光の回廊と全反射の導波路
ノヴァの案内で、エリアンたちは都市の地下深部、第 7 エネルギープラントの搬入口に辿り着いた。そこは、都市の華やかさとは無縁の、冷たい金属の壁に囲まれた場所だった。
「ここよ。この重い扉の向こうが、深層区画 (Shinsō Kukaku) へのエレベーターだわ」
ノヴァが首の接続端子からケーブルを伸ばし、ドアのセキュリティパネルに直結させた。彼女の義眼が高速で明滅する。
『アクセス承認。セキュリティ・レベル5、解除。』
重厚な金属扉が、油圧音と共にゆっくりと開いた。しかし、その先には真っ暗な廊下が続いているだけだった。
アキラが足を踏み入れようとした瞬間、エリアンが鋭く制止した。
「止まれ。死ぬぞ。」
エリアンは、ポケットから小さな金属片を取り出し、廊下に向かって軽く放り投げた。金属片が空中に弧を描いた瞬間――
ジュッ!
音もなく、金属片は空中で真っ二つに切断され、赤熱して床に落ちた。
「なっ…!?」アキラが青ざめて後ずさる。
「高密度光子レーザー網 (Kōmitsudo Kōshi Rēzā-mō) だ」エリアンは、構造鑑定 (Kōzō Kantei) の視界で廊下を見た。そこには、肉眼では見えない数百本のレーザーが、蜘蛛の巣のように張り巡らされていた。「しかも、これは独立回路だ。ノヴァのハッキングでも外部からは停止できない。」
ノヴァが舌打ちした。「物理的な遮断スイッチは廊下の向こう側ね。どうするの? 煙幕でも焚く?」
「煙幕を使えば、レーザーが散乱してセンサーが反応し、警報が鳴る」エリアンは首を振った。「『全反射の原理 (Zenhansha no Genri)』を使う。光を遮るのではなく、導く (Michibiku) んだ。」
エリアンは全員に集まるように指示した。彼は両手を広げ、極めて薄く、透明度の高いエーテル膜 (Ēteru Maku) を三人の周囲に展開した。
「これはただのバリアじゃない。周囲の空気とは異なる屈折率 (Kussetsu-ritsu) を持たせた導波路 (Dōharo) だ。光ファイバーと同じ原理だ。」
エリアンは説明を続けた。「レーザーがこの膜に触れると、膜の内部で全反射を繰り返し、俺たちの体を迂回して、反対側へと抜けていく。センサーは、光が遮断されたことにも、曲げられたことにも気づかない。」
「つまり… 俺たちが透明人間になるってことか?」アキラが尋ねた。
「レーザーにとってだけはな。行くぞ。陣形を崩すな。膜から指一本でも出せば、切断されるぞ。」
三人は、死の光が充満する廊下へと足を踏み入れた。肉眼では何も見えないが、肌がチリチリするような熱気を感じる。エリアンは冷や汗を流しながら、エーテル膜の屈折率をマイクロ秒単位で調整し続けた。一歩進むごとに、死神の鎌が首元を撫でていくような緊張感が襲う。
長い 50 メートルの行軍の末、彼らは廊下の向こう側に辿り着いた。エリアンが膜を解除すると同時に、全員がその場に崩れ落ちそうになった。
「心臓に悪いわよ、その技術…」ノヴァが震える手で、壁にある物理スイッチを押し、レーザー網を停止させた。
目の前には、巨大な貨物用エレベーターがあった。
「さあ、地獄への直行便よ」ノヴァが操作盤を叩く。
エレベーターがガクンと揺れ、猛烈な速度で降下を始めた。気圧の変化で耳が詰まる。深度計の数字が異常な速さで増えていく。
数分後、エレベーターが停止し、扉が開いた。
そこには、エリアンの想像を超える光景が広がっていた。
「神の廃棄場 (Kami no Haikijō)」。
それは、廃棄場などではなかった。地下空洞全体が、脈動する巨大な生体機械 (Seitai Kikai) の内臓のようになっており、無数のチューブが中央の赤く輝く心臓部へと繋がっていた。そして、その周囲には、失敗作として廃棄されたと思われる、異形の実験体たちが蠢いていた。
「ここが… 世界の歪みの源…」エリアンは、中央の心臓を見つめた。彼のタトゥーが、かつてないほど激しく熱を発し、警告を発していた。
『警告:高次元干渉を確認。論理エラー発生。』
戦いは、新たな局面へと突入しようとしていた。




