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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

タクシー運転してたら、殺人鬼が乗ってきた。

作者: 犬山わんこ
掲載日:2026/04/01

 今日も深夜の街を行く。タクシー運転手として働き始めてしばらく経つが、客との会話というのはどうにも難しい。

 会話を求めるかは客による。そしていずれにせよ、自分から話しかけてくることは稀なので、雰囲気を見てこちらから声をかけることが多い。しかしそれを嫌う客もいるのだからめんどくさい。じゃあダンマリ決め込めば良いじゃないかと思うかもしれないが、それはそれで退屈なのである。

客と話していると、結構客の考えとか見てる世界がちょっと伝わったりするんだが、変わり映えのない、それでいて過酷な日々を過ごす俺にとっては、それもまた良いスパイスなのだ。



 また一人客を送り届け、一息つく……まもなく、新たな呼びがかかる。スマホでタクシーを呼べる時代になり、客を捕まえることは楽になったと思う。

 呼び出し場所へ向かう。なんの変哲もないオフィスビルの前だ。こんな時間まで仕事……?だとしたらとんでもないブラック企業だ。

 目的地に着くと、くたびれたサラリーマンのような男が一人待っていた。

 

「お待たせしました。……キタウラ ナオキ様で、よろしかったでしょうか。」


「ええ。ありがとうございます。……あの、私の名前が何か?」


「ああ、いえ。なんでもありません。」


 男が伝えてきた目的地は……おそらく自分の家の前だろう。そんなに遠くもない。


 動き出した車内は沈黙。このなんとなく気まずい空間があまり好きじゃないんだよな……


「いやぁ……今日も仕事が大変でしたよ……。」

 と思っていたら、後部座席に座る男が話しかけてきた。自分から話してくれるタイプか。これは助かる。

「そうだったんですか。本当にお疲れ様です。何のお仕事をされてるんですか?」


「いやぁしがない営業ですけれどもね。運転手さんこそ、こんな深夜までお疲れ様ですよ。」


「はは、ありがとうございます。しかし物価は年々上がってる割に給料は変わりませんし、中々世知辛いですよ。」


「いやぁ、わかりますよぉ。毎日毎日朝から晩まで働いてるというのに、一向に生活は良くなりませんし……経営者はもっと、労働者に利益を分配するべきですよ!」


「ほんとそれですよね。まぁ日々頑張って行くしかないですけどね。」


「いやぁ、運転手さんは真面目そうな方ですね。あなたのような方が報われる世の中になってほしいですよ!」


「はは、いえいえ私もまだまだ……」


「私なんて今日経営陣に腹が立って、殺してしまいましたからね!」





 ん? 何かとんでもなく恐ろしい言葉が聞こえた気がするが、聞き間違いか?聞き間違いだよな?いや、それか何かの比喩か?何かを比喩ってるのか?そういうことか。


「ははは。お客さん、物騒ですねぇ。一体何が起こったって言うんですか。」


「今日会社の重役が私の支店を詰めに来ましてね?その話がもうとんでもなくて!おもわずナイフで滅多刺しにしてしまいました!」




 き、聞き間違いだよな?何かの比喩だよな?だって、そんな話……急に信じられるわけがない。いや、信じたくない。


「そ、そうなんですかぁ……? め、滅多刺しと言いますと……。」


「はは、運転手さん。滅多刺しは滅多刺しですよ! サバイバルナイフで、何度も何度も刺しました! 肉を割く感触はいやはやなんとも言えない感じで……それとあの悲鳴は、今でも脳裏に焼きついていますよ!」






 俺は今、人生で一番の危機を迎えている。受験で失敗した時、就職に失敗した時、そんなのとは比べ物にならないくらいの危機。心臓が、早鐘を打つ。

 俺は……俺はこいつに、なんと返せばいい? 下手に刺激してはいけない。きっとこいつは今、無敵の人というやつだ。既に一人殺しているのなら、俺に手を下すことに躊躇いはないだろう。それに、こんなことを嬉々として語っているあたり、とんでもないサイコパスか、錯乱状態に陥っているのは間違いない。どうする。どうすればいい?そ、そうだ、とりあえずここは……。


「い、いやぁ、そうだったんですか。それはそれは……なんといいますか、大胆ですね……?」


「ははは、もう我慢できなくなってしまいましてね? もうとにかく無我夢中って感じでしたよ。」


「なるほどぉ……それは……大変でしたね……?」


 とにかく、一定の理解は示さなければ。そして彼を目的地に送り届けよう。下手に助けを呼ぼうとすればどうなるかわからない。穏便に、穏便に……。


「もうほんとに!一回やってしまえば振り切れるというか、今なら何でもできそうな気分ですよ!」




「は、はは……そうですか……。」


 恐る恐るバックミラーを見る。鏡越しに見える彼の目が、彼の言葉の信憑性を高める。

死ぬ。一歩間違えれば、俺が死ぬ。ここで死ぬ。殺される。こいつに。


「まぁ、あんまり誰にも彼にも勧められる方法じゃないですけどね、どうしようもなくなったら意外とアリだと私は思いますよ。」


「う、うーん。」


 いやナシだろ!?大ナシだろ!!やっぱり錯乱してるんだ。善悪の判断がついていないのか。人殺しを、こんなにも朗々と……。まだそういう報道は見ていないから、バレてないのか?周りに人はいなかったのか?それとも今さっきやったばかりなのか。


