#14 冗談じゃねーよ
翔との会話は、絢斗とは違い止まることなくすらすらと続く。話題が尽きることがないというよりは、長い付き合いのたまものかもしれない。
だが今日はそうではなかった。
翔の家にお見舞いに来た璃祢は、リビングで翔と久々の会話を楽しんでいた。といっても何の変哲もない、普通の会話だ。それでもぽんぽん言葉が出てきて、尽きることのない話題に笑いがこぼれる。
「それで今日は隆平先輩たちとお昼を一緒に食べました」
「お前らほんとに仲良くなったよな」
「はい。その時なんですけど、絢斗先輩の膝の上に座ったんです。座ったっていうよりは、腕を引っ張られて乗っかっちゃったんですけど。重くないですかっていいたらそんなことないって言われて。僕なら絶対潰れちゃってますよ」
「ふーん……」
「絢斗先輩って、僕の肩に顎を乗せてくるんです。いつもそうしてくるんですよ」
「あー、そうだな」
「しかもそのまま卵焼き頂戴って言われて。誰かにあーんしたの翔君以外初めてで、ちょっとドキドキしちゃいました」
【ガンッ!!】
ガラスのコップが、ものすごい勢いでテーブルに置かれた。割れてしまうのではないかと思うほど、その行いにためらいがなかった。いやおそらく加減などする気もなかったのだろう。
「翔……君……?」
先ほどまで楽しい会話が飛び交っていた空間と同じとは思えないほど、静まった室内。コップを乱暴に置いた翔はうつむいていて表情をうかがうことができない。璃祢はたじろぎつつも、翔のほうに視線を向けた。「スッ」と黒髪の合間から覗く翔の瞳が、今までにないほど冷たく、どこか危なげに璃祢を見つめ返した。
「っ……翔君?……あの……どこか具合悪いですか?やっぱりまだ寝てたほうが……」
いつもの様子とは違う彼に、璃祢は思わず恐怖し、知らず知らずのうちに後ずさりしてしまっていた。そんな璃祢を見て舌打ちした翔はそのまま、璃祢の腕をつかみ自分のほうへと引き寄せた。びくんと大きく体が震えた。
翔の腕の中に包まれた璃祢は、彼の予想外の行動に思わず目を見開いた。そして驚いた。なぜなら翔の体が小刻みに震えていたからだった。
「翔君……?」
「なんで……絢斗なんだ……」
「え?」
「さっきから……絢斗、絢斗、絢斗って……冗談じゃねーよ」
「翔君?」
「なんであいつなんだよ……。結局あいつなのかよ……。全部……何でもかんでも手に入れるんだな……」
しっかりと抱きしめられ、翔の顔が見えない璃祢はただただ翔がこぼす言葉を聞くしかできなかった。痛いほど力強く腕の中に閉じ込められているが、抜け出そうともがくことはできなかった。そうしてはいけないと思えたからだ。
「なぁ、璃祢」
「はい?」
「絢斗はただのあこがれてるだけの人だろ?」
「……」
「それ以上にはならないだろ?」
「それはどういう……」
「俺……お前が好きだなんだよ」
「っえ?」
今何を言われたか、璃祢は一度では理解できなかった。聞き返した璃祢にこたえるように、翔はさらに続けた。
「お前がそばにいなきゃ嫌なんだ……。大事なんだよ、失いたくないんだよ……。だから……だから傍にいて……。俺……絢斗にも誰にも……お前を渡したくない」
「翔君?」
そこでようやく腕の力が緩み、璃祢は翔と対面した。先ほどの表情とは打って変わって、ひどくつらそうなその表情が、彼が真剣なのだということを物語っていた。
「ね、璃祢は俺のこと……好き?」
「……」
(好きって……どういう意味ですか?ソーダフロートが好きというのとは違いますか?どうして翔君はこんなにも辛そうなんですか?好きってつらいものですか?でもソーダフロートが好きなのは辛くないですよ。じゃあ、好きって違うんですか?好きってなんですか?……わからないです)
まるでらせんを描くようにループしてしまっている思考により、璃祢は訳が分からなくなっていた。
「ねぇ、璃祢」
「っ……ごめんなさい。僕今日は帰ります」
「璃祢!!」
翔の体を軽く押しのけ、璃祢はカバンをつかむと翔の家をあわてて飛び出した。カバンを胸の前で抱え、一目散に自宅へと帰り自室のベッドにもぐりこんだ。
いまだ璃祢の頭はぐるぐると渦巻いたままだった。




