第5話 洛中パン人
よかった。自動生成に問題はなさそうであった。
この距離であればデバイス間の同期も取れているので、同じ空間地点にいるキャラクターを別角度から視認することも可能となっているはずだ。
「どう? 見える? アプリ上では問題ないんだけどどうかな」
質問には答えてくれず、きな子はズカズカと像の方向に向かって歩いていき、ブンブンと手を伸ばす。僕からは像の中にきな子の手がめり込むように見えていた。
「あ、やっぱ触れたりはしないんだ」
「そりゃそうだよ。そのさっきシクラメンって言っていたデバイスから映像が投影されているだけだからね。それに、実際に結像しているのは目から三センチぐらいのところだしね」
「消えたりしないの? ホログラムなの?」
「消える? いや、重ね合わせの問題だけだし、技術的には立体に見えているのは3D映画の応用みたいなもんだと思ってくれたらいいよ」
実際はちょっと違うのだが、わかりやすさとしてはこれでいい。
「へー。って全然わかんないけど。なにこのかわいいポケモソみたいなの」
きな子の声にリングデバイスが反応し、目前のキャラクターの上に吹き出しが表示される。
『僕は デニ+073 パン王様の七十三番目の洛中パン人デニ』
「おぉっ、なにこれ。デニたす073。名前?」
「いや、デニッシュのデニの+型でサイズタイプ0の識別番号73番でデニプラスゼロセブンスリーなんだけど。んーおかしいな、音声でてないなあ」
「ふーん、そーなんだ。けどいーよ『デニタス』で。ごちゃごちゃ長いし。『デニタス』のがかーいーし」
「えっ、いや、……まあ、なんでもいいよ。今はテストだし」
「じゃあ『デニタス』で決まり。よしよし、君は今から『デニタス』君ね」
『名称の変更を了解しました』
『僕は デニタス パン王様の七十三番目の洛中パン人デニ』
「えー、メッチャかわいいじゃんこれ。おじさん、無職の暇人ってバカにしてごめんごめん」
「本当、パン王さん。意外に色んなことできるのね。あなた」
なんか褒めながらもチクチクトゲる人たちだなと思いつつ、僕はテストがうまくいったことに安堵していた。
「どう。僕の洛中パン人」
「洛中パン人?」
「そう、この子は七十三番目の洛中パン人。さっき取り込んだシトラスデニッシュの画像と、自作のデータベースとかGPSの位置や時間、ネットワーク上の情報なんかを参照して自動生成させたAIキャラクター」
「いやー、すげーカワイイけど」
んー、そこさっきから引っかかってるんだけど、カワイイのか?
いや褒められて嬉しいけど、そこは正直どうなんだなんだけどな。なんか角刈りだし。目のバランスも大き過ぎるし、盛り込み方に無理のあるご当地キャラ感もそこはかとあるような……まあ、いいや。JKに受けてるんだから、これはこれで正解なんだろう。
「これをもうちょっと作り込んで、京都市内にあるパン屋一軒一軒と契約してのキャラクタービジネス展開を考えてるんだよね」
二人の表情が少し、んっとなった気がした。
「……えーと、パンのキャラクターを?」
「そう」
「実際にパン屋でパンを購入して、そのパンの画像を取り込んだら、そのパン屋オリジナルのキャラクターが手に入るの」
「それでどーするの」
「えっ、洛中のパン屋それぞれの自分だけのオリジナルキャラだよ。メッチャ欲しいじゃない」
「いや、確かにかーいーけどー、パン屋のパンキャラだよねー」
「そう洛中にあるパン屋のキャラクターだから洛中パン人。京都市中のパン屋と提携して二百五十六の洛中パン人と友だちになれる仕様で考えてるんだけどね」
ちょっと、理解が難しかったのだろうか、芳さんが諭すような口調で話し出す。
「そうね。……すごく面白いと思うわ。きな子も気に入っているみたいだし。だけど集めたい人がどれくらいいるのかしらね。商売には需要と供給ってとても大切よ」
「いやいやいや、戦艦でコレクションだったり、日本刀の男子とか世の中そもそも無理筋の擬人化コンテンツが色々あるじゃない。そんな中で洛中のパンだよ。洛中のパン。そりゃいける未来しか見えないって」
この構想を人に話すのは初めてなのだが、我ながらあまりのナイスアイディアに笑みが溢れ、声が自然と高く、早口になっているのがわかる。
「……」「……」
「おじさん、あれだねー。見た感じよりマジモソだねー」
「ええと。そう。……そうね。パン王さんはよく見ればお顔立ちは整っているわね。服装とか髪の毛はもう少し気をつかった方がいいと思うけど。お顔だけはいいわよね。そこは本当にいいところだと思うわ。で、その、洛中パン人でしたっけ。そうね、大丈夫。かもしれないわね。……あのね、わたしね、夢を見ることってとても素敵だと思うのよ。そりゃ、夢見るときには年齢とか状況とか少しは考えたほうがいいんじゃないかなとか思ったりはするけれど、それはともかくとして、素敵なことね。ええ、本当。昼間から夢を見るって」
「でしょ。いけると思うんだよね。二人の反応を見て確信したよ。ありがとう。やっぱりこれで起業を目指してみるよ。けど、あれだよ。まだ少し開発に時間はかかっちゃうから、洛中パン人のことは誰にも話さないでよ。アイディアの盗用とかはシャレにならないからね」
「いやいやいや。大丈夫。話さない。第一やる意味わかんないし。えーとー、で、そのパン人の事はわかったから、これがパン屋探しにどー関係するの?」
「あ、そうそう。探しているパン屋のことをデニタスに訊いてみてよ」
「デニタスに?」
「そう」
「答えられるの?」
「答えられるよ。というか、答えは返ってくるよ。デニタスってリングデバイスに話しかけて訊いてみて」
半信半疑というか、微妙な面持ちを二人共見せていた。
スマホでの自動音声対応サービスなどには触れたことはあると思うのだけれど、目の前に三次元で擬人化されたキャラクターが見えていると、戸惑いやちょっとした遠慮や配慮が生じるのは僕も一緒なので、面白いところだなあと思う。
少し考えた顔の後、芳さんが洛中パン人デニタスに問いかける。
「デニタスさん。四十年前にこのあたりにあった『カニのパン』を売っていたパン屋を教えてちょうだい」