あたしは諦めませんっ!」

「なんで、あのフミヤにそこまでと、疑問ばかりが浮かんでしまうわ。正直、別に顔が特別に良いわけでも、性格がいいわけでも──いえ、性格はヒドイわね」


 チャキのそれは、至極真っ当なフミヤの評価だった。


「あたしにとっては、特別なんですっ!」

「そうよ! フミちゃんはそういうのと違うの!」

「……スズさんってさぁ、気付いてないんだろうけどぉ、めちゃくちゃ墓穴掘りすぎてるよねぇ」

「だいたいね。ワタルにフラれて、その上でフミヤにまでフラれたような子だっているのに。いちいちフラれたらとか考えてどうするのよ……ねえ、アヤ?」

「──っ!? ななななななんのことかわからないよぉぉぉぉっ!?」


 名指しされてしまったアヤが、動揺しながら必死にごまかそうとしていた。


「アヤヤを見習えばイイノネー」

「アヤさん、節操なしですね」

「違うよ違うよ!? だってワタルくん超イケメンじゃん! 普通好きになっちゃうでしょ!?」


 実に分かりやすい理由に、女性陣は同意せざるを得なかった。


「ワタルくん並みのイケメンと仲良くなったら、そりゃあ好きになっちゃうのは分からなくもないけど」

「やさぐれてたもんね。『仲間』とは付き合えない、って言ってくれたから、まだ救いがあったんだろうけどさ」

「ワタルらしいわね。たぶんそれも理由の一つだったんでしょうけど」

「そういえば、ワタルくんて、時々フミちゃんのことを見る目が──ちょっとアレだよね」

「あの目は狙ってるわよね。主に尻の穴のほうを」

「えええええええっ!? むむむっ、そんなところにライバルがいるとは想像していませんでしたっ!」


 カナがワタルをライバル認定した。


「それで? ワタルにホレたのは顔だと分かるんだけど、そこからフミヤに流れるのは、いったいどうしてなのかしら」

「だ、だって……な、仲良くなった男の子って、フミくんが初めてだったから……」


 アヤの言う何とも分かりやすい理由に、キッチンに揃った女性陣はなるほどと首肯した。


「先輩にフラれたあとは、シュウさんに?」

「……シュウくんと話してると、すんごい睨まれてたんだよね──」


 誰がとは言わないアヤであったが、それが誰であるかはあえて聞くほどのことでもなく、三人の女性がうんうんと頷いた。


「ところでアヤ。素になりすぎて演技忘れてるわよ」

「え、演技なんかしてないよぉ。んもう、チャキちはアヤの事勘違いしすぎだよぅ」


 そう言いながらも、アヤは忘れていた演技を再開させた。


「それで、リアちゃんは? フミちゃんのこと気に入ってる感じだけど」

「そうネー。留学してきてから、口説いてきたのが、フミーヤだけだったのヨー。ジャッポネーゼの男ドモー、女の子のこと何だと思ってるノサー」


 リアは憤慨しながら、どうしようもない男たちへの怒りを口にする。


「あれでしょう、イタリアって情熱的に口説いたり口説かれたりってよく言うものね」

「ソウソウー。ちゃんと口説いてきたの、フミーヤだけダッタヨー」


 そうリアが言うと、ふと思いついたことがあって、チャキがしまったという顔をした。そしてスズがそれを見逃さなかった。


「チャキちゃん、何か知ってそう」

「……ヒデくんが、焚き付けたのよ」


 高校三年生の頃、同学年にやってきたイタリア人留学生のリアについての話になった。

 イタリア人は情熱的に口説きあっているとギャルゲーの知識をシュウが披露したら、フミヤは『実践するか!』と言い出して、食堂を飛び出していったのだ。


「ナカナカねー、フミーヤは情熱的だったヨー」


 ちなみにフミヤは、イタリア人だから情熱的に口説くということが目的で、リアと付き合いたいという意思はまったくなかった。


「アハハー。それで、皆と仲良くなれたカラー、オッケーネ!」

「そういえば、イタリアって、告白とかってあるんですか?」

「好きダヨーっていうのはいつも言うケドー、付き合ってートカはないカナー」


 好きだ、愛している、というのはお互いに言い合うのがイタリア人の常である。お互いにそうであれば、それはもう付き合っていることになる。もっとも、情熱的なイタリア人は誰にでもそう言うので、特別な関係になるための告白をする者もいる、とリアは言う。

 デートをして、キスをして、セックスをするという関係が日常になると、それはもう互いに恋人という関係になっていると認識するのだ。


「その辺りは、欧米の感覚よね」

「だとすると、フミヤはいったい何人と付き合っていることになるのかしらね」

「──え? なにそれ、どういうこと?」


 スズが疑問に感じて周りの仲間の顔を見まわすと、三人ばかりが気まずそうに視線を逸らした。


「せ、先輩は誰とも付き合ってませんからっ、問題ないんじゃないでしょーかっ!?」

「女の子ってぇ、そういう気分になるのは仕方ないと思うんだよねぇ」

「ンフフー。そういうノモー、アリだと思うヨー」

「んもう、なんなのよー!?」


 三人の不穏な様子にスズが何事かがあることは察したものの、それが何であるかまでは理解が届かず、スズは頬を膨らませた。


「分からないなら、分からないままでいいんじゃないかしら」 

「アヤはぁ、チャキちのこと聞きたいなぁ~。チャキちってなんでシュウくん一筋なのかなーって」

「それが、当然だからよ。だいたいね、世界中にヒデくん以上の男なんていないじゃない」


 問われたチャキは、迷うこと無くそう告げた。


「ふわぁ、そんなこと言ってみたいですねっ」

「ふふふ」


 褒められてチャキはとても嬉しそうにした。だが、その次の瞬間、驚くべきことが待ち受けていた。


「あーっ!? チョコ作る手が止まってます!」


 急速に冷えていく周囲の体感温度に冷静になったカナが、目の前の惨状に気付いた。

 調理に手慣れているカナとリア以外の三人は完全に手が止まっていて、作りかけのチョコは作りかけのチョコという完成品が出来上がっている。

 その様子に思いっきりへこみながら、恋愛談義に話が膨らみすぎた女性陣は最初からチョコ作りをやり直すハメになってしまった。



 夕方を過ぎて、お腹を空かせて帰ってきた男三人にカナがココアを差し出した。


「なるほど。ありがとうカナちゃん」

「なかなか気の利いたセレクトだね」

「……ただのココア、だよな?」


 ただ一人、その意味に気付かないフミヤを後目に、シュウとワタルは目を合わせて小さく笑った。

 ──フミヤが気づく必要はないよね。どうせ、ちゃんとしたのが渡されるんだろうし。

 男二人が目と目で会話しているのを気持ち悪いと思いながら、キッチンから漂ってくる甘ったるい匂いに、フミヤは顔を緩めた。

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