違和感の正体
翌朝……
「さて……行くか」
葛西は宿の前で身体をほぐしていた。
和真が呪いを受けており、瀬奈は精神的にかなり辛い状況だろう。
そうなると頼れる人間はいない。
移動で車を頼る事は出来ないので近くの観光協会のレンタサイクルを借りるつもりでいた。
(呪いの元はおおよそ分かった……あとはどうそれを抑え込むか……)
ぼんやり考え事をしながら歩きだそうとしていた葛西の前に人影があらわれた。
「私も……連れて行って下さい」
瀬奈だった。
一晩中泣いていたのか、目の下はまだ赤い。
あまり寝られてもいないのだろう、顔色も良いとは言えなかった。
「無理をせず、少し休んだ方が良い」
「嫌です。連れて行って下さい」
体調は良いとは言えないが、目の奥には力を感じる。
頑として聞かないと言った感じだが、ここ数日で彼女の性格は何となく分かって来た。
(ダメだって言っても無理やりついてきそうだな……)
葛西も半ば諦めた様子で同行を許可した。
…………
「今日はどこに行くつもりなんですか?」
「あぁ…ひなこの家だ」
ひなこの家には前にも行っている。
だが、見落とした「何か」があるのかもしれない……そんな予感がした。
「今日は本格的に家の跡地を調べてみようと思う」
バッグの中には軍手と鎌が入れてあった。
草の根を搔き分けて探すつもりだった。
ひなこの家……
以前来た時と同じで、鬱蒼と草が生い茂っている。
「よーし、やるか」
葛西は軍手をはめ、鎌を持った手で草むらの中に入っていった。
瀬奈は周辺を回っておかしな所や物はないか探している。
(んー、やはり完全に更地にされているか……)
家の土台らしきものすらない。
どこがどんな部屋だったかのかすら知る事は不可能だった。
「葛西さん、あそこ……」
周囲を調べていた瀬奈が指さす先……
特に何かがあるわけでない……というかない。
一面草が茂っている中、ぽっかりと土がむき出しの場所がある。
(確かに妙だ……ここだけ草が生えていないなんて)
土の色もわずかに変色している。
(もしかして……)
持って来ていたスコップで土を掘ってみる。
地面から30cmほどの場所で何かに当たった感触あった。
「……やはり」
掘り返して見ると、ブリキで出来た箱が出て来た。
長い時間が経っているせいか朽ちかけているが、中身は無事だろう。
「開けるんですか?」
「あぁ……」
もはや躊躇しているヒマはない。
葛西はおもむろに蓋をあけた。
「ノート……?」
一冊のノートとお札が2枚……
そして小さなぬいぐるみが入っていた。
「ひなこ…ちゃん……」
瀬奈がその小さなぬいぐるみを取り出し、抱きしめる……
それはひなこがいつも持ち歩いていたものだった。
(恐らくこれはひなこの母親が埋めたものだろう……)
葛西は同梱されていたノートをパラパラとめくっていた。
「何か書いてあるんですか?」
中を覗こうとした瀬奈に見えない様、葛西はノートを閉じた。
「どうして見せてくれないんですか?」
「君は……見ない方がいい」
ノートに書かれていた内容。
それは残された4人の子供に対する深い憎悪であった。
殴り書きの様な文字、怒り・憎しみ、そして悲しみ……容易にそれらの感情を察する事が出来る。
だが、葛西はそれとは別の感情も抱いていた。
(時折、何かを書き記そうとしている?)
壺……髪……塩や酒など……まるで何かのレシピの様な……
(恐らく呪術に使う物か……)
家と旧村にあった蛸壺の封印、あれもひなこの母親が作った物だろう。
そのまま考えれば残された4人の子供を呪う物……何かが引っ掛かる。
あるわずかな違和感……葛西はその正体を突きとめようとしていた。
「ひなこちゃんの母親って、元々はどんな人だったんだい?」
「……とっても優しい人でした。ひなこちゃんの家駄菓子屋さんだったんですけど、よくお菓子をくれたりしたんですよ」
「へぇ、駄菓子屋さんだったんだね」
「あっ、私たち子供がそう呼んでただけで、実際は色々な物が置いてある商店なんですけどね」
ひなこの母親は元来とても穏やかな性格だったらしい。
娘を失った悲しみが人格を大きく変えてしまったのか……
瀬奈に見えない様にノートを見ている葛西……
最期の一行に目が留まった。
絶対にたす……
言葉はそこで途絶えていた。
憎悪の入り混じった殴り書きの中でも強い意志を感じる様なしっかりとした文字。
ここで葛西は違和感の正体に気付いた。
(ひなこの母親は……呪いを防ごうとしていた!?)