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暴食と悪夢のダメ出し

隔てられた二人が、きちんと出会うお話

 途切れた世界が色付こうとした、瞬間。


「ちょっと、待って! 待ってぇぇ!」


 幼い子供の声がして、身体が何処かへと引っ張られた。


 急速に世界に光が灯って、世界へと降り立つ。


 ハッキリとした視界と意識に、私は戸惑う。


 何だか……夢から覚めたみたいな感覚がするけど……


 キョロキョロと辺りを見回すと、其処は不思議な空間だった。


 見た事の無い書が納められた棚や、雲の様な物が置かれた床や、星空の様な天井が広がる……部屋?


 此処は私が生まれた世界とは根本的に違う。


 本能がそれを訴え、私は警戒するが……


「間に合ったー!」


 足元で聞こえた声に、思わず後退さった。


 離れて気が付いた、私のすぐ傍で、一人の子供がへたり込んでいた。


 金にしては、白っぽい髪は、毛先に行くにつれて桃色に染まり、林檎を模した髪飾りをつけている。


 外套の様な物と貫頭衣の様な? 服を纏った……女の子だ。


 あれ? でも、この子の顔……


「はふぅ……つーかーれーたー!」


「お疲れ様。ありがと、メア」


「っ!?」


 もう一人居た!?


 こっちの子は、少女と言える年頃で、緑の……毛先に行くにつれて紫に変わる髪を一つに纏め、見た事の無い衣装を纏っている。


 そして、やっぱり彼女の顔も見覚えがある。そう、二人とも……


「もーやらないからね! グーお姉ちゃん!」


「はいはい、また今度も頼むわね」


「もー!」


 顔つきも表情も……送り出したあの、紅い青年にそっくりなんだ。


 深緑の瞳が同じなのも、それに拍車をかけている。


 と、言う事はこの二人も私よりも、高位の次元の存在なんだろうな。


 そんな存在が二度も現れるなんて……いったい、どうなっているのだろう。


 意図が読めなくて、二人を警戒していると、緑の少女が此方を見た。


「初めまして、ボクはグラトニー。世界を管理してる、管理人……又は管理者の一人です」


「同じく管理人のナイトメアだよー! メアって呼んでね!」


 礼儀正しい緑の少女・ぐらとにぃ? と、天真爛漫な女の子・ないとーめあ? の二人はそう自己紹介をするのだけど……


 管理人? 管理者? 世界の?


 此処に来て一気に解らない事が増えすぎて、困惑してしまう。


 そんな私に気が付いたのか、ないとーめあが近づいてきて、私の手を掴んで、労わる様に撫でた。


「あのね、ビックリさせちゃって、ごめんなさい」


「……え、と」


「取り敢えず、私の事はメアって呼んでね! あっちはグーお姉ちゃんって呼んで良いからね!」


「オイ」


 ないとーめあ……メアの頭をぐらとにぃがペンッと叩いた。


 そして、私を見ると溜息を一つ。


「グラって呼んで、あなたもその方が呼び易いでしょう?」


「え、あぁ……うん」


 頷くとぐらとにぃ……グラは居住まいを正した。


「あのアホ兄と幼馴染のサポート不足を補うのと、謝罪する為に、途中だけど此処に呼ばせてもらったわ」


「さぽぉと?」


「手助けとか支援だよ! 手助け不足!」


 グラの使う解らない単語を、メアが解り易く言い直してくれるのは有り難い。


 そして、気になったのは。


「……兄?」


「そーだよ! ライお兄ちゃん! 二人いるお兄ちゃんの内の一人!」


 ニコニコと嬉しそうに答えるメア。


 成程、あの青年の妹なら、顔が同じなのも納得がいく。まぁ……判子を押したみたいにそっくりなのは、少し気になるけれど、たぶん今は関係無い事だ。


「そっか、あの人……ライって名前なんだ」


「お兄ちゃん、名前言って無かった?」


「うん。今、初めて知った」


 私に尋ねる余裕が無かったのもあるけど、あの青年も名乗ろうとはしていなかった。


 行きずりのままで良いと思っていたのかもしれない。


「むぅ……ライお兄ちゃん、ダメダメなの!」


 プクッと頬を膨らませたメアは「後でお仕置きー」と、腕組をしている。


「あのアホ兄が駄目なのは、いつもの事でしょう。本題に入らせて貰うけど……あなた達には幾つかの制限が掛けられているの」


「制限?」


「そこまで多くないけど、旅を円滑に進めるためのものが、ね。でも、その制限についてボク達二人は疑問と不満があるわけ」


 グラは再び溜息を吐く。


「普段なら、こんな干渉しないけど……あの年長者二人は、一部の感情に対しての察しが悪い。そんな二人が掛けた制限では、このまま進めても、あなたの答えは碌な物にはならない……そう、ボク達は判断したの。その答えではどっちにしろ、世界は崩壊するってね」


