知らない彼
~sideアイリス~
ルイス様がいなくなってから数ヶ月が経ちました。私はその間、これまで以上に自身を磨き、勉強に力を入れ、魔法の練習も頑張ってきました。
中でも特に力を入れていたのが自分磨きと魔法の練習で、自分磨きはお恥ずかしい話ですが、私の外見はお母様譲りでそこそこ良い方だと思うのですが、ある一部が将来的に小さくなる可能性があったのです。
それは家族的なもので、お母様もお姉様も言っては何ですがあまり大きくありません。
しかし、男性は大きい方がお好きだと窺ったことがありますし、前に会ったフィエラさんも同い歳のはずが私よりも大きく、将来有望な方でした。
なので私は、彼女に負けないためにも大きくするためのマッサージや体操、あとは牛のミルクなども飲んで頑張っています。
魔法については、今回置いていかれてしまったことが悔しくて、そしてフィエラさんだけを連れて行ったことが許せなくて、自身の無力さを嘆いた私は、苦手だから、才能がないからという考えを捨てて意地でも魔法の練習をしてきました。
魔法を教えてくださる先生からは、私の年齢でここまで魔法が使えるのは凄いことだと誉めてくださいますが、私はルイス様という天才を知っております。
あの方に比べれば私の使う魔法などまだまだで、この程度ではルイス様の側にはいられません。
それに、何だか最近嫌なことが多いのです。ルイス様のことを考えると何故か妙な胸騒ぎがしますし、変な夢を見てしまいます。
私がルイス様に嫌がらせをされたり、他の男性と恋に落ちるというそんな不思議な夢を。
ルイス様以外の男性に触れられるのを想像しただけでも気持ち悪くて仕方がないのに、そんな不快な夢ばかり見るのです。
そして、夢の結末ではいつも決まってルイス様が死んでしまい、目が覚めると胸が締め付けられたように痛くなります。
そのせいでストレスが溜まってしまった私は、先日お父様に無理を言って魔物討伐をさせてもらうようお願いし、泣き真似までして何とか許しを得ました。
ただ、お父様もやはり心配だったのか、騎士の中でも特に強い人たちを護衛に付けてくださり、魔法の先生も同行させてくださいました。
場所は私が住む侯爵領から少し離れたところにある岩石地帯で、そこはそれほど強い魔物もいないことから低ランクの冒険者も多く活動している場所のようでした。
最初は初めて魔物と戦うということもあり緊張し、生き物の命を奪う行為に忌避感と罪悪感で胸がいっぱいになりましたが、何度か経験するうちに慣れることができました。
「お嬢様、そろそろ戻りますか?」
「いいえ。まだ魔力にも余裕がありますし、もう少し奥に進みましょう」
「かしこまりました」
少しでもルイス様に近づきたかった私は、その後も襲ってくる魔物を倒しながら進んでいき、中間あたりに来たところで帰る事にしました。
しかし…
「ガアァァァァァア!!!」
「な、なんですか?!」
「お嬢様!すぐに我々の後ろに下がってください!」
魔物の大きな鳴き声が聞こえた瞬間、私は全身が震え上がります。
騎士の方々と魔法の先生は私を守るように前に立つと、剣や杖を持って構えます。
そして現れたのは、獅子と山羊の頭を持ち、胴体と足は獅子で、尻尾からは蛇がこちらを睨みつけてくる魔物が一体おりました。
「これは…キメラですか?」
「いいえ、こいつはキングキメラで、キメラの上位種です。見てください。背中に翼が生えているでしょう。あれがキングキメラである証拠です。お嬢様、私たちがやつの気を引きます。その間にあなただけでも逃げてください」
どうやら通常のキメラであれば翼は生えておらず、上位種のキングキメラになると翼が生えているようです。
私は騎士の方に逃げるように言われますが、あまりの恐怖に足が震えてしまい動くことができません。
「ルイス様…」
私はその姿を見ただけで死が頭の中を過ってしまい、思わず愛しい人の名前を呟いてしまいます。
