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西山敬太/長谷川真凛

 ――考えてみれば、それが全ての始まりだった。



「西山敬太殿、おめでとうございます!貴殿の『婚約者』が決定致しました!」



 高等部行きが内定して、少し心にゆとりのできた中等部3年の夏。

 執務室へ呼び出された俺に親父から伝えられたのは、そんなどうでもいい話だった。



「……あっそ。で、相手は?やっぱり良家の子女?」


「そ、そうだけど……。敬太、何か怒ってる?いつもよりツッコミにキレがないいよ!?やっぱり勝手に婚約者を決めちゃダメでありましたか軍曹!」


「やかましいわ!誰が軍曹だこの野郎!!っつーか怒ってんのはそこじゃねぇ、今の親父の格好だよ!!」



 思わず怒鳴ると、親父は怒るどころか満足げに笑って「ナイスツッコミ!」と親指を立てた。褒められても嬉しくねぇ。

 ヒクつくこめかみを押さえながら、俺は軍服(コスプレ衣装)を着て執務室の机にふんぞり返る親父を見つめる。



――西山圭一ニシヤマ ケイイチ



 祖父の立ち上げた会社をさらに発展させ、国内規模から世界規模にまで会社を広げたとても優秀な人物だ。

 ――ただし、プライベートに関しては想像を絶するちゃらんぽらんっぷりなのだが。



「……じゃ、ねぇよ!おい親父、その『婚約者』とやらのデータはどこだ?それを渡すために俺を呼んだんだろ?」


「確かにそれもあるけど、本題は違うよ?」


「……え、そうなのか?」


「うん!本題はもちろん、僕の軍服姿の感想をもらうため……って痛い痛い!髪の毛は引っ張らないでぇー!!」


「年甲斐もなく金色のカツラなんて付けてる親父に言う感想なんてねぇよ!」


「ひ、ひどい!これはカツラじゃなくてウィッグだよー!!」


「どうでもいいわ!っつーかさっさとデータ渡しやがれ!」



 俺は涙目でウィッグを押さえる親父から数枚のプリントを受け取りながら、ちょっと泣きたい気分になった。

 ……俺は、何が悲しくてコスプレ親父なんかにツッコミを入れねばならんのだろうか。しかも無駄に似合ってるからまた腹が立つ!

 まぁ、仕事の時の親父とプライベート時の親父を知っているからこそ、そのスイッチの切り替え方や人当たりのいい性格などを学べたともいえるのだが。



(でも、そろそろこのボケっぷりをなんとかしねぇとな。母さんと弟の翔太なんて、最近はそろって強烈な天然ボケをかましてくるし……)



 もう西山家でマトモなのは自分しかいないんじゃないかと本気で悩みつつ、俺は受け取ったプリントに目を通し始める。

 そして――いかにもお嬢様らしい『大和撫子』が添付された写真に写っているのを見て、一瞬で頭が冷静になる。



「――西園寺星華、か。何回かパーティーで見かけたな」


「そうそう、その子!敬太と同じ雪城学院にいるはずだけど、まだ一度も同じクラスにはなってないよね」


「あぁ。だから、詳しい性格なんかは分からないが……確かに、こいつと俺が結婚すれば『NISHIYAMA』にも箔がつくってもんだな」



 俺は一つ頷くと、プリントを親父に返した。

 ――いくら大企業に成長したとはいえ、元々西山家は庶民の出だ。

 そのため、いくら業績を上げてみても『所詮は庶民』と俺たちを陰で嘲る人間も多くいた。

 しかし、茶道の家元であり古くから伝わる旧華族の血筋である『西園寺』と縁を結ぶことができれば――。



(会社にとって、これは大きな一歩になるかもしれない)



 そう考えた俺は、グッと拳を握りしめた。

 そんな俺を見つめていた親父は、静かに口を開く。



「なぁ敬太。お前、本当にこんな形で結婚しても良いのか?」


「あ?何を言い出すんだよいきなり。そんなの当たり前じゃねぇか」



 親父がなぜそんな事を問うのか分からず、思わず俺は眉間にシワを寄せた。

 将来背負う会社のために自分の結婚を利用する覚悟など、とうの昔にできている。

 それに……惚れ込んだ女がいればまた違ったかもしれないが、そんな事は全くないのだ。

 よって、何も問題はない。

 けれど親父は、それでも心配そうに俺に言い聞かせた。



「敬太、私たち家族はいつだって敬太の味方だからね」


「……はぁ」



 真剣な表情を浮かべる親父に首をかしげつつ、俺はその場をあとにする。



(あんだけ念を押してくるってことは、なにか『西園寺星華』に問題があるのか?実は人格破綻者だったりとか)




 なんとなく疑心暗鬼になった俺は、『西園寺星華』について軽くさぐってみた。

 しかし、返ってくる結果はマトモなものばかり。



(おかしいな、特に変な点は見つからないのだが……)



