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第2話 引きこもり二人の会議

「さて、それではさっそくだが『庶民』の生活を始めよう。だが、その前に―」


 『庶民』の生活を目指そうにも計画が必要だろう。そう考えた俺は小屋の中にある机の上に両肘を付きながらそう口にし、話を始めようとしたのだが……俺はいつものように隣で立ったまま控えているレフィに疑問の声を投げかけた。


「レフィ、なぜ、お前はそんなところに立っている?」

「……? クラル様のご命令をいつでも受けられるよう待機させて頂いております」

「お前のその生真面目さは賞賛に値する……だが、もはや俺は貴族の時のように命令をする立場ではない。そして、お前も俺からの命令を受ける必要はないのだ。ゆえに、お前もこの部屋の住人である以上、自由に座れば良い」


「いえ、私はクラル様の使用人……主と同じ場所に座ることなど許されません」

「気にするな。今の俺は『庶民』だからな。そして、レフィもお前も同様に『庶民』なのだ。同じ立場の身であるなら席を同じとすることになんの問題がある?」

「しかし……」

「異論は認めん。どうしてもと言うなら、これを命令とする」

「分かりました……では、失礼します」


 そう言って、相変わらず綺麗な仕草で俺の目の前の席へ腰を下ろすレフィに視線を向けた後、いよいよ本題に入る。


「ではまず、今後『庶民』として生活する上で、もっとも大事なことを話し合う必要があるだろう」

「もっとも大事なこと……ですか?」

「ああ……それは、『食料』だ」


「あ……言われてみれば……」

「『食料』……それは、『貴族』や『庶民』に関係なく生きるために必要なものだ。これまでは両親や他の使用人が用意してくれていたが、今後はそうはいかん。食料の蓄えもそろそろ厳しくなってきた頃だろう?」

「はい。もってあと一週間ほど……いえ、私の分の食料をクラル様の分にすれば―」


「馬鹿者。そんな状況で食う飯など不味くてかなわん。俺とお前、二人分の食事で一週間と言っていたな? それを前提として考えればいい。それに、そんな愚かな手段を取ったところで根本的な解決には至っていなければ、いずれ飢え死にするだけだ。それが分かったら、次からそのようなことは口にするな」


「クラル様……申し訳ありません。差し出がましいことを言ってしまって……」

「ふん、分かれば良い。とにかく、今後の食料をどう手に入れるかだが……レフィ、食料とはどのように手に入れるものなのだ?」

「えっと……どうすれば良いのでしょう?」

「いや、俺にもさっぱり分からん。何せ、全ての食料や物を用意してくれたのは父上や母上、それに使用人達だったからな」


 俺とレフィには決定的な問題があった。

 そう、俺達二人は屋敷から出たことがない『引きこもり』であり、外の世界についての知識がゼロだったのだ。





「―ひとまず、情報収集といこうではないか」


 ということで、俺はレフィを連れて小屋を出ると情報収集のために街へと向かうことに決めた。すると、屋敷の敷地内から出たことがなかった俺達は道中で見掛ける全てのものに感嘆の声を上げていた。


「ふむ、これが川というものか……」

「とても綺麗ですね……魚も泳いでいるようです」

「これを獲ることはできないものだろうか……とはいえ、獲る方法も思いつかないが」


「そうですね……私にも思いつきません」

「ん? レフィ、そこにあるのはもしや橋ではないか?」

「あ……そうかもしれません。本で見たものとよく似ていますし……」

「おお! 間違いない、これが噂に聞く橋か! これで川の向こうに行くことができるとは……人というのは面白いことを考えつくものだな」


「はい、本当に驚きです。やはり、この世界にはまだまだ私達の知らないことがたくさんあるんでしょうか……」

「ふむ、俺達の知識は所詮、屋敷にあった本と商売に来ていた商人から聞いた程度のものしかないからな。歩く度に新しい発見があり、これはこれでなかなか楽しいものだな」

「はい、私もそう思います」


 そう言って俺達が橋の方まで歩いてきた時だった。橋の向こうから馬車に乗った女がゆっくりと近付いてくると、俺達を見て声を掛けてきたのだ。


「……ん? あなた達、旅の人?」

「何? 貴様、俺が誰か知らぬのか?」

「え? いや、まあ、知らないけど……」


 ふむ、当然といえば当然か。

 見たところ、この女は商人……いくつもの街を行き来していれば人の顔を覚えていないこともあるだろう。まして、俺はずっと屋敷にこもっていたのだ、この商人限らず、例え街の者達であっても俺やレフィを見て『貴族』だとは思うまい。


 ならば、ここはあえて名乗ってやらねばなるまい……そう、この俺が誰なのかをな!


