第七話 地下の死闘
黒蛇会アジトの地下室へ続く通路。
黒蛇会の下っ端たちが、壁にもたれながら暇そうに喋っていた。
「なあ、あの幹部ってさ……」
「おい、やめとけ」
「まだ何も言ってねえだろ」
「その『なあ、あの幹部ってさ』から始まる話、だいたいろくでもねえんだよ」
「いや、ちょっと聞いただけなんだけどよ。あの人、東の国カグラの道場にいたって本当か?」
「……まあ、それは本当らしい」
「しかもただの門下生じゃなくて、かなり腕が立ったとか」
「ああ。師範代にまでなったらしい」
「へえ。じゃあ相当な人格者だったんだな」
「なんでそうなる」
「いや、武道の師範代だろ?」
「お前、武道家をなんだと思ってんだ」
「じゃあ何なんだよ」
「知らん。だが少なくとも、あの人は人格者じゃない」
「で?」
「……道場の人間、全員殺したらしい」
「は?」
「師範も。兄弟子も。門下生も。全員」
「いやいやいや。なんでだよ」
「知らねえよ。揉めたんじゃねえの?」
「それで?」
「その後、カグラのやくざ者をまとめ始めた」
「師範代からやくざの親分って、転職先が極端すぎるだろ」
「俺に言うなよ」
「で、最終的には?」
「カグラから逃げてきた」
「……何やらかしたんだよ」
「カグラ最強の武道家に喧嘩売ったらしい」
「馬鹿じゃねえの?」
「だから逃げてきたんだろ」
「どれくらい強かったんだ、その武道家」
「……聞いた話じゃ、幹部が一方的にボコボコにされたらしい」
「マジかよ」
「ああ。死ぬ寸前までやられて、それでこの国まで逃げてきたって」
「へえ……」
「ちなみにその武道家、今でもカグラにいるらしいぞ」
「……」
「……」
「なあ」
「なんだ?」
「俺ら、今どこにいる?」
「黒蛇会の地下だけど」
「幹部は?」
「……この地下の奥にいる」
「……」
「……」
「この話、やめよう」
「ああ」
「絶対やめよう」
「本人に聞かれたら俺らなんて一瞬で消し炭だ」
その瞬間だった。
――ドォォォンッ!!
地下室全体が激しく揺れた。
「うわぁぁっ!?」
「な、なんだ!?」
「敵襲だぁぁぁっ!」
奥の通路から、血まみれの男が転がり込んできた。
「て、敵襲だ! 奴らが――」
――ドォン!
「ぐあっ!」
男の身体が吹き飛んだ。
煙の向こうから、二つの影が悠然と歩いてくる。
「て、てめぇら、こんな真似してただで済むと――ぐあっ」
下世話な話に興じていた男たちも、ナギの水鉄砲によって瞬く間に沈黙した。
ナギは周囲を見渡す。
「さあて、取り敢えず地下に来たけど……ペンちゃん。この辺に政宗の反応があったんでしょ?」
「ああ。アタイの使い魔の反応は、この辺から感じる」
その時だった。
暗闇の奥から、男の低い声が響いた。
「やれやれ……」
二人が振り返る。
「ここまでされちゃ、高みの見物ってわけにはいかないな」
政宗を攫った幹部――銀城が姿を現した。
その右手には、潰された小さな使い魔が握られている。
銀城はそれを無造作に放り投げた。
ぽすっ。
使い魔が二人の足元に落ちる。
「……!」
ペンちゃんの表情が変わった。
ナギも険しい目で銀城を睨みつける。
ペンちゃんはゆっくりとナギの前に立ち上がった。
「ナギ」
「うん」
「ここはアタイに任せて。上の階を頼んだよ」
「分かった。気をつけてね、ペンちゃん」
ナギは銀城を一瞥すると、迷いなく部屋を出ていった。
重い扉が閉まる。
地下室に残されたのは、ペンちゃんと銀城だけとなった。
「……」
「……」