「そんな……」


「ボク達としても、世界の崩壊は見過ごせない。だからこそ、あなたに問うわ」


 グラは感情の読めない目で、私に問いかける。


「沢山の人の選択肢、決断、心を知ったとして……あなた一人で答えを出せる?」


「……どう言う事?」


「本当に、迷い無く答えを出せる? その重圧に潰されたりしない?」


「それは……」


 出来るとは、無いとは言えない。


 そもそも、答えが出るとも限らないのだ。


 だって、この旅を通して私の迷いは形を変え、増えているのだから。


 本当に答えが出せるのか、不安しかない。


「でも、私の問題なんだし……私しか、旅していないし……」


 だから、一人で頑張らないと。


 呟く私に、グラは苛立ちを隠さずに鼻を鳴らした。


「あーもうっ! この人の真面目度合を見誤り過ぎてんのよ、アホ兄は! 何で、助けてって、力を貸してって言えないかなぁっ!」


「だって……」


 誰も、本当の意味で助けてはくれなかった。


 伸ばした手を払われた事の方が多かったし……


「どんな環境に置かれたら、こんな人格になるのよ、もうっ!」


「どんなと言われても……」


 両親に疎まれて、幼い頃に辺境へ追放されたり、反乱の旗頭になったり色々と。


 頭を抱えているグラを、困惑して見詰めていると、メアがチョンチョンと私の手を引いた。


「ねぇねぇ、もしも一緒に旅して来た誰かが居るよって、言ったら信じる?」


「え?」


「旅の始まりから、あなたと一緒に居た。今も此処に居るよって、言ったら……信じる?」


 メアの深緑の瞳が真っ直ぐに、私を見詰めた。


 見詰められて、私は考え込む。


 信じるか、信じないかと言われたら……私は。


「信じたい」


 こんな私と旅してくれる誰かが、居るとは思えないけど……もし、此処に居るのならば、それを信じたいと思う。


 でも、信じきれなくて、弱々しい声になってしまった。


 メアの様子を窺うと、彼女は大人びた優しい笑みを浮かべていた。


「会ってみたい?」


「……本当に、居るのなら」


「じゃあ、会わせてあげる!」


 無邪気な笑顔でメアがパンッと、手を鳴らす。


 その瞬間、私の真後ろから視線を感じて、振り返った。


 何も居ない……と、思ったのだけど。


「……兎?」


 下へと視線を向けると、其処に居たのは一羽の白兎だった。


 真っ白な雪みたいな身体に、宝石の様な紅い瞳。


 何故か首の所に花をつけた茨と、花の辺りから紐飾りが垂れる首輪の様な物をしている。


 そして、左耳には六の花の耳飾り、とても不思議な雰囲気の兎だ。


 私を目が合った兎は、その瞳をまん丸にして私を凝視していた。


 でも、そんな姿が……


「可愛い」


 兎を抱き上げて、その背中を撫でるとフワフワで温かい、こんな風に生き物に触れたのは何時ぶりだろう。


 何だか楽しくて、湧き上がる悪戯心のまま、兎の耳へと唇を寄せて、そのまま。


 カプリ、と、兎の右耳を甘噛みした。


「プッ!?」


 兎から鳴き声の様な物が聞こえて、耳を離すと、兎は毛を逆立てて硬直していた。


 ポワポワになった毛の間や、耳の内側が赤く見える。


 私を見詰める瞳は、限界まで見開かれて、更にまん丸だ。


 瞳に渦巻くのは、様々な感情が混ざりあった……混乱。かなり驚かせてしまったらしい。


 悪いなとは思うものの、可愛いとしか思えなくて、ますます頬が緩む。


「おー大胆だぁ」


「いや、解って無いんじゃないか? 余程、強い感情じゃない限り、本人に自覚がでないんだと思う」


 困った事、と、聞こえて来たグラの声にハッとした。


 この場には二人も居たんだった!


 二人へと向き直ると、呆れた様なグラと目を丸くした……何となく、目が輝いて居る様なメアが此方を見ていた。


 そんな事は無いと思うのに、とてつもなく恥ずかしい事をした様に思えて、火が付いた様に頬が熱くなる。


「え、あ……そのっ」


「何も言わなくて良いよ」


「うんっ、良いもの見れたしー」


 い、居たたまれない……


 どんどん熱量を上げていく頬を隠す為、俯き気味に違う方へと顔を向けた。


「その子がね、あなたと一緒に旅して来た子だよ」


「……え?」


 メアへと向き直ると、彼女は優しい笑みで私達を見ている。


「ライお兄ちゃんが、あなたの後に送り出した裁定者であり、観測者で味方。だから、この子はあなたの旅をずっと見ていたの。あなたには見えないし、認識も出来ないその枷を着けられていたけど、最初から」


「最初から……」


 兎を見ると、兎はコクンと頷いた。


 人の言葉が解っているかの様な反応に、驚いてしまう。


「兎の姿をしているけど、本来の姿は別よ。言葉が解るのは、本当は兎じゃないから」


「ついでに言うと本体でも無いからだねー、ひん死の状態で居るから実体化が難しくて、分身で何とかしている状態だよー」


「ひん死!?」


 思わぬ単語に兎の身体を調べる。


 背中やお腹と言った全身をくまなく。


 ひん死の状態で夢とは言え、旅してるなんて……!