「あ、あの、お客さん。それバレたら逮捕されたりするじゃないですか。それは……どうするんですか……?」


「……。」


 え、急に黙るやん。怖い……やらかしたか……?これ聞くのは不味かったか……? 冷静に考えてこういう異常者を追い詰めたらどんな目に遭うかわからない……。やばい?俺もしかしてやばい?


「まぁそれは、しょうがないですよね。そりゃできれば捕まりたくはないですけど。」


「え……。あぁ、そうですか……?そういう感じなんですね……?」


「そうですね。それが社会のルールですから。」


「…………ええ?」


「ん?どうされました?」


「あ、いえ。なんでも……。」


 ルール……?人殺しといてルール?何だこいつ……やばいやつな割にそこは従順なのか。びっくりしておもわず口に出ちゃったよ。


「ある意味今までの生活とはサラバですねえ。永らく同じようにしんどい日々を過ごして……学生時代が懐かしいですよ。本当に。」


「学生時代、ですか。」


「ええ。まぁあまりいい思い出はありませんが、しかし私は歴史の授業が好きだったんですよ。その時間はちょっと楽しかったなぁ。やっぱロマンあるじゃないですか。」


「な、なるほど。歴史の科目がお好き、と。どの時代が好きとかあるんですか?」


 よしよし。とりあえず殺人とは関係ない話題で時間を稼ごう。学生時代の話題はあまり得意ではないが……そうも言ってられる状況ではない。目的地についてさえしまえばとにかくこの場面を切り抜けられる。


「好きな時代ですか?うーん、まぁやっぱり安土桃山時代……いわゆる戦国時代ですかね!」


「へ、へぇ。それはどうして?」


「今日みたいなことやっても法に裁かれたりしませんからね!」


「…………。」


 冷や汗がツーッと肌を伝う。ハンドルの革が、湿って……まるで蛇を撫でているようだ。


「面白いですよね。私はきっとこれから犯罪者として裁かれるでしょうけど、あの時代なら大量殺人犯が英雄になるわけですから!」


「はは……面白い……ですかねぇ?」


「しかし……考えてみればやはりそれ以外、学生時代に良い思い出はありませんでしたねぇ。」

 

「わ、私も……学生時代はあまり思い出したくないですね……。」


「あれ、運転手さんもそうなんですか!気が合うなぁ。」


 お前と気が合ってたまるか。という言葉を飲み込む。


「いやぁ、あの頃は嫌なことも色々我慢できてましたけどねぇ。もうついに爆発しちゃって!今日は殺しちゃいましたよハハハ!」


「ははは……。」


 信号に引っかかる。くそ、こんな時に限って……。胃の底が、冷たく重い鉛に変わる。はやく、はやく目的地に……!



「しかし運転手さんとはやっぱり気が合いそうですねぇ。私のこと糾弾したりしませんから。他の人なら結構、人を殺したことに対してやいやい言われたりしそうなもんですけどもね!運転手さんは結構肯定的な感じですかね!」


「い、いやぁ。まぁ、肯定的……といいますか、うーん、そう……ですかねぇ。」


「まぁ今の世の中、殺人は絶対悪みたいな感じですからね!」


「そ、そりゃあそうですよ。」


 そう言って、自分の言葉を少し後悔した直後、耳元に低い声が響く。


「ん?何か言いました?もしかして、やはり私の考えとは相容れないでしょうか?」


 心臓が跳ねる。直感が訴える。やばい、と。


「あ、いえ!!別にその、あなたを否定しているとかではなく!!」


 静寂。心臓の音が、相手にも聞こえそうだ。


「そうですか。それならよかった。また手を汚すことはしたくない。」


「と、当然です……。」


「そもそも私は、殺人そのものが悪かどうかについては懐疑的ですからね。」


「え、ええ…?」


「……やっぱりあなたも共感されませんか……ねぇ?」


 背筋が冷える声。ハンドルを握る手が、思わず力み、汗ばむ。


「い、いえ!!その、そういうわけじゃなくて、あのすみませんほんと!!」


 まだ、まだ着かないか……!?目的地には。もう心臓が、口から飛び出しそうだ。


「はは、まぁ別にどっちでも良いんですけどね。でも、実際のとこなんで人殺しは悪なんでしょうか?」


「う、うーん?」


 何を言ってるんだこいつは。と、言ってはいけない。言ってはいけないぞ…………。


「そ、それはやはり、他人を害しているからではないでしょうかぁ……。」


「なるほど、しかしですねぇ、他人に悪いことをしていても、何も裁きを受けてない人なんてたくさんいるじゃないですか。結局法律ですよね。法律に書かれてるか否か、そこの違いですよね?」


