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君を殺す薬をもらった。僕を殺す薬を渡した。  作者: 玄武 聡一郎
第一幕:黒の五月。灰色の六月。
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「あんた、考えてる?」


 どこかへ向かう道すがら、案の定主語の足りない質問を古賀さんが投げかける。

 何を、と聞いたら怒られるだろうか。しかしたった七文字の、極めて限られた情報から彼女の意図を類推できるほど、僕は推理力に長けた人間ではない。

 だから観念して、言う。


「何を?」

「死ぬまでにやりたいこと」


 特に怒ることもなく、古閑さんは淡々と答えた。古賀さんの足取りは迷いなく、どこかへ一直線に向かっている。僕はその半歩後ろを黙って追いかける。


「いや、考えたこともなかったけど」

「なんで? 三か月後には、もう私たち死んじゃうのに」


 確かに僕たちに残された時間は少ない。三か月後の誕生日、互いの薬を返し合って、そのまま青い薬を飲み干すだろう。そういう意味では、余命三か月、と言っても差し支えないのかもしれない。だけど、と僕は内心首を傾げる。


「そういうのってさ、死にたくない人が考えるんじゃないの」


 本当は生きていたい、まだやりたいことがたくさんある。けれど病で、あるいは何かのっぴきならない事情で、数か月後に寿命を迎えてしまう。そういう人が残されたわずかの時間に、やりたいこと、やりたかったことを列挙して、順位付けして、歯を食いしばるような思いで考える。「死ぬまでにやりたいこと」というのは、そういうものではないだろうか。

 自らの意志で自死薬を手にすることを選択し、寿命の期限を決めた僕たちが考えることではないようにも思える。

 少なくとも僕にはなにもない。やりたいことも、やってみたいことも。

 だとしたら、古閑さんは――


「古賀さんは、本当は死にたくないの?」


 ぴたり、と。古賀さんの足が止まった。そのまま踵を支点にくるりと回り、僕と向き合う。

 そしてほっそりとした腕が僕の胸倉に伸びて――ひねり上げた。


「そんなわけないでしょ」


 声質はいつもと変わらない。ぶっきらぼうで平坦で、ちょっと不機嫌そうな声。

 だけど掴み上げられ首元に食い込んだ制服が、古閑さんの怒りを表していた。


「ごめん、深入りしすぎた」

「分かんないかもしれないけど、私、結構怒ってる」

「いや、分かる、分かるよ。すごく伝わって来る」

「次、同じこと言ったら」


 からん。

 いつの間に取り出したのだろう。ディープブルーの入ったケースを、僕の目の前で振る。


「この薬を色んな犬のフンの上で転がす。三か月間、毎日」

「やめてくださいお願いします。僕が本当に悪かったです」


 やばいなこの人、どんな頭してるんだ。普通脅し文句っていうのは、もっとこう……八つ裂きにするとか、この薬のことを家族にばらすとか、そういうのじゃないのか。絶妙に嫌で、なおかつ簡単に実行できる脅しを考えるのがうますぎる。


「反省した?」

「反省した。もう二度と言わない」


 ふと、須々木さんに頼めば薬を新しい物にしてもらえるのだろうかと考えて、やめた。犬のフンの上で転がされまくったので……なんて理由、恥ずかしすぎる。

 僕の切実な謝罪に満足したのか、古閑さんは僕の制服から手を離して、「話の続きだけど」と目線をあげた。いつの間にか随分と繁華街の方まで歩いてきたようで、大きなビルが立ち並んでいた。昼間からネオンがうるさい看板や、やたらと広告が張ってあるビルを眺めていると、古閑さんがぐいっと僕の手を引っ張った。


「私はあるんだよ。死ぬまでにやりたいこと」

「そうなんだ」

「だから付き合って」

「……」


 既に絶賛手を引っ張られ、なんだか良く分からないビルの中に連れていかれている状態で、僕に選択権はあるのだろうか。少なくとも僕の目には「はい」と「YES」しか選択肢が見えないのだけれど。


「返事は」

「はい」


 逆らうのも面倒くさいので、僕は首を縦に振ることにした。本当に強引な人だ。



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