表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/9

とある間の夢

追いかける兎と、立ち止まっていた間の星の夢

 パチンと広がった世界は霧深い水辺だった。


 思わず声を漏らしそうになる。


 だって此処、あの世とこの世の狭間じゃねぇか! 何でこんな危険な場所に飛ぶんだよ!


 本当にあのこは、毎度、毎度!


 始めっからそうだ!


 魔女裁判で生まれた亡霊の集合体に、二人の蘇妲己! その次は危険極まりない狭間!


 夢の枷が無かったら、引きずり込まれるぞ全く!


 ジロリとした視線をあのこの背中に向けてしまう。


 いきなり叩き起こされ、旅を追いかける事になったあのこ。


 時を巻き戻し続けた、人では無くなった無垢な子。


 初めは何のこっちゃと思った。


 何て無謀で、無駄な事をしているのかと思った。


 でも、放ってはおけない気がした。


 望む未来を諦めない姿勢を馬鹿にする事はできなかった。俺だって、嘗てはそうだったから。


 解り合おうとした人々が居た、果たそうとした事があった、その為に努力はしたんだ。


 でも、俺の努力は無駄で、何もかもを失った。


 味方に後ろから刺されて、踏みにじられて、俺は人である事を手放した。


 その事について、後悔はしていないけど……それも含めて、あのこが心配なんだよ。


 今までの会話であのこの人となりは見えて来た、あの二人が言った様に、真面目で優しくて……臆病で、無垢な心の持ち主だった。


 だからこそ……守らなきゃと、追いかけたんだ。


 今回も中華系の世界らしい。


 あのこと服装が似ているけど、少し違うから解る。


 回答者は……男!?


 え、初めてだ、此処まで女性ばかりだったのに。


 それに、あの男……何処か、あのこに似ている? 外見じゃなくて……あぁ、目が似てるんだ。


 あのこはキラキラとしているけど、この男はボンヤリと光っている、星みたいな瞳。


 でも、同じじゃない。とても世界線が近いんだろう。


 二人を見詰めていると、カサリと背後から音がした。


 後ろを振り返ると、霧の向こうから一人の青年が歩いて来るのが見えた。


 長い亜麻色の髪を緩く三つ編みにした、やたらと美形な青年。


 これまた、中華系の衣装に星みたいな瞳をしている。


 二人と違うのは、瞳の色が青系なのと、光の強さだ。この青年の方が爛々として、星そのものに見えた。


 兎サイズなので、見上げていたら、青年が此方を見た。


 冴え冴えとした視線に、俺は身震いした。


 こいつ、強い。


 蘇妲己よりも強い。


 全盛期の俺なら解らないが、今の俺じゃ瞬殺される。


「……何で、兎の姿をしてんの?」


 え?


「あんた、そんな姿じゃないだろう? 精神の世界で変身しているなんて、そう言う趣味なの?」


 あ、いや……本来の……人型になるのは、今は辛くて……


「ふーん? まぁ、弱っているのは本当みたいだけど」


 青年は馬鹿にした様な笑みを浮かべた。


「趣味じゃ無いかは、解らないな」


 ちげーよ! 俺だって何で兎なのか聞きたいくらいだわ!


 気が付いたら兎だったんだ。


 これ、あの魔女っ娘に言われて初めて気がついたんだぞ!


 ダンダンと足で地面を叩くが、あっという間に青年に抱き上げられる。


 離せよと睨むが「話しずらい」と返されて終わった。


「此処を夢に見るとは思わなかった」


 はぁ?


「死なんて、まだ先だと思っていたからさ。それに……此処は、似ているから」


 何処に?


