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親切さんの登場です

 体育館にて無事に入学式を終えた私は、イベントが達成できなかった不甲斐なさを抱えながら敬太様と共に校舎へ向かう。

 張り出されたクラス表の前は、自分のクラスを確認しようとする人で賑わっていた。



「すごい人ですわね……」


「星華はここで待ってて。俺がクラスの確認をしてくるよ」


「いえ、そんな……!」


「むしろ、俺に行かせて?星華さんが行ったら、人混みに潰されちゃうんじゃないかって気が気じゃないよ」


「まぁ……。それではお願いいたしますわ」



 エセ王子状態を維持する敬太様の背中が離れていくのを見ながら、私はクラス表から少し離れた場所で立ち止まった。

 そして、誰にも気付かれないように溜息をひとつ。



(あー、寒々しい会話だった……)



 二人きりの時は敬太様も私も被っていた猫を放り出して話すので、猫を被った状態で話すとどうにも違和感を感じてしまう。

 ふぅ……と息をついて俯きがちだった顔を上げれば、こちらを見ていたらしい数人の男子が一斉に目を逸らしたのがわかった。

 それに気付いた私は、なんだか居心地が悪くなって再び足元に視線を落とす。

 ――自分で言うのもどうかと思うけど、私は見た目だけなら大和撫子そのものだ。

 背中まで流れた黒い髪と、垂れ気味の黒い瞳。そして抜けるように白い肌。

 少女漫画の重要キャラなだけあって、容姿については非常に恵まれているのである。

 だから、人より少し目立つのは仕方ないとは思うんだけど。



「……なぁ、あんた」



 こうやって話しかけてくる人が多いのは、本当に困る。



「はっ、はい……?」



 おずおずと顔を上げると、そこにいたのは仏頂面をした硬派そうなイケメンだった。



(あれ、珍しくマトモな人が声をかけてきたな……)



 こういう時、チャラいというか馴れ馴れしい人が声を掛けてくる場合が多いので密かに身構えていたのだが、今回は杞憂に終わったようだ。

 逆にあまりにも珍しかったので、思わず私はその人をマジマジと見つめてしまう。

 短くツンと立った髪。同じ色の瞳は、少しキツめに吊り上がっている。

 第一印象をまとめると、『和風美人』って感じだった。



(うーん、ぜひ我が家に呼んで和服を着せたいなぁ……)



 西園寺家は茶道の家元なので、男性用の着物も何着か置いてある。

 そのうちの一つを着せた目の前の彼を想像した私は――咄嗟に両手で口元を覆った。



「……大丈夫か」


「は、はい。大丈夫ですわ」



 ちょっと鼻血(幻想)が出そうになっただけですから。

 私は慌てて背筋を伸ばすと、彼の目を真っ直ぐ見つめ返して首を傾げた。



「それで、私になにかご用でしょうか?」


「……は?」


「いえ。声をかけられたので、何か用事があったのかと思いまして」



 私の発言を聞いた彼は、その言葉に納得したように頷くと



「あぁ。そういう意味でだったら、特に用事はない」



 そう言って首を横に振った。

 ならばなぜ声をかけたのか、と思わず訝しんでいると



「ただ……お前、なんか所在無さげにしてたから」



 そう言って、彼はついと視線を逸らしてしまった。

 しかし、その耳は心なしか赤く染まっている。

 ……見た目の印象や話し方から思うに、この人はけっして社交的なタイプではないと思う。

 それなのに、見知らぬ人間である私を気遣って声を掛けてくれるなんて!

なんていい人なんだろう!!



