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1年目 1月 「着物のお約束」

「あけましておめでとう!」


 リビングの掛け時計の秒針が真っ直ぐに天を指し示すのを無言で待ち続けるポンコツ屋敷の住人たちの機先を制して、フミヤは五秒ばかり早く声を上げた。


「ちょっ! フライングだよ!?」

「声を揃えて、ってフミちゃんが言ったんでじゃない!」

「はぁ……全く。いつもながら自分勝手な男ね」


 だがフミヤはそんな抗議の声が投げつけられるのを気持ちよさそうに受け止めながら、勝ち誇った顔で仲間たちを見回す。


「ふはははは! 昼間のうちに五秒だけ早く設定しておいたのさ! 甘い! 甘すぎる! カルピスの原液にメープルシロップを混ぜたような甘ちゃんどもだな!」


 高らかな勝利宣言をするフミヤだったが、仲間たちは顔を見合わせると、ヤレヤレと可哀想な人を見るような目でフミヤを見ていた。


「甘いのは、果たして誰なんだろうね」

「んもう~。フミくんてば仕方ないなぁ。ねえ、カナっちぃ、教えてあげたらぁ?」


 アヤに指名されたカナは、フミヤの顔をチラチラと見つつ、結局は目を逸らしながら口を開いた。


「……えーと、ですね、先輩……あの時計なんですけど、ついさっきズレてたの直しちゃったんです。なので、あの時計は正確だったんですっ」


 カナの言葉を聞いて、フミヤは真顔になった。


「なん……だと……」

「アハハー! フミーヤのオバカー!」

「くそっ、なんて時代だ!」


 新年を迎えて早々、ポンコツ屋敷の住人たちはいつも通りであった。



 振り袖を着たリアがリビングに姿を現すと、モノクロームだった室内が一気に華やかになった気がした。

 男たちはすでに羽織袴姿になっていて、女性陣の着替えが終わるのを待たされていたようで、ようやく登場したリアの姿を見て目を見張っている。


「ネーネー! ドードー?」


 袖を振り回すようにその場で回転しながら、リアは早く褒めろと要求してみた。


「ああ、よく似合ってる」


 フミヤがまず最初に素直な感想を口にしたので、リアは驚きでキョトンとした顔をして、それから満面の笑顔の花を咲かせる。


「ブラーヴォ! へへー、フミーヤ大好きネー!」


 褐色の肌に金髪で彫りの深い顔というリアに合わせた着物の選択はまさに絶妙だった。選んだチャキのセンスがいかんなく発揮されている。

 そしてリアは、ワタルとシュウにも無言で目を向けた。


「このリビングに妖精がやってきたのかと思ったよ」

「アハハー! ワタルもアリガトー」

「……えーと、あとで、いいかな?」


 シュウは申し訳無さそうにリアへ訊ねる。その姿はちょっと小さく見えて、リアはすぐにそれを察した。


「ンー、ソダネー。シュウは最初にチャッキーを褒めたいンダネ。それは仕方ナイネー」

「うん、ごめん」

「イイヨイイヨー。ワターシもチャッキーに怒られたくないネー」


 リアは羨ましいという感情を素直に顔に出しながら、それでも快く了承した。シュウにとってチャキがどれだけ優先したいかは、リアにもよく分かっている。

 なので、それは後に回すことにした。


「ヘーイ、フミーヤー! カモーン!」


 リアは後ろを向くと、両腕を横に広げながらフミヤを呼んだ。お尻を左右に軽く振りながら、背中越しにフミヤを見つめる。

 フミヤは何を求められているのか分からないという顔をしながら近づいてくると、挑発されたように肉感的に揺れる尻を撫でまわしてきた。


「ひゃあっ!? フ、フミーヤ、いきなり何するノー?」

「尻を撫でてみたんだが」


 飛び上がって一歩前に出るリアだったが、フミヤはそれに付いていって尻を撫で続けながら、分かりきったことを、と嘆息した。


「チッガーウ!」


 正面に向き直って、リアはフミヤを叱りつけた。日本の男なら、これで何が求められているのか、分かるものだと思っていた。

 なのでリアは、尻を撫ですフミヤの手を取ると、それを腰の帯へと誘導する。そこまでやって、リアが何をしたいのかがフミヤには初めて理解できたらしい。

 着物といえば、やることは限られている。海外からの留学生であるリアがやってみたいことなど、それほど多いわけではない。

 それでようやく合点がいったという顔をして、手慣れた手つきで帯をゆるめた。


「行くぞ」


 リアはその言葉に頷くと、フミヤは帯を握る手に力を込め、一気に引いた。


「うははははは! よいではないかよいではないかー!」

「ア~レ~! おたーすけー!」


 帯の回転による遠心力でリアの体はその場でクルクルと回転し始める。自分で回らなくても回りはじめる感覚が慣れないものだったが、とても面白く感じられた。

 やがて回転する力が弱まると、目が回ったリアはその場にへたり込む。顔を上気させ、はだけた着物で胸元を隠しつつ、見上げるようにフミヤへ視線を向けた。


「ジャッポーネの文化は、なかなか奥が深いデスネー」

「うむ、奥が深いのだ」


 そう言いながらフミヤは、リアが隠そうとしている胸元に手を伸ばして、それをご開帳させようとしてくる。


「アア~どうかお許しを~」


 演技がかった口調で、リアはフミヤの行動を阻害する振りをしながら、ドキドキと心臓を高鳴らせてその手の動きに集中した。