 モヤモヤした気持ちを抱えたまま時は過ぎ、あっという間に俺は婚約披露パーティーを迎えていた。

 婚約した後も特に関わらなかった同学年の女子との婚約は、正直とても不思議な気分だった。

 けれど、そんな自分の気持ちはおくびにも出さず、俺は『王子様』になりきる。



「星華さん、素敵な振袖ですね。とても似合っていますよ」


「ふふ、敬太様は褒めるのがお上手ですわね」



 俺の言葉を聞いて、うっすらと頬を染めながら扇子で顔を隠す婚約者。

 その姿はとても儚げで、思わず俺はドキリとさせられてしまった。

 そのすぐ後――二人っきりになった瞬間、『大和撫子』のイメージが粉々に崩れ去るとも知らずに。



「気持ち悪いからその優しいフリはやめてくださいませ!このエセ王子っ!!」



 そう言って俺に扇子を突き付けるのは、先ほどまで大人しかった俺の婚約者。

 思わず呆然とする俺にニヤリと笑いかけつつ、いつか婚約を解消してやると宣言する彼女に湧き上がった感情は――



(面白ぇ女……!)



 この女を手に入れたい、という強い強い独占欲だった。

 見た目の印象を裏切る言動。意思を宿した強い漆黒の瞳。

 そして、まっすぐに向けられた視線――。



(逃げれるもんなら、逃げてみやがれ!)



 俺は『王子様』の仮面を脱ぎ捨てると、言いたいことだけ言って去ろうとしていた星華に軽く口付けた。

 そして、自分でもそれと分かるほど獰猛な笑顔を浮かべてみせる。



『……逃げられると思うなよ?』



 腕の中で震えあがる星華の耳元で、わざと甘く囁いてやる。



(待ってろよ、星華)



 いつか絶対、コイツの心も身体も奪ってやる――俺は、心の中で密かに誓ったのだった。



 ……そうして現在。



(……しかし、アレは予想外だったな)



 家に帰ってきた俺は、ソファに身を沈めながら今日の星華の言動を思い出す。

 ――本当は、今日はあまり星華に意地悪をしないつもりだった。

 昨日の今日だし、パーティーもあったため疲れが溜まっているかもしれないと思ったのだ。

 しかし、いちいち俺の言葉や行動に反応する星華の言動が面白くて……ついつい歯止めがきかなくなってしまった。

 ついには、『どこまでやったら星華は怒りだすか』なんて考えて意地悪をエスカレートさせてしまう始末。



(星華が優しかったから良かったようなものの、それ以外の人にやっていたら確実に嫌われていたレベルの事までしてたしな)



 改めて反省しつつ、俺はソファから立ち上がると部屋の電気を消し、ベッドの中へもぐりこんだ。

 明日こそは、星華に優しく接してみよう……なんて考えながら。




***




 一方その頃。



「はぁ、あれが美男美女カップルってやつか……!すごくお似合いだったなー!!」



 合宿の荷物を確認していた真凛は、そう呟きながら今日見た光景を思い出した。

 ――澄んだ青空と、満開になった立派な桜の木。

 そして、その下で見つめあう『王子様』と『大和撫子』の二人……。



(あーもう、本当に悔しい!どうしてあそこで写真を撮らなかったんだろう私!!)



 星華が聞いていたら『いや、そもそもそんな事覚えてなくていいから!今すぐ記憶から消去してー!!』と言って真っ青になりそうな言葉を心の中で叫びつつ、真凛は次々とバッグの中に荷物をつめていく。

 その間にも、加速した彼女の妄想は止まらない。



「あの二人は婚約者同士だっていうし、きっとこれからバラ色の学院生活を繰り広げるんだろうなー!あこがれちゃうや!!


せっかくメアドを交換したんだし、敬太様との素敵な恋の話とか聞かせてもらえると嬉しいなぁ」



 そんでもって、私も素敵な恋がしたい……!なんて乙女らしい事を考えつつ、真凛は荷造りを完了させる。

 ――ちなみに、この時点で真凛は敬太の事を『西園寺さんの婚約者』として認識していた。

 よって、自動的に真凛の『恋愛対象』から敬太は完璧に外れた形となってしまっている。

 ……星華がそれに気付いたら『考え直して真凛ちゃん!』と慌てただろうが、今この場に真凛の妄想を邪魔するものは何もない。



 かたや、王子様とヒロインを設定通りくっつけようとする悪役。


 かたや、主人公ではなく悪役の事が気になり始めた王子様。


 かたや、王子様を完全に恋愛対象から除外したヒロイン。



 ……歪みに歪んだ設定のまま、波乱含みのオリエンテーション合宿が静かに幕を開ける。




ここまで読んでくださり、ありがとうございました。


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