抗うもの
「ばあさん、入るぞ」
瀬奈の家。
老婆の了解も取る事なく、葛西は部屋に入った。
「な、なんじゃお主!」
「……これを見てくれ」
机の上にどんと置かれた物体。
ビニールに包まれたそれは、ひなこの家で見つかった封印された蛸壺だ。
「ひいっ!!なんじゃこれ!!」
「ばあさんならこれが何か分からないか?」
恐る恐るそれを見る老婆……
「こ、これは……こんなもんどこで見つけた?」
「……ひなこの家だ」
老婆の顔が険しい物となる……
「……古いまじないの様なもんじゃ。悪しき存在を封じ込めるための」
「これが割れたという事は、封じられていた物が外に出たんだな?」
「……あぁ…間違いない」
「……なるほど、分かってきたぞ。このノートを見てくれ」
葛西は机の上にノートの中身を拡げた。
事の真相が見えてきたのであれば、瀬奈に見せても構わないとの判断であった。
「葛西さん……これ……」
「ノートには残った4人に対する憎悪の言葉が書かれている。だがこれを見ろ」
最後の部分に書かれた文字。
「絶対にたす…これは絶対に助ける、と書いたのではないか?つまりひなこの母親は、自分の中の良心をまだ失っておらず、残された4人に降りかかるであろう厄災を防ごうとしたんだ」
確信に近いものを葛西は感じていた。
老婆に問いかけたのはその先の事を聞くためだ。
「ここは蛸壺の島……色々な物が因果の名のもとに引き寄せられて来る。ワシや瀬奈がここにいるのも、お主がここに来たのも全て繋がりがあるのじゃ……」
「お、俺がここに来たのも……?」
「あぁ……恐らくひなこの母は、お主に助けを求めておるのじゃ。この一族の女系は皆、感受性が強く霊的能力が高い。おそらく瀬奈を道標として引き寄せたのも運命……」
「おばあちゃん……」
運命…オカルト系雑誌の編集を生業としてはいるが、葛西はそういった類のものは信じていない。
だが、「何か」がこの島に存在しており、災いを起こそうとしている事は間違いないだろう。
「その運命とやらがあるのなら、一緒に入っていたこのお札も意味があるのか?」
「恐らく封印の為に使うお札じゃ……」
「つまり、同じ呪式を行えば……呪いは封印出来るという事だな?」
……老婆は頷いた。
「じゃあ和真ちゃんも死ななく済むんだね!」
瀬奈の顔がぱぁっと明るくなる。
「あぁ、だが問題もある」
葛西の仮定――
ひなこの母親は良心に従って呪いの封印を試みた。
だが、ひなこの両親は亡くなり、家は火事になっている。
そして今また封印が解かれた。
「恐らく封印を阻む「何か」がいるんだろう。そしてそれがひなこをさらい、両親に手をかけた」
老婆がそれに続く……
「悪しきものは人の心に入り込む。ひなこの母も心のわずかな隙をつかれたのじゃろう……必死に抗い封印は施したものの、悪しきものを祓うまでには至らなかったんじゃ……気の毒に……」
言葉を続ける老婆の頬には涙が流れている。
そして静かに手を合わせ、ひなこの母の冥福を祈っていた。