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前途多難です

途中、ちょっとした自虐ギャグ?があります。

ただの現実逃避ですので、生温かい目でスルーしてやってください。

(昨日は散々だったなぁ……)



 翌日。

 家政婦の大野さんに起こされた私は、用意していた真新しい制服に袖を通しながら小さくため息をついた。

 ――結局昨日は、パニックになった私が



『お、お、覚えてらっしゃい!!』



 と叫びながらその場を走り去った事で終わりを告げたんだけど。



(……今さらながら、『覚えてらっしゃい』ってなんなんだよ私!)



 いくら悪役を意識してたからって、選択したセリフのセンスが悪すぎやしないか!?

 思い出して思わず赤面しそうになった私は、ブンブンと首を横に振ると拳に力を込めた。

 恥ずかしさに悶えるのは、後からでもできる。

 とりあえず今の最優先事項は……今日行われる、雪城学院の入学式だ。



(記憶が間違っていなければ、敬太様と真凛ちゃんは今日出会うはずっ!)



 私はそう考えながら、必死で漫画の内容を思い出した。

 ――桜の花びら舞い散る雪城学院に入学する、長谷川真凛ちゃん。

 しかし、入学式に参加するため体育館へと向かっていた真凛ちゃんは、途中で転びかけてしまう。

 そこで出てくるのが、エセ王子こと敬太様だ。

 たまたま近くにいた敬太様は、倒れそうになった真凛ちゃんを咄嗟に助けてあげる。

 けれど、真凛ちゃんの美少女っぷりに一瞬硬直してしまった敬太様は、照れ隠しにこう言うのだ。



『どんくせぇ女だな』……と。



「……いえ、漫画として読んでいた時は『照れ隠しだ可愛い!』なんて思いましたけどね!!実際に言われたら、私は絶対に怒りますわ!これ確定!!」


「星華お嬢様、ご飯の準備が……ってお嬢様!?どうなさったのです!?」



 怒りを枕にぶつけて叫んでいたら、たまたま呼びに来た大野さんに見られてしまった。むぅ、不覚。

 驚く大野さんに慌てて『今のは忘れて?』とお願いしつつ、私は一生懸命自分に言い聞かせる。



(落ち着け私!今の私は西園寺家の長女、西園寺星華なんだぞ!!)



 ペチペチと自分の頬を軽く叩くと、私は朝食を食べるべく大野さんの後について歩き出した。

 ……どうやら私も、入学式という事でちょっと浮かれているようだ。




***




 雪城学院には、当然のことながら敬太様も入学される。

 ということは、今日も敬太様と顔を合わせる可能性があるわけで。



(昨日の事もあるし、なんか嫌な予感がするけど……。こればっかりは仕方ないよね)



 私は両親と車に乗り込みながら、とりあえず今日はあまり敬太様と関わらないようにしようと誓っていた。

 ……というか、忘れてはいけない。

 いくら敬太様が『逃がさない』などと宣言したとはいえ、私は『悪役』という名の恋のキューピッドであり、決してヒロインではないのだ。



(昨日はちょっと失敗したみたいだけど、今日からは違う!敬太様から逃げ切った上で不仲になりつつ、真凛ちゃんとくっつけなければ!!)



 私は改めて目標を確認すると、心の中で固く決意した。

 ……はずなのだが。



「……神様め、いつかぶん殴ってやる」


「あ?なんか言ったか?」


「いいえ、なんでもございませんわ」



 私はそう答えると、わざわざ校門で待ち構えていた男――敬太様へ控えめに笑ってみせた。

 ちなみに、何故待っていたのか聞いてみたところ



『昨日言ったろ?逃がさない、ってさ』



 という言葉とともに真っ黒な笑顔をいただきました。

 ……いや、そんな有言実行はいりませんから!むしろ迷惑です!!



(はぁ……。これはもう、第一目標を『敬太様から逃げ切る』に変えた方が良さそうね)



 私は思わず脱力しながら、前を歩く敬太様の広い背中を見つめた。

 あーあ……これが一段落したら、この苦労話を小説として書いてやろうかな。

 『前世の記憶がある』なんて誰も信じないだろうから、ある程度ノンフィクションで書いてもあんまりバレない気がするし。



(そうなったら、題名はどうしよう?『婚約者から逃げ切るだけの簡単なお仕事です』みたいな感じ?たくさんの人に読んでもらって、人気作家とかになっちゃったらどうしよー!)