「良かったのか? あの小娘を一人で行かせて」
「悪党が敵の心配かい? ナギなら問題ないさね。あの子は強い……アタイよりもね」
「ふん、嘘が下手な魔物だな……いや、魔族というべきか。その動きづらそうな姿で俺と闘う気か?」
「何が言いたいのかよくわからないけど、アタイは悪党に心配されるほど落ちぶれちゃいないよ。さっきは油断したけどね。……まさか魔法を使える上に闘気の使い手とはね」
「それが分かったとて何も変わらん」
そう言い放つや否や、銀城は一瞬でペンちゃんとの間合いを詰め、闘気を纏った拳を打ち込んだ。衝撃波となってペンちゃんを破砕する――はずだった。
「ふん!」
ペンちゃんが巨大なフリッパーを一閃させる。逆に銀城の巨体が弾かれ、三、四メートルほど吹き飛んで背後の壁に激突した。
「お返しだよ」
ペンちゃんが静かに呟く。
銀城は前のめりに膝をつき、手を突いて目の前のペンギンを睨みつけた。
「どういうことだ……カグラの者でもない者が闘気を身に着けているとは……信じられん」
「アタイは社交性が高いからね。知り合いも多いのさ。もちろんカグラにもいる。ちょっとコツを教わったのさ」
銀城の額に青筋が浮かぶ。
「ほざけ! 魔族如きに会得できるはずがない!」
銀城の足元で地面が爆ぜた。床の石畳を粉砕するほどの強烈な踏み込み。一瞬で視界を塗りつぶすほどの速度で間合いを詰める。
「ハッ!」
鋭い掛け声とともに繰り出されたのは、カグラの暗殺武術特有の超高速の突き。闘気を極限まで凝縮させた拳は空気を引き裂き、不可視の衝撃波となってペンちゃんの胸元へ殺到する。生身なら骨ごと肉を穿つ死の一撃。
だが、ペンちゃんは眉一つ動かさない。
(――速い。けど、見えないほどじゃないさね)
ペンちゃんはその丸みのある体を滑らかに傾け、紙一重の極限で拳をかわした。
ドガァンッ!
避けた背後の空間が爆破されたかのように吹き飛び、凄まじい風圧がペンちゃんの毛並みを激しく揺らす。
「なに……!?」
かわされたことに驚愕する銀城。その隙をペンちゃんは見逃さない。
「カグラの武芸者だか何だか知らないけどねぇ……」
ペンちゃんは空中でくるりと一回転すると、想像もつかないほどの密度で体内の魔法力と闘気を練り上げた。
「――甘く見てもらっちゃ困るよ!」
短い翼が、澄んだ青白い闘気の刃を纏って閃く。銀城の側頭部へ放たれた、重戦車のごとき強烈な叩きつけ。
「クッ……!?」
銀城は咄嗟に両腕を交差させてガードするが、受け止めた瞬間に骨が軋む悲鳴が上がった。目を見張るほどの質量と破壊力。
「ガハッ……!」
銀城の巨体が斜め後ろへ吹き飛ばされ、地下室の分厚い石壁に激突する。ガラガラと音を立てて崩れ落ちる瓦礫の中、銀城は膝をつき、口元から血を滑らせながら眼前のアニマルを見つめた。
「くそが……ただの魔物ではないと言ったが、まさかここまでとはな……」
銀城の目が鋭く細まり、身に纏う闘気が黒ずんだ禍々しい色へと変貌していく。元道場の師範代にして、カグラの闇を這い回った悪党の本性が剥き出しになる。
「いいだろう……魔族の化け物め。骨まで砕いてやる!」
腰の鞘から引き抜かれたのは、禍々しい紫黒の闘気を纏った一振りのドス。銀城が再び低く身構える。地下室の空気が、肌を刺すような殺気で凍りついた。
だが、対するペンちゃんは余裕の笑みを崩さない。パタパタと翼を払うと、鋭い眼光で敵を見据えた。
「さあて……政宗を傷つけた落とし前、きっちり払ってもらうよ!」




