エピローグ
八月に入った。
今日は失業保険の認定日なので、職安に行かなくてはいけない。面倒ではあるが仕方ない。
そして、残念で、残念で、本当に残念でたまらないが、公金チューチューも今月で最終となる。
前回職安に行った際、失業保険をなんとかエターナル化できないか相談してみたが、「それも大切ですが、まずは前向きに仕事を探しましょう」と目を合わせながら言われたことを思い出す。
憐憫がそこに無かったこともないが、彼女の中のほとんどを真っ当さが占めていたのはなかなかに眩しかった。
しかし暑い。チュロス店での邂逅の後、何故か蠏江さんに気に入られた僕は、三条会商店街の組合事務局を紹介してもらい、今は、使用していない事務局の二階に格安で住まわせてもらっている。商店街各店のデジタル関係の困りごと相談などを受けたり、単なる便利屋として夏祭りの屋台の手伝いなどをしているのだが、とにもかくにも、この部屋のクーラーの効きが最悪で、ただひたすらに無茶苦茶に暑い。
明日には断熱材が三軒横の商店に届くのだが、それまでこの熱にサーバーが耐えられるだろうか。わりと切実なところだ。
あの後、二百回ほど洛中パン人のテストを行ったが、デニタスのようにインプットとアウトプットの関係性がズレたり、プロンプトエンジニアリング回避ツールを通過せずにコミュニケーションをとる個体は発生しなかった。
再現性がないのは、キャラクター生成時にパンの画像情報や位置情報、日時情報なんかもパラメータ化に使っていて、完全に同条件下での試行ができないというのもあるのだが、あの日もそう思っていたように、それにしてもそうはならないだろうなのだけれど、現象として起こっている事実があるのだから、まあ、しかたがない。
実際、デニタスは、今もスマホの仮想空間の箱庭で他のパン人達と共に存在し、オートリダイレクションモードで時折なにやら呟いたりしながら、生成時と変わらない青く大きすぎる目をパチクリとさせている。
あの日はいくつもの偶然が重なってもいた。ブラックボックス化している技術や、神や悪魔の手を感じざるを得ないこの世の事象はどこか魔術的ではあるのだが、微細な原因とその結果の集合でこの世界は更新され続けていると、エンジニアの端くれとしては信じたいと思ってはいるところだ。
先週、蠏江さんからローカル局のローカルテレビニュースを必ず見るように伝えられた。
番組では高校生の生け花全国大会が特集されていて、なんでこんなものをと不思議に思って眺めていると、優勝した京都市内の高校のメンバー紹介で、祖母から歴代最年少で華道の家元を受け継いだ高校生として、第十二代革島六明斎のテロップとともにきな子が映し出されていた。
ああ、そういうことかと思いながら見た画面の中、きな子は吹っ切れているようにも見えたし、インタビューで答えていたようにまだまだ迷っているようにも見えた。それはそうだし、まあ、そういうものだろう。
芳さんは元気でいるのだろうか。あの後、デバイスに残っていたデータから実際にAI芳さんを作って「KANIE COFFEE」で本人にも見てもらったが、盛大にNGを食らったことを思い出す。芳さんの自己イメージに生成キャラクターの外装が届いていなかったのが最大の原因のように思えたが、そう口には出さなかったのは賢明な判断であったであろう。
午後からは洛中パン人の二回目のプレゼンだ。
前回はうまくいったとはいいがたい部分もあったが、方向性として興味を持たれたのは確かなところだ。言葉をもらった課題や要望についても改修を進めた。結構なところまでは実装もできている。
何かに反応したのか、スマホからデニタスの歌声が聞こえてくる。
最近時折耳にする旋律だ。
『我らパン都に生し成され 座標拡ぐる王と踊る
回転鳥の影の下 掲げしパンは輪を超える
王は築かん宮殿を この唄奏でし宮殿を』
大丈夫だよデニタス。準備はできている。
僕は僕と君たちとまだ見ぬ同胞達の為に、このパン都で本物のパン王になってみせるつもりだよ。
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。
ほぼ、初めて書いた小説でしたが、なんとか最後まで辿り着けました。
ご感想、アドバイス、各種誤りのご指摘、サイトの使い方(ド初心者です)等々
とても軽い気持ちでお伝えいただけると、本当にありがたいです。
この物語はひとまずここで終わるのですが、語り残した事が多かったりなので、
同じく京都が舞台の漫画版ナウシカの後半みたいな続編を書けたらなと思っています。(力量はともかくの志として)
似たようなタイトルをつけるつもりですので、見かけられた際に、また読んで頂けたら幸いです。