 私が馬鹿な事を考えて現実逃避していると、不意に敬太様がこちらを振り向いた。



「なぁ、星華。お前って、見た目だけなら完璧な大和撫子だよな」


「……ありがとうございます」



 そのセリフ、そっくりそのままお返ししてやるよこのエセ王子ぃ!と叫びそうになった自分を抑え、なんとか口を開く。

 すると、敬太様は不思議そうな表情で首を傾げた。



「でもさぁ、おかしいんだよなぁ……。俺とお前はパーティー以外ではあまり会ったことがないはずだし、パーティーの時の俺は行儀よく振舞っているはずなんだ。


ならばいつ、どこで、星華は俺の性格に気付いたんだ?」



 そう言って桜の木の下で立ち止まった敬太様は、まっすぐな視線を私に向けた。

 さすが腐ってもエセ王子、絵になるよなぁ……なんて思いながら。



「そ、それは……」



 私は、取り繕った笑顔の下でダラダラと冷や汗をかいていた。



(こ、これはどう答えるべき!?)



 安易に嘘をついてもすぐにバレる。

 かといって本当の事を話せば、頭のおかしい女だと思われる。

 しばらく考えた末、私は――



「……女の勘、というヤツですわ」



 無難にごまかしておく事にした。

 意味ありげに微笑しつつ、そっと敬太様の方を見上げる。が。



「……ふーん」



 敬太様は、疑わしそうな目で私をじーっと見つめていた。



(この男、これっぽっちも信じちゃいねぇ……!)



 信じないなら聞くなよ!と心の中で愚痴りながら、引き攣りそうになる頬を必死で抑えたその時……。



「うわぁっ!」

「きゃっ!?」



 一際強い風が吹いたと思った次の瞬間、誰かが私の背中にぶつかってきた。

 あっけなくバランスを崩した私の視界いっぱいに、舗装されたコンクリートが広がる。



(転ぶっ!)



 咄嗟にそう判断した私は、目をギュッと閉じて予測した衝撃に備えた。

 ……しかし、何秒経っても痛みはやってこない。



「あら……?」



 恐る恐る目を開ければ、私の身体は誰かの腕によって支えられていた。

 まさか、と思いながら上を見上げれば……



「星華、大丈夫?」



 そう言ってこちらを心配そうに見つめる、王子様モードの敬太様と目が合った。



「えぇ、敬太様のお陰で。ありがとうございます」



 私もすぐに大和撫子モードに切り替えると、お礼を言って儚げに微笑んでみせる。

 ……はたから見れば、それは桜の木の下で見つめあう美男美女にしか見えないのだろう。

 実際は、



『敬太様、咄嗟にエセ王子を発揮できるとは素晴らしいですわね。もちろん悪い意味で』


『そっちだって似たようなもんだろうが!っつーかどんくせぇんだよお前!』


『なんですって!?これでも運動は得意ですのよ!』



 交わした視線と視線で、そんな醜い言い争いをしているわけだけれども。

 見つめあうフリをしてバチバチと火花を散らしあっていると、



「あ、あのっ!」



 という控え目な声がかけられた。



「はい?」



 その声でやっと他の人がいた事に気付いた私は、返事をしながら敬太様から視線を逸らして振り向く。

 そして――思わず、言葉を失った。



「ぶ、ぶつかっちゃってすみませんでした……!」



 そう言って頭を下げるのは、色素の薄い長めの髪をポニーテールにまとめた女の子。

 ウルウルと潤む黒い瞳。

 柔らかそうなピンク色の唇。



(う、嘘でしょ……!?)



 そこに立っていたのは、『天シン』のヒロインにして無自覚系な天然美少女――長谷川真凛その人だった。

 と、その姿を見てハタと思い出す。



(そうだ、出会いイベント!!)



