私だってやれるんです
「……やっぱり、私も参加したかったですわ」
ホテルに到着してから数時間後。
体操服に着替えた私は、障害物競争に興奮するクラスメイトたちを見ながら体育館の隅で膝を抱えた。
――必死で試みた説得も虚しく、結局私は見学組となってしまいました。残念。
(っていうか、ほんっとーに過保護過ぎないかなぁ二人とも!どんだけ私は虚弱体質に見えるんだよ!!確かに私の今の外見は儚げな大和撫子だけどさぁ!)
口酸っぱく『無理はするな』と言ってきた敬太様と菅原様のことを思い出し、私はムッと唇を尖らせる。
「心配してくださってるのは分かりますし、それ事態はとても有り難いのですが。……でも正直、クラスのみんなと出たかったといいますか!」
「そうだよねー。私も出たかったなぁ……」
「えぇ、本当に残念で……って真凛さん!?いつから戻ってらっしゃったのですか!」
「んー?いま戻ってきたとこー」
思わずグチグチと不満を呟いていたら、いつの間にか真凛ちゃんがお手洗いから戻ってきていた。
私と同じく見学組となってしまった彼女は、よいしょと言いながら私の隣で体操座りをする。
……二人だけが見学組になってしまったこともあり、私たちはお互いを『真凛さん』『星華ちゃん』と呼び合うほど仲良くなっていた。
「お手洗いついでにちょっとだけ応援に行ってきたんだけどね、嬉しいことがあったんだー!」
「嬉しいこと、ですか?」
「うん!……私のクラス、星華ちゃんの婚約者さんがいるでしょ?」
「は、はい。敬太様がどうかしたのですか?」
なんだ、あいつまたなんか変なことしてんのか!?と一瞬警戒した私をよそに、真凛ちゃんはニコニコと笑顔で口を開く。
「なんかねー、『見学している方のぶんまで頑張りますから、ぜひ応援してくださいね』って言われたの!!」
……その言葉を聞いた瞬間、私は頭の中が真っ白になった。
「……え?」
ぽつり、と震える唇から言葉がこぼれ落ちる。
目の前で「だから、私は応援をがんばるんだ!星華ちゃんのクラスにだって負けないんだから!!」と無邪気に笑う真凛ちゃんを見て感じたのは――
(ついに……ついにイベントが成功したぁぁあああ!)
――全身を包む、言い表せないほどの歓喜だった。
(ナイスだ、ナイスだぞ敬太様!この調子でどんどん真凛ちゃんの好感度を上げるんだッ!)
敬太様の言葉に喜ぶ真凛ちゃんを見て幸せな気分になりながら、私は心の中で快哉を叫ぶ!
そう、コレよコレ!私が見たかったのはこの真凛ちゃんの笑顔なんだよ!!
原作の西園寺星華なら、喜んでる真凛ちゃんを見ながら
『なによ、敬太様から声をかけられたからっていい気になってんじゃないわよ。そもそも『見学している方』ってのはアンタの事じゃなくて私の事よ!敬太様は遠回しに私の体調を気遣ってくださってるんだっての。そんな事にも気付かないなんて、本っ当に単純な女!……まぁ、今回は敬太様の私を心配するお言葉を伝えてくれたわけだし、大目にみてやりますけど!』
……なんて、わけのわからんポジティブ発想をしながら真凛ちゃんにイラつきそうなもんだけど。
(もちろん私は分かっているよ敬太様!『見学の方のぶんまで頑張ります』っていうのは、私に送ったと見せかけて真凛ちゃんへ送ったメッセージなんだよね!!)
そう、その調子!そうやって遠まわしに真凛ちゃんの好感度を上げて距離を縮めるんだ!!え、お前は完全な当て馬だけどいいのかって?むしろ本望ですとも!!(真顔)
「えへへ、星華ちゃん嬉しそう!二人って本当に仲良しさんなんだなぁ、偶然ながらメッセンジャーになれて私も嬉しいや!」
「え……あ、はい?すみません、聞こえませんでしたわ」
「あ、ううん気にしないで!?ただの独り言だから!」
「そうですか……?」
大和撫子スマイルを保ちながら舞いあがっていたら、真凛ちゃんの言葉を聞き流してしまった。いかん。
落ち着け自分!と念じながら小さく深呼吸していたら、不意に真凛ちゃんが声を上げた。
……その言葉に、私は思わず目を見開いてしまう。
「ねぇねぇ星華ちゃん。西山くんのどんなところが好きなの?」
……神様、今日こそ私にキューピッドになれとおっしゃるのですか。
私は、さらなる歓喜に打ち震えながら少しだけ俯いてみせる。もちろん、このニヤついた口元を真凛ちゃんに見られないためだ。
(これは……これはいい傾向だ!!)
