#17 おいしくないです
「うさぎは、押し付けられたんだ」
自炊ができるという更なるスペックを見せた絢斗は、自身が作ったおかずを口に含みながらそう言った。部屋中をぴょんこぴょんこしてるうさぎを目で追いながら、璃祢はその言葉の続きを待った。
「及川にな」
「及川さんが、うさぎさんを?」
「もともとあそこの店にいたんだ。で、そのウサギが子供を産んだそのうちの一匹がこいつ。及川は動物飼えねぇとか言って、全部人にあげたっつーか、押し付けたんだよ」
「そうなんですか。あ、ご馳走様でした。とてもおいしかったです」
「あぁ……って、なんで人参よけてんだよ」
「う……人参嫌いです」
「食え、生ごみ増えるだろ」
「でも……」
好き嫌いもあまりない璃祢だが、人参とセロリだけはどうしても苦手なのだ。皿の隅っこに寄せてあるにんじんを、じとっと見つめる璃祢。ふとその人参が横から伸びた箸によりなくなった。
「あ……」
人参を口に含み、もぐもぐと咀嚼している絢斗。そんな彼を驚きの顔で見ていた璃祢は、次の瞬間床に押し倒された。口を動かしたままの絢斗が上から覆いかぶさり、そのまま見下ろしてきている絢斗の顔を見つめる。
「え……え……んむぅ!?」
落ちてきた唇に、驚きの声を上げようとしていた璃祢の口がふさがれた。思わず胸が高鳴った璃祢だが次の瞬間、それはドカンと落ち込んだ。
(に……人参さんが口の中にぃ!?あ……でも舌が……気持ちぃ……)
人参がなくなった後も、しばらくキスは終わらなかった。
柔らかく暖かい舌が、璃祢の口内をもてあそび、そのたびに璃祢の全身に快楽の波紋が広がっていく。床に手をついた絢斗の腕に璃祢はしがみついた。今にも体の力がすべて奪われそうになる。強すぎず弱すぎないその感覚に璃祢は酔い始めた。わずかに開いた璃祢の瞳のそばに、あのきれいな赤い瞳がある。
だがそれすら自然にあふれた涙によって歪んでしまう。
もっともっとと、自ら求め始めてしまうほどその未知な感覚に陥ってしまっていた。
「んっ……ん……ふぅ……ん……ふあぁ……」
「これで完食だな」
「はぁっ……あ……」
「うまかっただろ?」
「人参さん……おいしくないです」
「ほぉ?いい度胸してんなぁ?」
こめかみをピクリとさせた絢斗は、そのまま璃祢をお風呂場に押しこんだ。絢斗はシャワーだけだったようだが、夕食前に璃祢が浴槽に湯をためていた。体を洗い終わり、温かなお湯の中につかる。肩まですっぽりと浸かった璃祢はぼんやりと天井を見つめる。
(人参さんは、おいしくなかったです……けど……キスは……気持ちかった……)
お風呂の湿気でなのか、ぷるりと潤った唇を人差し指でなぞる。まだキスの感触は残ったままだ。その感触を思い浮かべるたびに、心臓が跳ねあがる。
「先輩といると……悩んでるのを忘れてしまいます……。悩んでいる暇がないくらい……ドキドキします……」
ドキドキしつつ、よく温まって風呂から上がった璃祢はベッドの上で寝そべっている絢斗を見てふと疑問を抱いた。
「あの……絢斗先輩」
「あ?」
「僕は……どこで寝ればいいでしょうか?」
「どこって、ベッドしかないだろ?」
「でもベッドは絢斗先輩が使います。僕は床でもいいですから」
「ざけんな。風邪ひいたらいろいろうるさいやつらがいんだろ。お前小柄なんだから俺と寝たところでそんな変わりばえねぇから大丈夫だ」
「む……どうせ僕はちびっこいですよ」
「チビとは言ってないだろ……」




