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第10話 山型食パン

 チュロス店を出る頃にはすっかりと夕刻となっており、三条会商店街は買い物客の自転車が増え慌しい様子となっていた。


 テイクアウトしたチュロスの入った袋を揺らしつつバス停へと三人で向かう道すがら、きな子が話しかけてくる。


「デニタスのあれって、おばあちゃんででもできるの?」


「え、まあ、スマホがあれば誰でも取り込めるように作るつもりだけど」


「や、そーじゃなくって、おばあちゃんをデニタスみたいにできるの?」


「あ、そっち。んー、ある程度になるけどできるよ。実際やっているところもあるしね。AI社長が後継者不足を解消とかね。なんで?」


「いやー、AIだったら消えなくって、ずっといてくれるのかなーって」


(かおる)さん元気じゃない」


「ま、そーなんだけどー」


 きな子はなにか言いたげではあるけれど、口を閉じ少し横を向いて黙っていた。


「散らない花も、腐らない食事もそれはそれでいいものかもしれないけど、なんだか味気ないようにわたしは思うわ」


 様子を見ていた芳さんがきな子の顔を見ながら話し出す。


「きな子、あなたはしたいようにすればいいんですよ。あなたが望むならパン王さんに頼んでわたしがAIになって、わたしがずっとわたしをやっても構わないのよ。その時はカオタスって呼んでくれたらずっと一緒にもいてあげれますからね」


「……そーゆー訳じゃないんだけど、やっぱりあーし、まだできないことばっかりだしー。できるんならおばあちゃんがやったらいーんじゃないって」


 きな子は顔をそむけたまま溢れるように声を落とす。


「そうね。その通りよ。あなたは全然まだまだですよ。なによりその姿勢がまるでダメね。……けどね、あなたは正しいものを選ぶことができるのよ。それはね、私もあなたのお父さんも出来なかったことなの。正直あなたを見ていると悔しくてしょうがないことがあるわ。ああ、私だったらなって思うときもあるのよ」


 芳さんは、なんだかきな子にも自分自身にも苛立っているようだった。


「……そーなのかもしれないけど、それはーやっぱり勝手だよ。きゅーにいなくなったりー、きゅーに何者かになれとか言ったり。それはー、わかるけどー、……とまどうよ」


「……そうね。勝手よね」 


 二人の会話はそれで終わり、後は気まずい沈黙が続いた。


 夏至も近く、時刻の割に陽はまだ高かったが、それでも頭上の半透明のアーケードからさす光は昼間から確実に弱まり、薄く朱を帯びた色彩を通りを行き交う人々の顔に落としていた。


 なにを話しているのかはよく分からなかったけれど、二人の様子からとにかくこのままではいけないよなと、スマホの中で今は大人しくしているデニタスの問いかけるような角刈り(フェイス)を横目に、わかったよやればいいんだろうと、僕はつとめて明るい口調で話しだした。


「芳さんはどのパンが好きなんですか?」


 唐突な問いかけに、芳さんは少し線を引いたように応える。


「……なに。急に。どうしたのパン王さん。もういいんですよ。探していたパンは見つかりましたし」


 僕はもう一歩前に踏み出す。


「そう、パンですよ。パン。パンがいつだって大切なんです。今日だってわざわざ探しに来るぐらいなんだから好きなんでしょう?」


 困惑しつつ芳さんが答える。


「今日はこの商店街の近くに用事があって、それもあってきな子と来たんだけど……ええ、そうねパンは好きね」


「どの店のどのパンが MFP マイ・フェイバリット・パンなんですか」


「……『グランペール』の山型食パン。一番好きなパンよ」


 僕は間をあけず話しを続ける。


「ああ、あれはいい。軽くトーストするとバターが染み込み、焼けた小麦の甘い香りと合わさった芳醇な香りが立ち込める。口に入れれば柔らかな触感と共に、今度は焼けた小麦の純粋なうまみが広がっていく」


「まあ、そうね。確かにそんな感じね。わたしはブルーベリージャムを乗せるのが好きなんだけど」


「じゃあ、きな子。 AIおばあちゃんのカオタスが好きなパンは何だろう?」


 唐突にきな子の方へ振り向き、質問を投げかける。


「え、知らないしー」


 横を向いたまま、抑揚無くきな子が声を出す。


「なんだよぅ、さっきはカオタスを作ってくれって言ってたじゃないかぁ」


 仕方ないなという風にきな子はぶっきらぼうに答える。


「……一緒でしょー。おばあちゃんと一緒なんだしー」


「そう。その通り。芳さんの人格や記憶を移植なり構築なりしたカオタスは芳さんと同じく『グランペール』の山型食パンが好きだろう」


 二人はずっとなに言ってるの? の表情だ。


「では、更に質問だけど、芳さんはこの先ずっと『グランペール』の山型食パンが好きだろうか?」


「さあー。知らないけどー。キッチンにはよくあるけどねー。家から『グランペール』もまーまー近いしねー」


「それもその通り。結局先の事なんかわからない。芳さんと芳さんを取り巻く世界が今後どう変わるかなんてわからない」


 僕はデニッシュ生地のように折り重なった話を続ける。


「じゃあ、カオタスが『グランペール』の山型食パンを好きじゃなくなることはあるのだろうか? AIであるカオタスに自身を変容させたり、記憶を蓄積する機能が実装されたとして、パンを食べることができないカオタスが違うパンを好きになるってことはあるんだろうか?」


「なんかー、やーこしーんだけどー……どっちにしてもーAIなんだから食べないんでしょー」


「そうだね。カオタスはパンを食べることはできない。人は身体性から逃れられないし、AIはデジタル性から逃れられない。今後出てくるかもしれない人とAIが融合したなにかも、たぶん融合したなにか性から逃れられないんじゃないかな」


 少しの間の後、こちらは向かずにきな子が問いかける。


「……じゃー、同じだけど違う存在っていうことになるの?」


 僕は返答す(こたえ)る。


「そうなるかな。同じ芳さんからつながるものでもそれぞれ個体性質が異なるからね。まあ、僕は、パンを食べる人も、僕の洛中パン人たちみたいなAIも、融合したなにか達も、それぞれが普通に存在する世界になった方が楽しいだろうし、多分そうなるだろうなって思っているけどね」


「……ふーん。そっか。そんなものなのかなー。……なんか、ありがとう」


 きな子は顔をそむけたまま、なぜだか僕に礼を言った。


 バス停に着く頃には、アーケードの外は風が吹いていることもあって、少し涼しさも感じられた。

 芳さんはその間ずっと黙っていたが、堀川通を二人が乗るバスが近づいてきたころ、ふーっと息を吐きこれまでより少しゆっくりと話しだした。


「パン王さん。あなた、やっぱりどこかあの子に似ているのよね。顔はいいんだけど、話すことがいつだって的外れで……けどね、あなたがやっぱりいい人でよかったわ」


 僕がなにか話し返す間もなく、到着したバスに二人は乗り込んでいった。ガラス窓から手を振るきな子と少し顔を下げてこちらを見ているような芳さんの姿をかいま見せながら、バスは北へ向って動いていった。

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