きっと真凛ちゃん、(どのツボで気になり始めたかは分からないけど)敬太様のことを恋愛対象として意識しはじめたんだね!だから、敬太様のことが知りたくて私に聞いてみたと!!
好きな相手ができたら、その人がどんな人なのか情報収集するのは乙女として当然だもんね!もちろんいつでも聞いておいで、私は貴女を歓迎します!!
「ふふ……では、聞いてくださる?」
「はい、もちろん!」
「それじゃあ、たとえば……」
私はニヤニヤする頬を必死に抑えながら、『天シン』も思い出しつつ真凛ちゃんに敬太様のいいところを話した。もちろん8割くらいは脚色してるけど、まぁそこは気にしない方向で!
(ふはははは、感謝しなさいよ敬太様!真凛ちゃんにはちゃんと好印象を与えておくからね!!)
内心ハイになりながら、私はスラスラと敬太様のいいところを並べていく。そんな私の言葉に笑顔で相槌を打つ真凛ちゃん。
(……アレ?これって、傍から見たら『婚約者についてのろける西園寺星華の図』に見えないよね?)
話し始めてからしばらく。ふとそんな考えがよぎった瞬間、体育館の中心から一際大きなざわめき声が聞こえてきた。
驚いてそちらを向けば、……なんと私のクラスの男子が倒れているではないか!
彼はすぐに起き上がると、再び全力で走りだす。
けれど、私は気づいてしまった――彼の走り方がおかしい事に。
(足を、ひねったのか……!)
痛みに顔を歪めながら、懸命に平均台を渡りはじめるクラスメイト。その横を何人もの生徒が追い抜かして走っていく。
自分が抜かされていることに気付いて、悔しそうに顔を歪める彼の表情を見た瞬間――私の心の中で何かのスイッチが入った。
「……すみません、真凛さん。少し行ってまいりますわ」
「へ?あ、うん!」
私は真凛ちゃんに言って立ち上がると、その場から素早く駆けだした。
向かうのはもちろん、たすきを受け渡すリレーゾーン。
私は次に走る自分のクラスメイトを見つけると、まだ彼が障害物に奮闘していることを確認してから声をかけた。
「すみません、この後私がどこかで走ることって可能ですか?」
「え?……って副委員長さん!体調のほうは大丈夫なんですか!?」
「はい、ご迷惑をおかけしました」
「いや、迷惑だなんてそんな……。ってそうだ、体調が大丈夫なら走ります?俺、ちょうど副委員長の代走だったんですけど」
「まぁ、そうだったのですか!」
なんてちょうどいい。これはあれか、運命ってヤツか!
私はその男子に自分が走ると伝えると、ようやくこちらへとやってきた男子生徒に合わせてコースへと出た。
緊張でドキドキする胸を体操服の上からおさえつつ、私は走ってくるクラスメイトをを待つ。
「た、頼みます……!」
息の絶え絶えに差し出されたのは、水色のたすき。
それをしっかりと受け取った私は、悲しそうな表情をする彼へ笑顔を向けて――
「頼まれましたわ」
直後、加速した。
「――――ッ!」
顔にぶち当たる空気に目を細めつつ、低い体勢のまま足を前へ前へ前へ。景色も歓声も置き去りにして、私は全力で走り出す。
地面に落ちた網の下を獣のような四つん這いになってくぐり抜け、縄跳びを10回飛ぶゾーンを手早くクリア。そのままの勢いで平均台の上を走り抜けると、最後の障害物である跳び箱を目指す。
(よし、追いついた!)
少し前を走る他のクラスの人の背中を見つつ、私は勢いよく踏み切り板に飛び乗った。
しかし、そこで予想外のことが起こる。
「っ、やば……!」
跳び箱の高さを知らなかった私は、つい勢いをつけすぎてしまい――空中でバランスを崩してしまったのだ。
(やばいやばい、このままじゃ潰れたカエルみたいな恰好で着地することになっちゃうよ!!)
一瞬、その姿を頭の中で思い浮かべ――それだけは嫌だと思った私は、覚悟を決めてバッと両手を伸ばした。
そしてそのまま、飛び前転よろしくマットの上を一回転して着地する。
(よし、なんとか成功!)
すぐに立ち上がった私は、回転のせいでグラつく頭をおさえながらも何人か抜き去り、次の走者へたすきを渡す。
……そして、走り終えた私は。
(どうだ見たか!私だってやればできるんだよーだ!!)
アンカーとして準備を始めていた敬太様の方を振り向き、ポカンとしている彼へと壮絶なドヤ顔をキメたのだった。
敬太→星華ちゃんに遠まわしに応援してくれと催促
真凛→敬太から星華への愛のメッセージ(笑)を届けられて満足
星華→ついにイベントが成功したと勘違いして舞い上がる
星華、相変わらずの残念っぷり。
そして、やっとアクションシーン(?)が書けましたー!
ずっと書きたくてウズウズしてたので、書けて満足です(笑)