「聞いて驚くがいい……何を隠そう、俺は『庶民』だ!」

「え……? ま、まあ、そうでしょうね……」


 俺の名乗りに恐れをなしたのか、商人は驚いた様子を見せていた。ふむ、悪くない反応だ。


 それはそうと、商人ならば商品を仕入れているはずだ。食料の手に入れ方を聞き、今後に活かそうではないか。


「貴様に一つ聞いておきたい。肉はどうやって手に入れている?」

「え? に、肉? どうって……そりゃ、山でモンスターを狩って―」

「山でモンスターを狩る……だと!?」


 俺はそれを聞いた途端、雷が体に走ったような気がした。バカな……食事一つ取るのにモンスターを狩らねばならないだと? 『庶民』はそんな過酷な状況で生活していたのか?


「―肉屋に仕入れる冒険者っていう人達が居るんだけど、あたし達みたいなに戦えない人間はその冒険者が肉屋に仕入れたものを買うんだよ」


 あまりのショックにレフィも口を抑えており、俺達は互いに視線を合わせるしかなく、商人が何やら口にしていた言葉が耳に入ってこなかったほどだった。


 そして、ようやく我を取り戻した俺は止まらぬ汗を流しながら商人へと話を続ける。


「……モンスターを狩るのは普通のことなのか?」

「ん? まあ、それが仕事だからね」

「それも仕事、か……確かに、生きるためにはやらなければならないことには違いないからな」

「えっと……冒険者の話よね?」


 ということは、この商人もモンスターを狩り、それを食料としているのか……。

 何やらまた話しているが、見たところ、線が細く、とても狩りができるようには見えんが……いや、人は見掛けに寄らぬものと本にも書かれていたな。


 それに、この人間も『庶民』……やはり、我々貴族には分からない『何か』があるのは間違いないだろう。とはいえ、この女も生きるために命のやり取りをしているのだな……。


「……貴様も苦労しているのだな」

「え? まあ……それなりに苦労はするけど、好きでやってることだし、そんなに苦じゃないかなぁ」

「なっ……!? 苦ではない……だと!?」


 ならば、狩りを好きでやっているとでも言うのか!?

 そして、この余裕……やはり、この女は見た目以上にモンスターと渡り合えると考えるべきだということだろう。つまり、『庶民』という存在は女ですらモンスターをお狩ることが当たり前……くっ! なんて恐ろしい存在なんだ、『庶民』というものは!


「……良いことを聞けた、感謝する」

「え? そう? それならよかったけど……」

「もう一つ聞かせてくれ。先ほど、仕事だと言っていたが……お前にとって、それはどの程度のことなのだ?」


「え? 仕事? もう何年も続けてる仕事だからなぁ……もう息するのと同じくらい当たり前にやってるよね」

「ば、バカなっ……!? 息をするのと同じ……だと!?」


 この女は息をするようにモンスターを狩ることができるというのか!?

 だというのに、俺は自らの地位に甘んじてただ提供された食事を食べて生きてきた……これが『庶民』と『貴族』の差だというのか!


「レフィ……」

「はい、クラル様……」


 俺達は視線を向け合い真剣な表情で頷き合うと、商人の女に言葉を返した。


「時間を取らせてすまなかった……では、俺達はここで失礼する。……用事があるのでな」

「あ、そうなんだ? もし、必要なものとかあったら言ってね。見ての通り、あたし商人やってるから色々売るからさ」

「む? そうだな……ここで会ったのも何かの縁だ。俺はクラル、そこに居るのはレフィルトだ」


「あたしはマクレム。今後ともよろしくね。クラル、レフィルト」

「ああ……生きていたら、な」

「へ……?」


 最後に呆気に取られたような声を上げるマクレムに背を向けて俺達はそこを後にする。彼女にとっては『当たり前』でも、俺達が成し遂げられるからは分からない。


 そうして、俺はレフィと共に呆然と帰路へとつくのだった―。

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