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第4話 シトラスデニッシュ

 そう言って僕は、先ほど「ブーランジェリーダンダン」で買ってきたシトラスデニッシュを袋から取り出し、おもむろにスマホで撮影を始めた。

 そもそも今日はこの為にここ三条会商店街に来たのだ。家から近いこともあるが、店の近くで実際に買ってスグのタイミングで試してみたかったのだ。


 呆気に取られた顔で、やっぱり声をかけるんじゃなかった感をあふれさせる二人をよそに、僕は藤棚下のベンチに置いたシトラスデニッシュの向きを時折変えながらグルグルと撮影した後、カバンから取り出したPCにデータを取り込み、「もうちょっと待ってね」と伝えながら起動しておいたアプリを操作し、カチャカチャと作業を進めた。


「おじさん。いや、いーんだけど、動画編集なら今やんなくてもいーんじゃないの」ときな子が軽い抗議の声を上げる。


「ん?編集といえば、編集なんだけど、動画ってわけじゃないよ」


「ユーチューブとかにあがっちゃうのはー、あーしらちょっと問題あるんだけどー」


「はいはい。君たちにはそんなことはさせないよ。ただ少しこちらにも協力して欲しいんだ。それに、これでお探しのパン屋が見つかるかもしれないからね」


 嘘ではない。テストがうまくいけば、そのパン屋だって見つかるかもしれないのだ。


 不満アリアリでブーたれているきな子をさておきに(かおる)さんは、「あら、そうなの。それで見つかるのね。じゃあ、待つわ」そう言いながらカバンから水筒を取り出していた。


 ****


 時刻は十一時過ぎ、頭上には公園の備え付けの棚に勢いよく絡んだ蔓からのびた若葉が陽の光の恩恵を受け碧より青くあらんと目に眩しく、時折の風が色の濃い影を地面に動かしていた。

 少し視界をズラせば公園の広場には、近くの保育園の子どもたちが保育士さん監視のもとバタバタと走り回っている。


 ……で、まあ、こういう情景描写をしだすということはだ、要するに準備に少々時間がかかっているということだ。


 ……えーと、もうちょい。


 ……うーん。じゃあ、作業が終わるまで、僕らがパン屋を探している京都三条会商店街がどういう場所なのか、少し整理をしておこう。


 京都三条会商店街は、京都市街地のやや西側、二条城を少し南にさがったところに位置している東西800メートル程の商店街だ。東端は堀川通、西端は千本通の間を通る三条通の上部を半透明の屋根で覆い両サイドに店舗が立ち並んでいる。京都っぽくいえば、堀川三条と千本三条の間のアーケードがある商店街となる。


 道幅は十メートルあるかないかでそれほど広くはなく、昼過ぎから夜までは歩行者天国になる。キャッチコピーは三百六十五日晴れの街。オリンピックでメダルをとったマラソンランナーが練習していたことでも知られていたりはするけれど、河原町や京都駅周辺の繁華街からは離れており、よく紹介される新京極や錦市場ほど観光地化はされてはいない。


 今日なんかの六月上旬のよく晴れたお昼間であれば、地元スーパーやドラッグストア、ちょっとええもんを売っている昔ながらの八百屋さんなんかでのご近所お買物客がメインだが、ここ数年は国内並びにインバウンド観光客の姿もチョコチョコと見られ、町家を改装したカフェや複数言語記載のおにぎり屋なんかのそれっぽい店もできていたりする。


 我々の探しているパン屋が健在だったと思われる1980年代半ばは商店街にとっても転換期で、まだそれほど大きなスーパーは京都市内にはなかったが、このあたりの地場産業になる和装業界の斜陽はいよいよで、呉服屋や織機道具の販売店等は徐々に別商売の店舗へと入れ替わる時期でもあった。


 ****


「……よし。大変お待たせ。じゃあ、これを装着してみて」そう言いながら、カバンからデバイスを取り出す。「うまく起動するか分からなかったから試作分も持ってきておいてよかったよ」


「え、なにこれ。」


 僕はテスト用のデバイスを頭部に装着してみせる。「大きい方の銀色の輪っかはこんな感じで頭から被ってみて。サイドエクイップメントが放射状に広がっている方が前ね」


「あら、シクラメンみたいね。下向けに花弁がついていて」 

 芳さんはデバイスを手に訝しげにあちこちを触ってみている。


「シクラメン?かほるやつ?いやいやこれはアウトプット投影装置ですよ」


「なんか見た目より重いよーこれ。本当に頭につけんの」


「頼むよ。相互協力は問題解決への第一歩なんだから」


「えー、なに言ってるのかわかんない。あーもー、なんか髪に絡むんだけどー」

 きな子はあからさまにやる気がなく、渋々としかいえない様子だ。


「んーっ。なんかジージー動いてるよ」


「ああ、それで問題ない。計測結果が自動反映されるようになっているからね」


 芳さんも、やれやれ仕方ないという感じで装着してくれている。


「じゃあ、次はこっちの小さい方の輪っかをどの指でもいいので嵌めてみて」

 人差し指に入力用のリングデバイスを嵌めながら二人に指示を出す。


「準備できた?」


 銀色の電子機器がついた輪を頭上に乗せ、金色の指輪を嵌めた三人。


 期せずして初のβテストに胸の高鳴りを感じる。PC画面上での同期にも問題はない。


「それじゃあ」と言ったところで、せっかくなのでそれらしい方が雰囲気あるなと思い直し、リングデバイスに向かって少し作り込んだ声色で、行き当たりばったりの口上を口にする。


「えーっと。そぅ、我はパン王なり。我は汝を呼び出さんと欲す。パン王の名において命ずる。デジタルの砂原にて放浪するその身、その声、その智を約束の地たるこのパン都に汝の現し身として生成せよ。我が新しきパン人よ出でよ」


 特段エフェクトは準備していなかったが、設定しておいた最後のフレーズに反応して、公園の砂地の上に像が出現する。


 半透明のズレた像は自動で微修正を繰り返し、あたかもその場に存在するように結像されていき、やがて、目前1.5メートル先の公園のグランドには30センチほどの茶色の生成物が、生まれたてのヤギの子のようにゆらゆらと揺れていた。


 アニメっぽい3Dイラスト調で描かれた彼は、デニッシュパンを体に角刈りの頭髪でバイキング風の衣装を身に着け、卵型の顔に青く大きな目をぱちくりとさせ、こめかみにはスライスしたオレンジとレモンが張り付いていた。

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