飛騨 |戸隠《とがくし》 雪巖党
戸隠の峰の頂が降り積もったばかりの新雪を紅に染めて、輝いていた。峰の上には明星が一際輝いて見えた。一刻、動くことのなかった影が、同時に走りよった。
「はあーーー」
それは、喉を押し殺した気笛であった。長身の男は錫杖を手にしていた。それをまっこうから叩き降ろした。受け止めることを許さぬ必殺の一撃であった。 一方の少年は声一つ立てずに、その構えた木剣を垂直に立てた。
錫杖が木剣を弾き飛ばし、少年の頭蓋を砕いた。だれしもにそう見えた。いや、事実は違っていた。錫杖は木剣に止められていた。長身の男は、錫杖の反動を受けて吹き飛んでいた。
「鞍馬流の極意とは、これか」
戸隠の雪巖党を束ねる長、戸隠然斎はうなった。この様な少年に、戸隠の屈指の使い手、鬼王丸が倒されるとは。
「約束です。長どの。」
息一つ乱してこそはいなかったが、少年の額から汗がにじんで落ちた。額には輝きを放つ白子があった。
「十字槍術を伝授いただきたい。」
然斎はうなずいた。この戸隠の山中ですら、やがて押し寄せるだろう、大智の魔手を逃れるすべはなかった。いま倒された鬼鬼王丸は熊野から、戸隠を訪れた者であったし、そうした、葉影者達の意志はすでに先の会合で決まっていた。
「善かろう、十字槍、とくと見るがよい。しかし、場所は、そう、。今、合戦の行われておる尾張の墨俣でだ。」
戸隠雪巖党は、三日の後、墨俣の、源家範の加勢に旅立とうとしていたのだった。