 原作では、真凛ちゃんがぶつかるのは敬太様のはずだ。

 けれど、いまぶつかられたのは――敬太様ではなく、私。

 と、いうことは……



(私がここにいた事で、二人の出会い方が変わっちゃったの!?)



 そう思いついた瞬間、私はサッと青ざめた。

 ど、どどどどうしよう!?

 やっぱり、ここは無理を言ってでも敬太様を振り切って別行動すべきだったかもしれない……!

 予想外の事態に、ぐるぐると考え込んだ挙句――私は素早く敬太様の後ろに隠れた。

 私という障害がいなくなり、お互いに間の抜けた顔で対面する二人。



(よ、よし!これで構図的には漫画通りのハズ!!)



 ちょっと原作とは変わっちゃったけど、敬太様と真凛ちゃんの会話くらいは成立させたい!

 そう考えた私は、



『私の代わりに彼女と話して!』



 という意味を込めて敬太様の制服の裾を軽く引っ張った。

 私の意思が伝わったのか、敬太様はこちらをチラリと見下ろしてから頷くと、小さくなっている真凛ちゃんへ向かって口を開く。



「おい、そこのお前」


「は、はいっ……!」



 桜の木の下で見つめあう、不機嫌な敬太様と涙目の真凛ちゃん。

 よしよし、ここは順調に原作通りだ!グッジョブ敬太様!!

 あとは、真凛ちゃんに何か一言文句を言えば……と思ったその時。



「入学式で浮かれてるのは分かるけど、ちょっと不注意過ぎると思わないか?」

「す、すみませんっ」

「気を付けろよ。……悪いけど、俺の女・・・に怪我とかさせたら容赦しねぇからな」



 ……なんか、変なセリフが聞こえてきた気がした。



「えっ、け、敬太様!?」



 お、俺の女!?俺の女ってなに!?まさか私のことじゃないだろうな!

 動揺した私は、後ろから敬太様の腕をギュッと掴んだ。



「な、何をおっしゃっているのですか!今の言い方ですと、敬太様が私の事を大切に思っているように聞こえますわよ!?」


「だったらなんだよ、なんか問題でもあるのか?」


「大アリですわ!」



 お前がそれを言う相手は、目の前にいるヒロインこと真凛ちゃんなんだよ!

 私みたいな悪役に言ってどうするんだ!!

 私は恥ずかしさと怒りで頬を赤く染めながら、敬太様を睨みあげた。

 しかし、文句を言ってやろうと口を開いたその時。



「あ、あの!」



 一部始終をオロオロしながら見守っていた真凛ちゃんがそう声を上げた。

 なんだろう?と思った私がそちらへ視線を向けると、



「彼氏さん、彼女さんに怪我させそうになっちゃって本当にすみませんでした!そして末永くお幸せに!!」



 妙に目をキラキラさせた真凛ちゃんは、そんな言葉と共に満面のスマイルを繰り出した。

 桜の木の下で満面の笑みを浮かべる真凛ちゃんは本当に絵になるなぁ。さすが『天シン』のヒロイン……じゃなくて。え?

 もしかして、真凛ちゃんの言う『彼女』って私のこと!?っていうか、なんか物凄くヤバい勘違いをされてないかコレ!?



「ご、誤解しないでください!私は敬太様の彼女ではありませんわ!!」


「そうだな、婚約者だもんな?」


「えぇそうですわ、私はこんやく……ってそういう事ではありません!」



 おま、何言ってんだヒロインの前で!余計な事言うんじゃない!!

 慌てて敬太様の方を睨みつけると、意地悪そうな笑顔でニヤリと笑い返された。

 その邪悪な笑顔に怯んでいると、ニッコリ笑った真凛ちゃんが



「彼女さん、照れなくても大丈夫ですよ!すごくお似合いな美男美女カップルですから!!」



 と言ってこちらにグッと親指を立て、「じゃあ私はこれで!」と言ってその場を立ち去った。もちろん、すっごくいい笑顔のままで。



(そ、そういう問題じゃないんだってばぁ……!)



 思いっきり誤解している様子の全力天然ムスメ・真凛ちゃんの言葉に、私はガックリとその場でうなだれたのだった……。



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