「……梁山泊」


 あー、今度は水滸伝の世界か。


 これも根源じゃなくて、分岐したパラレルワールドで、異世界バージョンの。


 それなら、あのこが今話しているのは、主人公・宋江なのかもしれない。


 多分、あのこも『主人公』だから。


 そして、この青年はもしかして……


 名前を問うと、青年は鼻を鳴らし、暫くしてから「雲」と答えた。


(ユン)、答えたんだから、あんたも名乗れば? まぁ……この場所で答える馬鹿は居ないと思うけど」


 はは、解ってらっしゃる。


 偽名を名乗って置いて、良く言うよ。


 だからあえて、本名を名乗ってやる。


 其処らの死霊にどうにかされる程、やわじゃないし、それに青年・雲は悪用しないと確信しているからな。


 雲は俺を凝視してから、溜息を吐き。


「馬鹿じゃないの?」


 ちょっと嬉しそうに、苦笑した。


「ねぇ、あんたはさ、どうして此処に来たの?」


 ん? それはな。


 俺は此処に来た理由を話した。


 叩き起こされて、あのこを追いかける事になった事を全て。


「そう」


 雲は無表情になると、水辺の方へ……あのこが居る方へと顔を向けた。


「言われれば見えるね。あんたの言う子が……忌々しいくらい、そっくりな」


 そっくり?


「あいつに……我らが、星主様にね」


 忌々しいと言いつつ雲の表情は、懐かしさと愛しさが混在していて、辛そうに見える。


 あいつだなんて言っても、親愛が見て取れて、大切な相手なのだと伝わって来た。


 それにしても、雲の目から見ても、あのこは似てるんだな。


 もしかしなくても、あのこは主人公……天魁星なんだ。


 あのこの歩む道が困難だらけなのは、そう言う事なんだな。天魁星は魁であるが故に、困難な道を行く事を宿命付けられているから。


 夢から覚める事になった時、あのこは……大丈夫なのか?


 そもそも、何も基準にあのこの答えとするのか、其処も解らないし、期限があるのかも解らない。


 あの二人が何を考えているのか見えてこない以上、警戒はしておいた方が良いかも。


「あのこはあんたにとって、何?」


 考え込んでいた俺に構う事無く、雲は聞いて来る。


 でも、見上げた瞳は真剣そのもので、正直に答えないといけない気がした。


 だから、解らない、と答えた。


「解らない?」


 そう、だって俺からは会話も姿も見えるけど、あのこは俺が見えない。


 声は兎じゃそもそも聞こえないし。


 俺だけが、一方的に見知っているだけ。


 そんな薄っぺらな繋がりで、相手がどんな存在なのかなんて……解らないと答えるしかない。


 答えた俺を雲は呆れた様に見つめた。


「解らないって……あんた、本当に馬鹿だね。夢の旅は五体満足なあのこより、弱っているあんたの方が危険なんだ。それに気が付いているんだろう?」


 う、まぁ……はい。


「それなのに、逃げずについて来てるって……それだけでも、答え出てるよね?」


 深く溜息を吐いた雲は、俺の鼻先を指で弾いた。


 いってぇ……デコピンする事無いだろ!


「デコピン……? あぁ、これ、額に良くするよね? ふぅん、デコピン……」


 え、俺、何か余計な事したかも……


「まぁ、これは置いておくけど」


 置いて置かれた!


「あんたはさ、あのこが笑っていたら……嬉しい?」


 え、うん。嬉しい……かも。


「泣いていたら?」


 泣き止ませたい。


「辛い目に遭っていたら?」


 そんな目に遭わない様、守る。


「死にそうに、なっていたら?」


 絶対に助ける! 死なせるかよ!


「……ほら、そう言う事だよ」


 俺の答えを聞いた雲は、微笑む。


「あんたはあのこが、好きなんだよ。自分の命よりも、守る事を優先している時点でね」


 んなっ!?


 身体が熱い。


 指摘された事も、自覚した事も全部が示している事に。


 俺、あのこの事……好き、大好きだよね!?


 今までこんな、いや……いいなーって思う事はあったけど! あのこみたいに、強い物じゃ無かった。


 あの魔女っ娘がニヤニヤしてたのって、こう言う事か!?


 あー! 恥ずかしっ! だだ漏れって事だよな!?


 だって、最初からだって事じゃん! 一目惚れしてたの俺!?


