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名も無き魔女の夢

魔女になった者達の夢

 意識が鮮明になる。


 目を開くと、其処に広がっていたものに、息を呑んだ。


「なっ……!」


 目の前にあるのは、墓場だった。


 いや、本来は墓場とは言えないもの……でも、それを言いたくは無い。


 嫌いな光景。


 でも、選択肢によって何度も見た……見るしかなかった光景。


 口元を押さえて、俯いたその時だった。


「あら?」


 誰かの声がした。


「人? かしら? もう使われてない処刑場なのに、生きている人が居るなんて……珍しい」


 顔を上げると、燃えカスの山の中に先程まで居なかったはずの、ヒトが居た。


 緋色の髪に翡翠の瞳をした、何処にでも居る様な少女。


 しかし、近づいてくる少女の足は、膝より下は真っ黒で、色の繋ぎ目は火傷を負って、爛れていた。


 まるで足元を燃やされた後の様な。


「貴女は……?」


「私?」


 キョトンとした少女は、間を置いてから人が悪そうな笑みを浮かべた。


「私はねぇ……魔女なの」


 クスクスと笑う彼女は何だか、無理をしている様に見えた。


 だが、それよりも……


「魔女……?」


 魔女とは何だろう?


 私が居た国では聞かない単語。


 故に、何を指すのか解らない。


 困惑していると少女――魔女は首を傾げた。


「もしかして……魔女を知らない?」


「知らない」


 キッパリと答えると、魔女は「えぇ……本当に?」と呟いた後、大きく息を吐いた。


「魔女はね……魔法が使える女の事を言うの」


「魔法……?」


「え、そこから? ……あー、あなたの世界にはこう……不思議な力は無いの? 何も無い所から何かを出したり、手を使わずに何かをしたりとか」


「……仙術みたいなもの?」


「思い当たるなら似た様なものかも」


 仙術は素質がある者が修練すれば、使えるものだ。


 でも、それで何故、魔と付くのか解らない。


 仙術でも外道に落ちた、邪術の方なのだろうか?


 黙っていると、魔女は自嘲した。


「魔女は、悪魔と契った堕ちた者……穢れた者らしいよ……誰かさんの言い分では」


「穢れている?」


 本当に?


 目の前の魔女に()()()()()()()


 むしろ清らかさを纏っている。


 まさか、彼女は……


 口を噤むと魔女は笑む。


「気が付いた? ……矛盾してるって」


 魔女の目から光が消えた。


「ふふふ……本当はねぇ……もう、魔法なんて存在してないんだよ……とっくの昔に、世界から消えてしまったのに!」


 クスクス、クスクスと静かに、壊れた様に笑う魔女。


「可笑しいよねぇ……もう無いものを、怖がって、遠ざけて、でも……探すなんて」


「……っ」


「そして、作り上げて、壊す」


 冷たい声。


 こちらまで凍り付いてしまいそうな……


 言葉を無くしていると、魔女がハッとした様に笑うのをやめた。


「ごめんなさいね……驚かせちゃったわ」


「いえ……」


 沈黙が一時、漂う。


 しかし、それを魔女が破った。


「ところで、あなたは何で此処に居るの? 色も顔立ちもこの国の人間とは違うし、何より生きているのか死んでるのか……混ざった様な気配がするのだけど……そもそも人間なの?」


「……人間、です。自分ではまだ……人間だと」


 正直、自信が無い。


 度重なる時の繰り返しで、この魂が人間の理から徐々に外れていくのは……感じていたから。


 今の状態が、まだ人間なのか、もう人外なのか……解りたくない。


「ふーん、で? 此処に居る理由は?」


「それは……」


 此処に来た理由を話す。


 夢を通して此処へ来た事も、抱える迷いも全て。


 聞いた魔女は呆けた顔をして、深く溜息を吐いた。


「難しい話ね。規模が大きすぎるもの……私の様な無名の魔女じゃなくて、有名な魔女の方が良いじゃないの? それこそ、国を一つ救ってるくらいの」


「でも、貴女の所に辿り着いたのには、きっと……意味がある……はず」


 言葉は弱々しくなってしまうが、視線は外さない様に、魔女を見詰めた。


 答えてくれる誰かの元に、送り出すとあの紅い青年は言った。


 それに嘘は無かった。


 なら、何かしら得られるはず。


 この問いの答えの一端が。


「そんな事、言われてもなぁ……」


 本格的に困ったと考え出す魔女。


 唸る彼女に、此方から問いを投げてみた。


「あの」


「……何かしら?」


「さっき、魔法はもう無いと言っていたけれど……なら、何故、貴女は魔女なの?」


 魔法を使える女を魔女と言うのならば、魔法の無い世界で魔女が生まれるのは不自然では無いのだろうか?