(出来ることなら、あの人に愛されて死にたかったです)
ルイス様は私のことを最後まで見てくださる事はありませんでしたが、それでも死ぬなら彼に愛され、彼に見送られたかったと思ってしまうのは仕方のないことでしょう。
そして、キングキメラがもう一度大きく鳴いた後、地面強く蹴って私たちに襲いかかろうとした瞬間、横から何かが突っ込んできてキングキメラを吹き飛ばします。
「……ふぇ?」
キングキメラが吹き飛ばされて大きな岩に衝突すると、突然の出来事に私だけでなく騎士の方々も先生も驚きで言葉が出てきません。
「ふむ。思いのほか軽いな」
すると、先ほどまでキングキメラがいた場所には、どこから現れたのかは分かりませんが、濃紺の長髪を風に揺らし、青い瞳でキングキメラを見つめる男の子がいました。
(あれは、ルイス様?でもどうしてこんなところに…)
私は聞きたいことが沢山ありますが、それよりも今は彼が助けてくれたこと、そして彼がキングキメラと戦おうとしていることの方が重要でした。
「ルイス様!それはキングキメラです!私たちが勝てる相手では無いので早く逃げましょう!」
私が彼に呼びかけると、ルイス様は私たちの方へと振り向き、訳がわからないと言った表情で見てきます。
「知ってるよ?もともと俺はこいつを倒しにここまで来たんだし、アイリスたちは気にせず逃げていいよ」
彼はなんて事のないようにそう言いますが、相手はキメラの上位種。おそらくランクはSランクで、ルイス様がいくら強くても1人で倒せるような相手ではありません。
「お一人で倒すなど無理です!死んでしまうかもしれません!戦うならば私たちも協力いたしますのでどうか…!」
「は?邪魔だから余計なことするなよ」
私が一緒に戦うことを提案しますが、ルイス様は余計なことをするなと言って少しだけ殺気を放ちます。
それだけでも私は震えてしまい、ルイス様がキングキメラよりも化け物に見えてしまいました。
「俺が死ぬ?それならそれで別に構わないさ。死んだらただそれだけの事だろう?頼むから俺から唯一の楽しみを奪わないでくれよ」
(この方は、本当に私の知るルイス様なのでしょうか…)
目の前にいるルイス様は、外見は違えど確かに愛しいあの人で、でも私たちに向けるその瞳には何故か怒りと敵対心が窺えました。
それに、死に対する恐怖心など微塵も感じられず、むしろどこかそれを望んでいるような危うさすら感じられます。
(前にお会いした時は何事にも無関心という感じでしたが、こちらが本当のルイス様という事でしょか)
であるならば、私が知っている彼は上部だけでしかなく、本質的なところは何も知らなかったという事になります。
(フィエラさんはこの事を知っているのでしょうか…いいえ。おそらく知っているのでしょう。知った上で、一緒に行動をしているはずです)
そう思うだけで、私は敗北感と悔しさから唇を噛んでしまい、口の中に血の味が広がります。
「お嬢様!あの魔物は我々が相手をします!その隙に魔法使い殿と一緒に逃げてください!」
騎士の方々はキングキメラが飛ばされても尚、警戒を続けて私に逃げるように言いますが、それをルイス様が呆れたように眺めながら言葉を発します。
「俺の話し聞いてましたか?こいつは俺の獲物です。邪魔しないでもらえますかね」
彼はそう言うと、吹き飛ばされた衝撃から立ち直ったキングキメラの方へと視線を向け、獰猛な獣のようにニヤリと笑います。
「ふふ。さぁ、今の俺がどこまでお前に通用するのか試そうじゃないか」
キングキメラもルイス様の放つ異様な雰囲気を感じ取ったのか、彼を餌ではなく敵と認識して睨みつけます。
そして、しばしの沈黙が辺りを包み込むと、ルイス様とキングキメラの戦闘が始まるのでした。
ちなみに、私はこの戦いを観戦していたことで、ルイス様へと抱く感情に大きな変化が訪れるのでした。