「自覚して無かったクチだね。ふふ、人のこれは案外、面白いね」


 面白くねーよ!


「良いじゃないか、少しくらい。僕の最愛は、もう居ないんだから」


 寂し気な声に俺は動きを止めた。


 雲の最愛、もう居ないと言うその人は……


 親愛を示した、星主……宋江?


「つまらないグチを零すけど」


 水辺に佇むあのこを見詰めながら、雲は続けた。


「僕はね、あいつが好きなんだ。同性だとか、従うべき星主だとか、関係無くあいつに惹かれた。行動を共にしていた頃も、離れた後も気が付かないままで……でも、傍に居ない事に対して、焦燥感や不安感が常にあった。あいつと居た頃には別の物を感じていたけど、それらを感じ始めたのは、離れてからだった」


 どんどん雲の表情が、目が昏くなっていく。


「それが何なのか解らないまま、考えを巡らせながら時間が経って、僕がそれを理解したのは……あいつが、殺された事を知った時だった。笑っちゃうだろ? 死んだと聞いて初めて、この感情が恋情だと気が付くなんて」


 自嘲した雲は俺を見る。


「後悔と罪悪感で、いっぺんに自分の何かが崩れ落ちた。それに、喪失感が加わって……気が狂いそうなる日々。次第に僕は、何かをしようって気も、生きる気力も薄れて行った。でも、周りが死なせてくれなくて、今の僕は簡単には死なない身体である事もあって、あいつの死から五百年経っていた。それでも……」


 俺の顔に温かい雫が落ちてくる。


「苦しい、あいつがもう居ないって解ってるのに。苦しくて、苦しくて……恋しくて、心がぐちゃぐちゃになるんだ……あいつに届くわけでも無いのに、叫びたくなる、愛してるって、ね。馬鹿みたいだろ?」


 そんな事ねーよ。


 身体を伸ばして雲の頬に擦り寄る。


 一人を深く愛する心も、亡くした事に対しての後悔も、馬鹿にして良いものじゃない。


 雲本人にもだ。


 身体が涙で濡れるが、関係無く雲の涙を拭った。


「……毛が付くんだけど?」


 うっせ。


「……はは」


 小さな笑い声がして、身体を離すと。


 雲は頼りなさげだけど、笑っていた。


「ありがとう」


 どういたしまして!


 兎の顔だけれど、笑って見せる。


 雲の雰囲気が少し柔らくなるが、何故か俺を抱き締める力が強くなった。


「……あいつはさ」


 うん?


「多分……死にたかったんじゃないかな?」


 え……


「はっきりとは言われた事はなかったけど、時間を操る事が出来ないのかって、聞かれた事がある。その時にはもう、無意識にでも死を望んでいたのかもな。でも、僕はその逃げ道を潰した。世界を壊す気かと……逃げるなと」


 でも、それは……宋江に生きていて欲しかったから、だろ?


「そうだよ。逃げるなんて許さない、離れていくなんて許さない……何で、思い詰めるまで言ってくれなかったんだ……? 頼って、欲しかったのに。他の誰でも無く、僕を頼って欲しかったんだ。無意識でも、願っていたのに……結局、僕がしたのは追い込んだ事だけなのかもしれない」


 雲。


「あんな結末になったのは……僕のせいでもある。離れるなとしたくせに、僕の方が離れたから……!」


 雲っ!


「僕が殺したのと同じだ。そんな僕が、あいつを想うなんて……あいつは、許さないだろうな。離れたくせに、見殺しにしたくせに、と、僕を……罵って、恨むだろう」


 再び涙が流れる瞳から、光が消える。


「あいつを愛する資格が……僕には無い」


 違うっ!


 雲の胸へと頭突きして、引き戻す。


 そんな事あって、あってたまるか!


 宋江があの子に似ているなら、その考え方も似ているはずだ。


 あのお人好しが、仲間だった人間を恨むだろうか?


 理由があって、離れた人間を罵るだろうか?