 なのに、魔女が居るのは、()()()()()()()()()()()からだ。


「どうして、魔女になったの?」


 問いかけると、魔女がその瞳を眇めた。


 纏う空気が再び冷たくなる。


 いや、さっきよりも冷たい。此処だけ極寒の地に変わってしまった様な錯覚をする程に。


 凍てついた視線は、努めて感情を押さえている様に見えた。


 だが、握りしめたその手だけは、雄弁に感情を伝えて来た。


 真っ白になる程、下手をすれば血が滴りそうな程、握りしめられた手。


 途方もない怒りを宿した手だった。


「私が……好き好んで魔女になったと思うの?」


「いいえ」


 首を横に振り、真っ直ぐに彼女を見詰めた。


 殺意を見せる魔女の正体を、見定める様に。


「……あなたに何が解るの?」


「解らない、何も」


 予測はできるけれど、正解も真実も解らない。


「でも、知りたい。貴女の事を知りたいと思った」


 だから。


「教えて欲しい……魔女魔女(あなた)達の事を」


 迷いの答えもそうだが……これは、一時でも人を従える立場になった者が知らないといけない事だ。


 彼女の手を取り、両手で包み込む。


 痛々しい程、握りしめられた手。


 閉ざされた心の様な、それをただ包み、己の額に付けた。


 少しでも癒されれば良いと、願いながら。


「……何で?」


 戸惑う様な声。


「何で? 知ろうとしてくれるの?」


「もしかしたら……魔女を生み出してしまうかもしれないから、かな?」


「……そう」


 魔女はそのまま沈黙する。


 駄目……なのだろうか?


 手を離そうとすると、別の手が私の両手に重ねられた。


「……聞いて」


 震えた声に顔を上げると。


 魔女が泣いていた。


 翡翠の瞳からボタボタと涙を溢れさせ、不安に満ちた表情で此方を見詰めている。


「聞いて、私は……私達は……魔女じゃない」


 クシャリと顔を歪めて、絞り出す様に彼女は言う。


「魔女なんかじゃ……ない、の」


「うん」


「今の私は、色んな人が混ざり合って生まれたもの。生まれも、性別も全てが違うけど……共通しているのは、全員が魔女として死んだ……殺された事」


「うん」


「何処にでも居る、無名の魔女の集まり……本来なら、自我も混ざって安定しないけど……私以外は皆、自我すらも崩れてドロドロに混ざって統率が取れるのが……私だけだったから、自我も姿も私のになった」


「……うん」


「人間はそんな『私』を、化け物、亡霊、悪魔と呼んだ」


 キュッと彼女が手に力を入れた。


「魔女としては無名な私だけれど、廃棄された処刑場に現れる幽霊としては、呼び名があるの『処刑場の茨』それが、私の名前として伝わった。でも……私、私の名前はそんなのじゃなかったの」


