悲劇の始まり
中ノ表島が本格的に開拓されたのは比較的近代の事だが、それ以前から島には人が存在していた。
島は蛸漁が盛んであり、多くの恵みをもたらす蛸を神様の使いとして奉っていたそうだ。
「蛸壺の島」の別名は、島の形状と、その文化を鑑みての事であろう。
ある時、その島に一艘の舟が流れ着いた。
運が悪い事にその船には悪漢の類が乗っており、村はその輩達に蹂躙される事となる。
絶海の孤島であり、役人がその事を知り討伐されるまでかなりの年月を要したらしい。
多くの血が流れ、その恨みが今の呪いの原型になったと、住職は語った。
この寺もそういった無念の内に亡くなった人の霊を慰撫する目的で建てられたという……
住職は代々祭祀を行って来たが、時に厄災が降りかかってきたらしい。
その多くは霊の怒りを買ったのが原因らしく、呪いの対象には蛸の触手の様な痣が付いたという。
呪いの対象は決まって男性だそうで、女性の場合は神隠しにあう事が多かった。
ひなこが行方不明になったのも恐らくその影響だろうと。
島の東側が手付かずなのは、かつてその村があった場所であり、人喰いの森として今に至るまで立ち入る事が憚られているのである。
…………
「今も……その呪いが続いてるの?」
住職の話を聞いて瀬奈は青ざめていた。
葛西も例外ではない。
「おそらく島民がいなくなるまで呪いは残り続けると思います」
それには根拠があった。
外敵に占拠された当時の村で、年頃の娘はならず者の子を産む事を強要された。
そしてその子供達の子孫が、今の島民の大半を占めている。
その血が根絶されない限り呪いは続くだろう、というのが住職の考えであった。
「とにかく、一刻も早く直樹くんの呪いを何とかしないと……」
「方法はあるんですか!?」
「いえ、完全に解く方法は……ただ進行を遅らせる事は出来るかもしれません」
住職は万が一の事態に備えていたらしい。
急ぎ準備を整えると、瀬奈の車で共に直樹の家に向かった。
…………
直樹の家――
「何か様子がおかしいぞ……」
車が何台か停まり、玄関も開けっ放しになっている。
幾ら田舎だからといってあまりに不用心だ。
「まさかっ……!」
住職があわてて家の中に入る。
葛西も瀬奈も嫌な予感を感じているようだ……急いでそれに続いた。
直樹の部屋の前で女性の鳴き声が聞こえる。
葛西が中に入った時、先んじた住職の表情が凍っていた。
「……遅かったか」
泣き叫んでいたのは直樹の母親。
そしてその腕に抱きかかえられていたのは、すでに事切れていた直樹だった……