 答えは否だ。


 あるわけが無い。


 それに、頼る事をしなかった人間が、意識して無くても本音に近い事を漏らしたなら、あっちにとっても雲は大切で、特別だったんだと思う。


 まぁ、宋江にその自覚があったのかは、謎だけど。


 宋江はそんな人間じゃないって、お前が一番解ってるだろ!?


「……本当かどうかなんて、もう解らないじゃないか。死んだ人間には、会えないんだから」


 そう吐き捨てる雲に、俺は思い付く。


 雲には此処に居る者の姿が基本、見えない。


 俺が見えるのは、俺が完全に異世界の存在だからだ。


 似た世界線に生まれたあのこの事が、見えなかった事がその証拠。


 でも、俺が居る事を教えたら、あのこの姿が見える様になった。


 なら……宋江は?


 あのこと話しているはずの、彼は今も此処に居る。その事を雲が知る事が出来たら。


 見えるかもしれない、あそこに乱入して問う事も出来るかもしれない。


 そんな思い付きに、俺は掛けた。


 なぁ、雲。あのこと一緒に宋江が居るって言ったら、お前は信じる?


「え」


 あのこの回答者が、宋江で今も話してるって……信じる?


「嘘だ」


 嘘じゃない、見てみろよ。


 雲を促してあのこの方へと向ける。


「あっ……!」


 見開いた目から涙が、開いた口からは擦れた声が零れた。


 でも、喜色に滲んだ表情が凍り付いた。


 何でだ? と、俺も其方を向いて固まる。


 宋江の姿が変わっていた。


 さっきまで、生者と変わらぬ姿だったのに、今は死に際の姿で立っている。


 鮮やかすぎる朱が此処に居ても目立つ、ハッとして雲を見上げれば。


 顔色が真っ青になって、震える雲の表情は後悔と絶望に染まっていた。


 完全に余計な事をした。


 更に追い詰めて……どうすれば……!


 考え込んでいるうちに、大きな水音がした。


 見れば、宋江の姿は無く、あのこだけが立っている。


 まさか、水の中に落ちたのか!? あぁっ、あのこも消えてくし!


 次に行くのか!? このままで!?


「……逝かせない」


 えっ?


 重苦しい声に、雲を見上げると。


 仄暗い笑みを浮かべ、水面を見詰めていた。


 何か。


 何かが……取返しが付かなくなった気がした。


「ねぇ」


 ビクリと震えながら、雲に返事をすると瞳から完全に光を失った雲が見詰め返す。


「あんたはさ、離すなよ。大切な人の手を、何があっても離すな、僕みたいになりたくなければ」


 冷たい警告。


 それは、負の感情からでは無くて、此方を気遣うからこその厳しさだった。


「後悔だけはするな。相手に責められても、後悔する様な選択は選ぶな」


 俺を地面に下した雲は、水辺へと歩みを進める。


 雲、待て! それ以上進んだら……!


 あの水辺こそが、境界線。あそこへと飛び込んだら、死ぬ。


 なのに、雲はどんどん進んでっ!


「止めるな。僕は決めたから……止めないで」


 振り返った雲は光の宿らない瞳で、晴れやかに笑う。


「感謝するよ、此処に来る切っ掛けをくれて。何であれ、あいつの姿を見せてくれて、ありがとう。おかげで決心がついた」


 だからって! 駄目だ、雲!


「これは、あんたのせいじゃない。自惚れるなよ、自分のせいだなんて。遅かれ早かれ、僕はこの選択をしたさ……もう、置いて逝かれたく、無いからね」


 雲の姿にノイズが走って、一瞬、別の姿が見えた。


 青白い髪と蒼の衣装を纏った誰かの姿が。


 共通しているのは、その瞳だけ。


 これは、何なんだ?


 唖然としていると、雲は此方に背中を向けた。


「さよなら。旅の無事を祈ってるよ」


 あ、待て……公孫勝!


 振り返る事無く、雲は、公孫勝は水の中に飛び込んだ。


 水面が静まるのと、同時に俺の視界もプツンと消えた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