 人の名前があったの、と、少女は訴える。


「私はただの人間で、古くから一族で薬師をしていただけ、決して魔法じゃない。でも、町の……教会の人達は信じてくれなかった」


「罪をでっち上げたんだね。何かを押し付ける為に、魔女だなんて架空の存在を作り上げた」


 大前提である『魔法が使える』部分を満たす事が無いのに、魔女が生まれる理由は。


 魔女を、人間が作るから、だ。


 覚えがある、大義名分さえあれば、人間は何処までも残酷になれる事。


 それさえ無いのなら、作ってしまう事を。


 冤罪。


 それが、此処で魔女が生まれた原因なのだ。


「……ごめんなさい」


 それを生み出したのは、権力者。


 人を従える者達だ。


 少女を抱きしめ、ただ、謝罪する。


 繰り返しの中でどうしても、そちら側に付いた。何なら私がその立場になった。


 後半に至っては、確実に。


 今になって気が付いた。


 取って来た選択肢のせいで、魔女の立場になってしまう人が居たかもしれない事を。


 時間を戻せばその事実は無くなるだろう、でも、罪そのものは自分の中に残る。だって、覚えているのだから、起こした事象の事も全て。


 知らなかった、だなんて言えない……言ってはいけないのだ。


 自覚が無くても、罪だ。私が犯した罪。


 償いようの無い罪への贖罪を求める様に、少女を抱きしめるしかなかった。


「私達、魔女じゃないって何度も言ったよ? でも、言うたびに酷いことされて……苦しくて、辛くて……逃れたくて、気が付いたら……頷いてた」


「魔女だって、認めさせられたんだね」


「うん……っ! 助けてくれるって言ったのに……っ! 沢山の人の前で殺された! みんなみんな……私達が悪い、災いが起こるのは私達のせいだって! 責められて……」


 縋りついた少女は、涙と一緒に思いも慟哭する。


「何でぇ? 私達……何にも悪い事してない……普通に暮らしてただけなのに、ねぇ……何でぇっ!?」


「ごめんなさい……ごめんね」


「こんな事になるのなら……!」


 あの時、人間を救わなければ良かった。


 あの時、一緒に死んでしまえば良かった。


 あの時、見捨てていれば良かった。


 そんな沢山の声が、重なって聞こえた。


 どれもが、分岐点への後悔ともしもを訴えている。


 選択が違っていれば、魔女にはならなかった、と嘆いていた。


 痛々しい嘆きに涙が溢れそうになるが、自分に泣く資格は無い。


「本当に……ごめんなさい」


 此処の住人では無いけれど、受け止め、謝罪する。


 完全な自己満足に、吐き気がしたが、やめる事はできなかった。


「信じて……誰か、私達を信じて……信じてよぉ」


 激しさを失っても、少女の嗚咽は止まらない。


 縋る手に更に力が籠り、そして。


「……誰か、助けて」


 消えてしまいそうな声で、少女は呟いた。


 伝わる事の無かった願いに、視界が滲んだ。


「信じるよ」


「……え?」


「貴女達の事……信じるよ」


「っ!」


 ピクリと腕の中の少女が震えた。


 少女を強く抱きしめ、心のままに言葉を紡ぐ。


「魔女じゃなくて、人間だと。魔法なんて使えない、何処にでも居る人なのだと」


 抱きしめながら重なった声達の事を想う。


 重なり過ぎて鮮明には聞き取れない程に、沢山、重なった声。


 どれ程の人間が魔女として殺されたのだろう?


 何故、あんなにも重く悲しい声を、存在を生み出して人間は素通り出来たのだろうか?


 解らない……解りたくも無い。


 自分の罪を棚に上げて、おこがましいけれど、そんなの可笑しいと強く思った。


 魔女を生み出す人間になど、なりたくない。


 でも、それを願ったところで、彼女達は……


「ごめんなさい……何も、してあげられない」


 彼女達はすでに死者。


 しかも、生きる世界が違う、出会えたのは夢を通しているから。


 だからこそ解る。


 今の状態では、巻き戻しの力は使えない。


 あの力は、生身の自分が居る世界にのみ作用するものだ。


 使えたとしても、どれだけの時間と事象を巻き戻す事になるのか、それによって生まれる齟齬が、時代も世界もどれだけ変えてしまうのか……想像ができない。


 リスクがあり過ぎる。


 いくら何でも、他の世界を壊す勇気は持てなかった。


 でも、何かしたいと思うのも本心で……だからこそ、悲しいし悔しい。


 初めて、時を戻した時もそうだった。


 失ってしまう痛みと、無力を嘆く想いから、巻き戻しの力を得たのだ。


 そんな奇跡の力も、使えなくては意味がない。


 選べないと言う事がこんなにも苦しい事なのだと、思わなかった。


「ごめんなさい……ごめんなさいっ」


「……ふふっ」


 小さな笑い声が腕の中から聞こえた。


 少し離れると、少女が笑みを浮かべていた。瞳からはまだ、涙が流れているが、安らいだ微笑みを此方へと向けている。


「優しい人……あなたは底抜けに優しい人なのね」


 少女が私へと手を伸ばし、頬を撫でてくる。


「その目に映した誰かの為に、泣けて、笑顔を守る為に手を伸ばせる……稀有な人。だからこそ、お願い」


 真剣な表情で少女は続けた。


「私達の為に、泣かないで、苦悩しないで」


「……え」


「死者を忘れないのは構わない、でも、囚われては駄目。それでは何時しか、何も見えなくなって、あなたが壊れてしまうわ。そんな結果、私なら嫌よ。大切な人が壊れていくのを黙って見ているのなんて」


 しかも、自分が原因なんて冗談じゃないわ、と、少女は頬を膨らませた。


「どうせなら、大切な人には笑って、幸せに生きていて欲しい。それは、あなたも同じでしょう?」


「うん」


「私も同じ。そして、笑っていて欲しいと願う人の中に、あなたも居るわ」


 なら、解るでしょう?


 悪戯っ子の様な笑みを浮かべて、少女は私の頬を突いてくる。


「でもね、お礼は言わせて。聞いてくれて、信じてくれて……助けたい、と願ってくれて……ありがとう。その想いだけで、私達は充分なの」


 少女の重苦しい気配が薄れていく。


 茨の様な気配が、優しい気配に変わって、周りの……夢の光景が塗り替わっていった。


 地獄の様な処刑場から、美しい花畑へと。


 曇天だった空は、澄み切った晴天へ、暖かなそれは少女によく似ている気がした。


「あのね、私達……後悔ばかりの終わりだったけど……きっと、行動は変わらなかったと思う。何もしなかったら……それも、後悔になって、苦しむだけの人生になってしまうもの」


 だから。


 腕の中から離れた少女は、数歩下がると満面の笑みを浮かべた。


「私達は……私は……自分の生き方を後悔しないわ。たとえ、後悔も未練も沢山残る終わりが待っていても、沢山の人が否定し蔑んでも、この想いも、願いも後悔しないし、諦めないから……それが、私達の選択」


 彼女達の答えを聞いた瞬間。


 世界が白く滲み始めた。


「夢が終わるみたいね、参考になったかしら?」


「……解らない」


 力なく答えた。


 終わりには後悔しても、過程に後悔しない、


 解る様で、解らない。


 結果にも過程でも後悔しない方が、良いはずなのだ。それなのに、片方だけ後悔しないと言うのは……納得ができない、と言うか……望んでいるものとは違う気がする、と言うか……しっくりこないのだ。


「そっか、残念」


 少女は苦笑すると、ピシッと此方にデコピンをする。


「頑固さん、頭はもっと柔らかくね」


「……? うん?」


 首を傾げると、少女は溜息を吐いた。


 その間にも世界は消え始めているのだが、少女の姿はまだ鮮明に見える。


 少女は此方に手を伸ばすと、私の髪に何かを挿した。


「何だか、心配だからそれも連れて行って」


「それ?」


 何かに触れるとしっとりとした感触がする。


 これは……花?


 手にしようとしても、何故か取れない。


 その様子を少女は、面白そうに見つめて、此方に耳打ちした。


「最後に教えてあげる。私の人間としての名前は……ローゼ」


「ろー……ぜ?」


「そう、ローゼ」


 聞きなれない響きだが、少女の様な優しい印象を受ける。


 それが彼女の名前なのなら、温かな彼女に似合っている名前だ。


 ふと、私も言いたくなった……自分の名前を。


「私の名前は――――」


 私の名前を聞いたローゼは、不思議そうな顔をしていたが、私が名前の文字や意味を教えるとキラキラとした表情へと変わった。


「素敵な名前ね。だから、あなたの目は不思議な色をしているけど、綺麗なのね!」


「……綺麗?」


「そうよ? 初めて見るけど、とっても綺麗な色をしてるわ! 解らなかった?」


 解らない。


 だって、私は『醜い』と言われてきた。


 その最たるものが私の瞳。


 魔性の瞳。


 そう言われて、遠ざけられたのに。


 この目が綺麗だなんて……信じられなかった。


 何も言葉にできない私に、ローゼは少し悲しそうな顔した後、私の手を握った。


「もう言う事ができないけど、忘れないでいて、あなたの目を綺麗だと思う人間が居るって事を、鏡を見た時、私があげたそれと一緒に思い出して」


 約束ね? と、微笑むローゼの姿が更に消えていく。


「お別れね」


 私の手を離したローゼは、小さく手を振った。


「おやすみなさい」


 そう言って微笑むローゼの姿が、ブツリと黒の中に消えて行った。

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