「そ、そうとも言えます……かね?」


「自分の利益のために人から奪っている人はたくさんいるじゃあないですか。私の職場にもいたし、世の中見渡せば、搾取やいじめなんてどこでも横行してます。そんな大層なことじゃなくても、人に意地悪してる人なんていっぱいいますよ。それで自殺してる人だっているかもね。でも、みんな普通に生きてます。そこの善悪に線を引いてるのは、法律ですよねぇ。やっぱり。」


「そ、そうです……ね?」


「じゃあ、罰を受けるかどうかの違いくらいですよ。何が悪いか、何が悪くないか、それを決めてるのは道徳じゃなくて制度ですよ。生きてる限りみーーんな誰かの悪者だったりしますからね!世間は私のこと殺人鬼だ悪人だって言うかもしれませんけどね?でも意外と誰の近くにも潜んでると思いますよ。悪いやつはね。」


「…………。」


「でも、あなたは私のことを悪く言わない人でよかった!もしボロクソに言われて私の心が傷付いたら、代わりにあなたの体を傷つけようかな?なんて思ってましたからねー!」


「は、ははは。それは……よかったです……。」


 目的地が、近づく。もう少しで、このイカれた殺人鬼ともおさらばだ。俺は、助かる……。


「もう少しで、目的地です。」


「ああ、ありがとうございます。そういえばなんですけど、運転手さんさっき、学生時代のことは思い出したくないって言ってましたよね。なんでですか?」


 それは。それ……は……。


 


「思い出したくないって言ってるのに……結構遠慮なく聞いてくるんですね……?」


「まぁ人殺してますからね!今更誰かに遠慮してもしょうがないですから!」


 そう言って笑う殺人鬼が映るミラーから、思わず目を背ける。


「そ、それもそうですね。まぁ、大したことないですよ。ほんとに。別に今は……どうとでも思ってませんから。」


「そうですかぁ?変な配慮なんてしなくていいんですよ?何せ私は殺人犯で、今あなたにそのことを暴露してるくらいですからね!」


 しばしの沈黙。そして俺は、口を開く。


「……そうですね。まぁ、いわゆるいじめってやつです。不登校になって、それから俺の人生は……めちゃくちゃです。」

 

「なるほどぉ。それはひどい。」


「でも昔の話です。」


「割り切っていらっしゃるなら何より。衝動的に殺しちゃった私とは違いますね!」


「はは……そうですね。」


「しかし本当に、道徳心というのは……焼いても食えませんね。あなたは酷い目にあったのに、きっと彼らには何もなかったでしょうから。」


「ええ。きっと。私のことも忘れてると思います。」


 バックミラーを見る。奴は、笑っていた。


「そういうもんですよ。法に触れない限り、やったもん勝ちの世の中です。」


「…………。」


「私ならね、そんな相手なんて今からでも襲いに行くと思います。法が彼を裁かないなら、自分でやるしかないですから。ただの憂さ晴らしですけどね。罰も受けることになりますし。でも別にいいじゃないですか。罰は受ければいいんです。逆に言えば、それ以外のことは気にしなくて良い。罰を受ける覚悟さえ固まれば、自分の行為が悪だのなんだの、そんなことを考える良心なんて、捨てればいい。どうせ道徳心の形なんて、時代と法で変わりますから。絶対悪なんてありませんよ。ですから、そんなこと気にしなくて良い。」


「そう…………でしょうかね。」


「そうですよ。暴力の価値を、信じてください。暴力は決して善ではありませんが、悪でもありませんよ。」


 ……


 …………


 ………………




 家の前に、車を止める。そして振り向き、奴の顔を見据える。


「……ありがとうございます。……覚悟が、できたかもしれません。借りを、返さないと。」


「人殺しでも役に立てるとは!よかったです。…………ああ、ようやくつきましたね。お代は置いておきます。では、次会う時は刑務所かもしれませんね。お互い囚人服を着て。」


「いえ、次会う場所は、地獄だと思います。あなたを家に返すことはできなくなってしまった。」


「通報でもするつもりですか?」


「いいえ。キタウラ ナオキ。あなたは本当に、忘れてしまったんですね。でも関係ありません。借りは返さないと。あぁ、今が戦国時代ならよかったのに。それなら私もきっと、『悪人』にならずに済んだ。」


 停止したタクシーのドアは開かれることなく、しばらくして、また出発した。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

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ぜひ次の作品も、よろしくお願いします。

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