回想をしていました
はじめて下書き無しで打ちました。
誤字脱字の発見をしたら教えてくださいませ。
ウキウキしながら迎えた入学式は、カイロを持っていないとちょっと寒いくらいの気温だった。
まだ冬の面影を残す澄み切った空気に首を縮めつつ、白い息を吐き出した私は玄関の鏡の前に立つ。
『んー、……よし!今日は寝癖も直したし!』
くせっ毛のせいでいつも寝癖がつく髪をいじりつつ、とりあえず満足した私は鏡を見ながら一つ頷く。
そのまま、他に変なところはないかと全身をチェックしていたその時、家の奥から自分の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。
履きなれていないローファーに足を突っ込みつつそちらへ視線を向ければ、そこには焦った顔のお母さん。
余所行きの服を着て、いつも以上に化粧をバッチリきめているのが遠目に見ても分かる。
『もー、お母さん遅いよ!はやくしないと入学式に遅刻しちゃう!』
『しょうがないでしょ!今日は**の入学式なんだから!!』
私の言葉を聞いてムッと唇を尖らせたお母さんは、すぐにニッコリと表情を崩すと私にデジカメを差し出した。
『ほんと、子供が成長するのって早いわねぇ……。あ、これで一枚写真撮ってから入学式にいきましょ』
『えー!?入学式に遅れたらどうすんの!』
『**はせっかちねー。歩いて10分の公立高校よ?しかもまだ時間まで30分あるし』
『あれ、そうだっけ!?』
お母さんに促されて新品の腕時計を見れば、確かにその通りだった。
そこで、私は想像以上に自分が興奮していた事に気付き、ひとつ深呼吸する。
すると、家の奥からドタドタという2つの大きな足音が聞こえてきた。
そして奥の扉からひょっこりと姿を現したのは、ジャージ姿のお父さんと弟。
『おー!**、制服似合ってるよ!さすがは父さんの娘だな!!』
『これで、ねーちゃんがもうちょっと痩せてりゃもっと良かったかもな?』
『ちょ、ちょっと!』
怒った私は、ジロリと二つ下の弟を睨みつける。
が、生意気な弟は睨みつける私を余裕そうにニヤニヤと見つめ返すだけだ。
(ほんっと、へそ曲がりに育っちゃって!)
思わず心の中で愚痴ったその時、お母さんは「いい事を思いついた!」と言って手を打った。
『ちょうどいいわ!全員揃ったところだし、記念に家族写真を撮りましょうよ!』
満面の笑みを浮かべた母の提案に、お父さんは自分の恰好を見下ろして少し渋い顔になる。
『えぇ?で、でも、お父さん寝起きだし……』
『まぁまぁいいじゃない!細かい事は言わないの!』
そう言うと、お母さんはお父さんの背中をグイグイ押した。
なんだかんだ言いつつもお母さんに弱いお父さんは、頭をガリガリと掻きながら外へ出る。
優しくて、でもちょっと抜けてるお父さん。
厳しくて、ちょっと強引なお母さん。
生意気で、だけど実は不器用な弟。
――そして、私。
笑顔で写真に収まる私たちの中で、誰が想像できたというのだろう。
……これが、最後の家族写真になってしまうなんて。
***
「……ダメですわね。また思い出していましたわ」
濡れた髪をバスタオルで拭いていた私は、いつの間にか前世の記憶を思い出していたことに気付いて溜息をついた。
とっくに湯冷めしてしまったらしい冷たい身体を自分で抱きしめつつ、私は再び手を動かし始める。
――あの後。
『お母さん』と共に学校へ行く途中、私は居眠り運転のトラックに運悪く轢かれ、死んでしまった。
最後に目に焼き付いているのは、狼狽えた表情でこちらへ手を伸ばすお母さんの姿。
「……ごめんなさい」
思い出した私は、重い溜息をつきながら小さな声で前世の母に謝った。
……そしてふと、自分の気持ちが暗く沈んできている事に気付く。
(っとぉ、いかんいかん!明日から『オリエンテーション合宿』が始まるのに、こんな精神状態じゃ乗り切れないよ!)
私はブンブンと頭を振って暗い気持ちを吹き飛ばすと、明日の大イベントに意識を向けた。
――オリエンテーション合宿。
それは『天シン』において、敬太様と真凛ちゃんの距離が一気に縮まる特別な行事だ。
合宿の日程は一泊二日。一日目の昼に目的地へ到着した後、高等部から入学してきた外部生と、中東部からの進学組である内部生との交流を目的とした『レクリエーション大会』が行われる。
ちなみに、この『レクリエーション大会』の内容は毎年違う上、生徒たちは直前まで内容を一切教えてもらえない。
……まぁ、漫画の知識がある私にとっては意味のない話なんだけど。
(確か、障害物競争……だったよね)
私は軽く宙を睨みながら、『天シン』での流れを思い出す。
――バスに乗ったはいいものの、目的地に着く頃に車酔いをして体調を崩す真凛ちゃん。
そんな真凛ちゃんを見かねた敬太様は、ブツブツ文句を言いながらも真凛ちゃんをお姫様抱っこで運んであげる。
真凛ちゃんは真っ赤になって下ろすように要求するが、敬太様は
『ハッ。せっかく面白い反応をするオモチャが腕の中にいるんだ。そんな簡単に下ろしてやるかよ』
と言ってニヤリと笑いながら拒否。
そんな敬太様の言葉に内心ちょっとムカつきながらも、素直に敬太様へ『ありがとう』と感謝の気持ちを伝える真凛ちゃん。
そんな彼女に敬太様は、
『そんな体調じゃ、レクリエーション出られねぇだろ。お前のぶんまで頑張ってやるから……俺だけ見てろよ?』
という、なんとも俺様らしいセリフを言うのだ。
そしてその後、敬太様率いる2組は彼の活躍のかいあって無事に勝利。
真凛ちゃんは敬太様の事を少し見直す、という――。
(……うん。これだけ聞けば、敬太様だって少し俺様な不器用クンなんだけどなぁ)
私は、『天シン』と現実との大きなギャップに思わず頭を抱えてしまった。
――現実での敬太様は、間違なく嫌な奴だ。悪魔だ。エセ王子だ。
少なくとも人の呼吸を阻害して笑うような人じゃなかったハズなのに、一体どうしたんだあの人。悪い方向にキャラ崩壊しちゃうなんておかーさん悲しいよ。いや産んだ覚えなんてないけどさぁ。
「……まぁとりあえず、オリエンテーション合宿は気を引き締めていかないとね」
私はグッと両手を握りしめると、しっかりと頷いた。
なんせこのオリエンテーション合宿、レクリエーション大会の後にはもう一つ大きなイベントがあるのだ。
その名も『交流パーティー』。
生徒全員がドレスアップするこのパーティーは、雪城学院の伝統行事だ。
さっすが、お金持ちな私立はやる事が違うよね!いや、私も今はお嬢様なんだけどさ!
……なんて冗談はさておき。
まぁとりあえず、ドレスアップした真凛ちゃんを敬太様が特別にエスコートするという場面が『天シン』には出てくるのだ。
――そして、その時点の『天シン』に西園寺星華はまだ登場していない。
「……予定外である私の登場が、二人の関係になんらかの影響を出さなければいいのですが」
私はポツリと呟くと、そのままベッドの上に寝転がった。髪はまだ湿ってるけど、乾かすのが面倒だしまぁいいか。
一日くらいサボっても平気だよねー、なんて横着な事を考えながら目を閉じる。
意識が闇に消える直前に思い浮かべたのは、真凛ちゃんと敬太様が微笑みあう『天シン』のラストシーンだった。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました!