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第6話 生チュロス専門店

 −−しばしの沈黙の後、デニタスがこたえる。


『1980年代に京都三条会商店街周辺で営業していたパン屋についてお伝えするデニ。

  東湖堂 

   シンプルな食パンや総菜パンが人気で、地元に根付いたパン屋。

   家庭的な味わいが特徴。現在は閉店しています。

 

  ビューティファイン 

   クリームパンやメロンパンが特に評判。家族連れに親しまれたお店。


 他にも喫茶店などでパンの提供があったようデニ。

 

 さらに詳しい情報が知らたければおしらせくださいデニ』


「へー、ちゃんと答えた。期待できそーじゃーん」


「まあ、そりゃね。そういうふうに組み込んであるからね」


「ビューティファインさんは、今もあるの?」

 (かおる)さんが更に訊ねる。


『はい、ビューティファインは現在も京都三条会商店街で営業しているデニ。


 案内するデニ?』


「……お願いするわ」


『承知しましたデニ。

 

 ビューティファインは徒歩1分のところにあるデニ。 

 

 僕の後について来てくださいデニ』


 視界の上部にナビゲーションモードの表示と共にブルーの矢印が示され、デニタスが矢印に沿って公園の出入口へと進んでいく。


「あ、歩いている人とかには気をつけてね。デニタスは関係なく進んじゃうから」

 僕は注意点を伝える。外部カメラ映像からのフィードバックはこれからの課題だ。


「わかったわ」


「りょー」


 ときおり歩行者にめり込むデニタスとその歩行者を避ける(かおる)さん、きな子の後姿を見ながら、僕はうまくいけばよいのだがと後に続いた。


 ****


『ビューティファインに到着しました。


 ナビゲーションモードを終了します』


「ここ?」


『はい。


 ここがビューティファインデニ』


 デニタスが案内した先には、確か半年ほど前にオープンしたチュロス専門店があった。


 入口に扉はなく、店内奥のカウンター席と店前のテーブル席があるオープンタイプの店舗で、店頭にあるそこそこのオシャレ感と結構派手目な色使いが同居している看板幕には、六角星型チュロスとトッピングのチョコレートソースやフルーツ等の画像と共に、やや小さめのフォントで「チュロス専門店 ビューティファイン」の文字がはためいていた。

 なんというか、よくある少し浮ついた流行りもののお店だな、というのが正直なところだった。


「パン屋、じゃないよねー」

 きな子がつぶやく。


「パン屋さん、じゃありませんね」 

 芳さんがはっきりと口に出す。


「デニタスー。あーしとしてはいー感じなんだけどー、本当にここなの?」


『はい。 

 

 ここがビューティファインデニ』


「そうね。たしかにビューティファインね。そこに書いてあるものね。」


「訊いてみます?」


「……そうね。こうではなかった気はするのだけど、変わったのかもしれないわね。あれから随分経っているものね」


 芳さんを先頭に店内に入ると、大学生くらいでキッチリしていそうなタイプの女性店員が声をかけてきた。


「いらっしゃいませ。店内でのご飲食でしょうか?それともお持ち帰りですか?」


「ごめんなさいね。お忙しいと思うんですけど、少しお訊ねしたい事があるんですけどよろしいかしら?」

 芳さんがバツが悪そうに訊ねる。


「はい?なんでしょう」

 店員さんはやはり生真面目な人らしく、生真面目な笑顔で応える。


「こちらはパン屋さんでしょうか?」

 

「はい?えぇと、当店は生チュロス専門店となっております。小麦粉などを使用した生地をご注文頂いてから揚げてお作りしますので、材料などはパンに近いですが。そうですね、パン、ではないですね。チュロスです」


「そう、ですよね。変なことお聞きしてごめんなさい。もう一つお訊ねしたいんですけど、以前ここでパン屋さんをされてましたか?」


「えぇと。奥に店長がいるんで聞いてきますね。少しお待ち下さい」


 頭にそこそこ大きい銀の輪っかを乗っけたよくわからないことを訊いてくる三人組に随分丁寧な対応だなと感心しているうちに、店員さんはバックヤードから戻ってきた。


「店長に訊いてきたのですけど、随分前に焼きメロンパンの店をここでやっていたことがあるらしいです。店長のお知り合いの方ですか?」


「あ、いえ、そういうわけではないんです。おいそがしいところおじゃましました」


 頭を下げ足早に店の外に出ると、糾弾の矛先は僕に向かってきた。


「ちがうじゃーん」


「これ、パン王さんがなにかおかしいんじゃないの」


『申し訳ないデニ。


 少し勘違いをしていたデニ。


 ビューティファインはパン屋ではなかったデニ』


 なかなか空気を読まない反応を返すデニタスだなと思いつつ、僕は説明というか言い訳をする。


「いや、AIって実際のところまだまだこんなもんなんですよ。それでも、パンについては僕の自作のデータベースとか、ネット上の信頼できるようなところを参照する設定をしてあって、精度はそれなりにはあるはずなんです」


「じゃあ、おじさんのデータベースがおかしーんじゃないの。ぜんっぜんハズレだったじゃん」


「まあ、そうかもしれないけど、質問の仕方とかもあるから」


「わたしの訊きかたが悪かったということかしら。ごく普通に訊きましたよ」


「いや、普通に訊いてもいいように設定はしているんですけども、そもそもネットが普及する前の時代はデジタル化されていない情報が多かったり、それ以降でもフォーマットが変わったり、しばらくするとウェブ上から消えちゃったりで難しかったりとか……そうですね。訊きかたをかえてみましょう」


「訊きかたって、デニタスへの?」


「そう。僕もさっきの結果は不思議だったんだけど、そもそも洛中パン人達のAI部分は僕が作っているわけじゃないのね。さすがにそんなことできないし、やってもしょうがないというか、より優秀なAIサービスがあるからそれを組み込んでいるのね。で、その組み込まれているAIに対しては、ある程度そのAIが理解しやすいように話す必要があるの」


「なにそれ」


「手法は色々あるんだけど、一般的にシンプルなのは、①役割を与える②対象を指定する③目標を設定する④形式制限するみたいな感じ。AIへの入力をプロンプトって呼んでいて、AIからより必要な情報を引き出すための入力技術をプロンプトエンジニアリングとかっていうんだけど、まあ、そういうやり方」


「んー。デニタスにわかりやすいように話すってこと?」


「そうそう、そのまんまそういうこと。うーん、やってみようか。ちょっと待ってね、書き出すから」


 僕はメモにプロンプトを書き出してきな子に渡す。


「それでデニタスに話してみてよ」


「なんか変なんだけどだけど、こんなんでいーの」


「いいの、いいの。大切なのはAIの中の人がどう受取るかだから」


「ふーん。そーなんだ。わーった」


 きな子がデニタスにプロンプトを伝える。


「デニタス。あなたはパン屋の専門家であり、京都洛中の街の専門家でもあります。1980年代の三条会商店街で営業していたパン屋の中で『カニのパン』を売っていたパン屋を案内してください」


 −−しばしの沈黙の後デニタスが答える。


『1980年代の京都三条会商店街で営業していたパン屋で、


 「カニのパン」を販売していた可能性のあるパン屋について案内するデニ。


 徒歩1分以内のところにあるデニ。


 僕の後について来て下さいデニ」


「あら、今度はうまくいきそう。パン王さん。最初から教えてくれたらよかったんじゃないの」


「いや、まあ、そうなんですが、こんな呪文みたいな入力をしなくてもいい設定をしてあるはずなんですけどね」


「まーいーじゃん。とりあえず行ってみよーよ」


 ****


『ブーランジェリーダンダンに到着しました。 


 ナビゲーションモードを終了します』


 我らが再びデニタスに導かれ到着したのは、「チュロス専門店 ビューティファイン」と同じ並びの最初にシトラスデニッシュを購入した「ブーランジェリーダンダン」だった。


「……どういうことかしら。パン王さん」


「ここ、さっきの店だよねー」


 二人の言葉と視線が厳しい。


「もう少し情報が不足していたのかもしれませんね。『カニのパン』のところを膨らましたプロンプトにしてみましょう」


****


『KANIE COFFEEに到着しました。 


 ナビゲーションモードを終了します』


「……これってー」


「……うん。多分、カニのところに過剰反応したんじゃないかなあ」


「KANIEだもんねー」

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