 術とかそう言った物に詳しくない、私でも解る、危険行為だと。


 そんな命の危険がある状態で旅に出されたのは……私のせいだ。


 ヒヤリとしたものを感じながら、兎の身体を探っていると白い手が私の口元に触れた。


 手を止めると、兎が再び毛を逆立てて、少し息荒く私を睨んでいる。


 紅の瞳に薄っすら涙が浮かんでいるのは……嫌だったからだろうか?


「落ち着け。本体の怪我も枷を外した時に、全て治したから! 生命の危機は脱したわよ」


 だから、やめてあげなさい、と、グラは可哀想な物を見る目で私達を見ている。


「本当に……大丈夫?」


 何処か信じきれなくて、問うと「大丈夫!」と、メアも頷いた。


「良かった……っ」


 兎を少し強く抱きしめる。


 温かい身体にホッと息を吐くと、頬に柔らかな感触がして、耳元に息遣いを感じた。


 兎が私の頬に身体を摺り寄せているのだと、気が付いた時。


 ありがとな。


 知らない声を聞いた気がした。


「え?」


 思わず身体を離した兎を見詰めるけれど、キョトンとした兎が見詰め返すだけで、何も聞こえなかった。


「此処から先はちゃんと、二人で旅をしなさいな」


「そうそう! 一方的にじゃなくて、一緒に!」


 二人は優し気な顔で告げる。


 一緒。


 この子と一緒。


 もう……独りじゃない?


 言葉の意味が浸透して、其処で初めて、心細かった事に気が付いた。


 私は、独りが嫌なのだと。


 でも此処からは、兎が一緒に居てくれる。それだけで、胸の中がゆるゆると温まっていく。


 あぁ、でも。


「貴方は良いの?」


 問いかけると、兎は首を傾げた。


「一緒に旅をして……良いの?」


 兎は私に巻き込まれただけで、其処に本人の意思があったのか、とても怪しい。


 もし、嫌だと言うのなら……手放さないと。


 誰かを巻き込む気なんて……私には無いから。


 私の言葉を聞いた兎は、何故か溜息を吐いてから、前足を私の肩辺りに掛け、身体を伸び上がらせる。


 そして、私の口元に湿った感触がした。でも、それは一瞬の事で、すぐに離れて行った。


 私の視界に映ったのは、得意気な様な、悪戯が成功した子供の様な表情をした兎の姿。


 兎は離さないと言いたげに、私の身体に身を寄せている。


 これは……共に旅してくれるという事だろうか……?


「一緒に旅……してくれるの?」


 震え声で問いかけると、兎は当たり前だと言う様に、頷いた。


「ありがとう」


 嬉しい。


 形となった感情のままに、兎を抱き締めた。


「グーお姉ちゃん、これってもしかする?」


「もしかも、何も……確定でしょうよ」


 二人の声がして、顔を上げると、ニマニマしたメアと、冷たい視線を向けるグラが此方を見ていた。


 また、やっちゃった!?


 いや、でも、何で生ぬるい視線なんですかね!?


 正体不明の羞恥心にアワアワしていると、私の身体が浮き上がった。


「これで、私達の用事はおしまーい!」


「まぁ……うん、大丈夫だと思うけど、仲良くやりな」


 言いつつ何で溜息を吐いているんですかね、グラ。


「仲良くなったら、その子の言葉も解るかもね!」


 いや、解るようにしても良かったのでは?


 そして、何か楽しんでませんか! メア。


「これだけは胸に刻みなさい、あなたには手を差し伸べてくれる味方が、ちゃんと存在していると」


「苦しくなった時は、助けてーって、言って良いんだよ」


「「その雪兎はあなたの味方だから、ちゃんと手を取ってくれるから、怖がらないで求めなさい」」


 声を揃える二人に、私は兎へと視線を向けた。


 兎は任せろと言いたげに、頷いた。


「あ、私達にも助けてって言ってね! 助けに行くから!」


「あのアホ兄が何かしてきたら、言いなさい。シバキ倒しに行くからさ」


 まぁ、今から苦情を入れに行くけど、と、グラは嗤った。


 何時もの様に視界が滲み始め、二人の姿が消えていく。


「「どうか、旅の果てに見るものが、希望でありますように」」


 二人が手を振った時、世界はプツンと途切れたのだった。

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