「……ありがとうございます」



 私はニッコリと笑うと、彼に小さく頭を下げた。



「実は、知人がクラス表を見に行っておりまして。その帰りを待っているのです」


「……そうか」



 彼は私の言葉にそれだけ答えると、さりげなく隣へ並んできた。

 その行動の意味がわからず首を傾げると、



「そいつが来るまで一緒にいてやる」



 だそうで。

 凄い、いまどきこんなに親切な人っているんだ……!と思わず感心していると、突然後ろから誰かに抱きしめられた。



「きゃっ!?」


「星華、残念。俺たちは別のクラスだったよ」



 驚いて振り返ろうとした瞬間、サラリとした茶色の髪が頬を撫でる。

 その髪を見て誰が抱き着いてきたのか察した私は、同時に囁かれた甘い声に思わず涙目になった。



「や、やめてくださいませ敬太様……!(訳:離れてください気持ち悪い!!)」

「ふふっ、慌ててる星華も可愛いね(訳:面白いからヤダ)」



 視線を上げれば、こちらを見つめる敬太様と目が合った。

 その整った顔に張り付いているのは、寒気をおぼえるような黒い笑顔。

声だけが優しいエセ王子モードとか、無駄に器用だなこの人……じゃなくて。



「お、お願いします……っ!」



 私は恥ずかしさで真っ赤になった顔を両手で隠した。

 前世(彼氏0)でも現世(箱入り娘)でも男性とあまり触れ合った経験の少ない私にとって、後ろから抱きしめられるなんて刺激が強すぎるのだ。

 そう考えながら、耳元で響く甘い笑い声に思わずギュッと目をつぶったその時……。



「……離してやれ」



 そんな言葉と共に右手の手首を掴まれ、ぐいっと前に引き寄せられた。

 私の身体はいとも容易く敬太様の腕から離れ、そのままポスリと前の壁にぶつかる。

 ……って、ポスリ?



「……そういう貴方こそ、星華から手を離してくださいますか?」


「……嫌だ、と言ったら?」



 まさかと思いながら目を開けば、私はいつの間にか親切さんの胸に顔を埋めている状態だった。

 しかも視線を上げてみれば、何故か親切さんと敬太様(邪笑つき)が睨みあっている。

 ……えぇっと、何が起こったの?



「あのぅ……敬太様?」



 よく状況が理解できなかった私は、とりあえず不機嫌丸出しの敬太様に声をかけてみた。

 私の声を聞いてハッと我に返った敬太様は、すぐに『王子様』の仮面を被り直すと私の腕を引いて親切さんから離してくれる。



(ふぅ……よかった)



 親切さんとはいえ男性に抱きしめられるのは、ちょーっと刺激が強かったからね。正直助かった。



「あ、ありがとうございます敬太様……」


「謝らないで?俺こそ、星華のこと一人にしちゃってごめんね」


「いえ、大丈夫ですわ。それより……」



 どうして突然不機嫌になったんですか?――とストレートに聞こうとした私は、一つの可能性に気付いて咄嗟に口を閉じた。



(もしかして敬太様、私が親切さんと並んで話してたのが気に入らなかったとか……?)



 俺様を通り越して暴君な敬太様のことだ。遊びがいのありそうなオモチャ(つまり私)が他の人と話しているのを見てイラついたのかもしれない。



(もし予想が当たってたら『心の狭いヤツめ』って思うけど、あながち間違っていなさそうなのが問題だよね……)



 私は小さく溜息をつくと、親切さんにお礼を言って敬太様と共にその場を離れた。

 なんとなーく、敬太様と親切さんが同じ場所にいたらヤバい気がしたのだ。



(ふっ、これが女のカンってやつか……!)



 敬太様の少し後ろを歩く私は、そんな事を考えながらぼんやりと敬太様の背中を見つめる。

 すると、不意に振り向いた敬太様が王子様モードのままこちらに問いかけてきた。



「ねぇ、星華。さっきの男は誰なの?」



 無邪気を装うその瞳の奥には、なにやら不穏な色が浮かんでいる。



(嘘をついたら承知しねぇぜ、って事か!)



 その意味を正しく理解した私は、小さく息を吸い込んだ。



「先ほどの方は、敬太様を待っている間に私の話し相手となってくれたのですわ」


「話し相手?」


「はい。一人で立っていた私が退屈しないよう、気をきかせてくれたのです」



 私は、敬太様の探るような視線をまっすぐ見つめ返しながら答えた。

 それを聞いた敬太様は、ふーんと頷くと歩いていた足を止めた。

 次の瞬間、少し上にあったはずの敬太様の顔が息がかかりそうなほど間近に迫る。



「ねぇ、星華」


「な、なんでしょうか」


「……さっきの男と、あんまり関わらないようにしてね」


「え?何故です?」


「んー?なんとなく、かな」



 敬太様はそう言うと、少し悪戯っぽい表情で私に笑いかけた。


 たまたまその表情を見かけた見知らぬ女子生徒たちが顔を赤くするなか、私はしっかりと理解する。

 敬太様の『さっきの男と関わるな』という言葉は、お願いだなんて生易しいものじゃなく――半強制的な『命令』である事を。



「……善処いたしますわ」



 私は笑顔が引き攣りそうになるのを堪えながら、控えめな微笑を浮かべて再び歩き出した。

 ――数分後、このやり取りが全くの無意味になるとも知らずに。



なにか小説を読もうと思ってふとセカンドランキングを見たら、この作品が17位にランクインしていました。思わず目ン玉ひんむきました。

この作品に興味を持ってくださった皆様、本当にありがとうございます。

まだまだ未熟な文章ではありますが、これからもどうぞよろしくお願いします。

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