「……アンタら何してんの!?」


 リビングにやってきたチャキが、目端を釣り上げながら頭に角でも生えそうな怒号をまき散らした。


「アーレー?」

「あーれー、だな」


 世間一般には『帯回し』と言われることが多いが、フミヤもリアも口にした言葉は、まったく同一のそんな言葉だった。。


「そんなことは聞いてないっ!」


 大股でチャキが二人に詰め寄ろうとするのを、背後からシュウがしっかり抱きしめて押さえつけている。


「まぁまぁ」

「ヒデくんも、見てたら止めなさいよね」

「うん、ごめん。チアキの着物姿を早く見たいって考えてたから、気が回らなかったよ」

「……ねえ、似合ってる?」

「とても。想像していた以上にステキで、それ以上の言葉が思いつかないよ」

「そう。ありがとう」


 あっという間に顔をほころばせたチャキは、リアを見下ろすと仕方なさそうな表情で立ち上がるように指示した。


「着付けも手間がかかるんだから、これ以上はダメよ」

「仕方ないな。続きは帰ってからやることにしよう」


 シュウに絆されたチャキは、フミヤを冷たい視線で見下ろしながら、ため息をわざとらしく吐き漏らす。

 チャキはリアを立たせると着付けを直し始め、フミヤは追い払われるようにその場を離れると、待ち構えていたスズとカナに絡まれた。



 年始の電車は夜中から早朝にもそれなりの本数が走っていて、ちょっと有名な寺社へも行きやすい。

 ポンコツ屋敷の住人たちは、ほどほどに人の集まる神社へ、フミヤとワタルの運転する車二台に分乗して行くことを選んだ。

 それなりに混雑する神社で大いに騒ぎ、盛り上がったが、その反動か帰りの車内では半分ばかりがぐっすり眠りこけていた。

 朝日が出始める頃に、二台の車はポンコツ屋敷へと戻ってきて、寝た者たちを叩き起こして家の中まで歩かせる。


「……ね、ねむい……」


 半分目を閉じながら、早寝早起きの健康優良児であるスズがフミヤの左腕を抱きしめ、その反対側ではカナも半ば眠りかけている。

 ネトゲー廃人のチャキはまだまだ元気そうで、せっかくだからこのままログインすると言っては眠そうなシュウを困らせている。

 イタリアから帰ってきたばかりで、時差ボケが治りきっていないリアはまだまだ眠くなく、甘酒を飲み続けてベロベロになったアヤを支えていた。

 不健康問題児であるフミヤと、常日頃から明け方までお酒と女性を相手に仕事をするワタルはまだまだ元気そうだ。

 眠そうな者たちをリビングまで運ぶと、運んだ者たちはようやくといった感じで一息ついた。


「寝てる子たちの着物を脱がせるから、部屋に運んでちょうだい」


 チャキは休むまもなくそう指示を出して、リアと共に次々と眠った女たちを剥いていく。まず最初に脱がされたスズを、フミヤが部屋に運ぶ。

 その次のアヤはワタルが運び、戻ってきたフミヤが今度はカナを運んだ。

 シュウは半分寝ぼけながら自分で脱いで、そのまま部屋に戻っていった。


「さ、貴方たちも脱いでちょうだい」


 チャキは脱ぎ散らかされていた着物をそれなりに畳み、自分の分をそこに重ねた。フミヤとワタルもそれに続くが、リアだけはそのままだった。


「もう少しだけいいヨネ?」

「……仕方ないわね。でも、汚しすぎたり、破いたりしないようにね」

「チャッキー、アリガトネー!」


 リアは裸のチャキに抱きついて感謝の意を激しく表しながら、ウキウキとしているのを隠しもせず、キッチンからお茶のセットを持ってきた。

 リアの注いでくれたお茶で体を温めながら、四人はソファに深く体を任せる。


「来年は、朝起きてからのほうがいいかしらね」

「混むからイヤだ」

「確かに、日中だと人を見に行く気分になりそうだし、夜のほうが楽かな。眠る子が多くなってしまうけど」

「そうなのよね。人混みは何かと問題だわ。まあ、おいおい考えていきましょう」

「いつでもどこでもオッケーネー!」


 簡単に来年の打ち合わせを済ませると、チャキはお椀を持って立ち上がった。 

「それじゃ、わたしはちょっとだけ遊んでから寝るわ」

「ちょっとだけ、か」

「チャキにとっての、ね」


 フミヤとワタルの思う通り、チャキは寝落ち組が起きる頃までネトゲー世界で狩りをすることになる。


「ボクも寝るかな。妹と初詣に行く約束をしてるからね」

「ああ、お休み。妹ちゃんによろしくな」


 後ろ手に手を振ると、ワタルもリビングを出て行った。


「フミーヤフミーヤ!」

「ん~?」


 リアは元気よく立ち上がると、初詣に行く前のように背を向けて両腕を広げた。腰の帯を見せつけるように動いて見るが、どうしても尻ばかりが目立つ。


「カモーン!」

「元気だな、お前。まあ……チャキに怒られそうだし、オレの部屋行くか」

「オーケーネ!」


 リアはフミヤに抱きつくと、そのまま体を押すように廊下を進んでいく。


「ナンデー、ミンナは帯回さないノ?」

「知らん。若者の着物離れの影響だな」


 二人がまず最初にやったことは、リアが大げさに動きまわっても大丈夫なように部屋を片付けるところからだった。

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