弟から大切な人へ
アイリス様が帰られてから数日後のお昼時、私は騎士の方からルイス様にお客様が来ていると言われ、そちらへと向かいます。
すると、そこにいたのは綺麗な銀髪を腰まで伸ばし、狼のような耳と尻尾がある綺麗な女の子でした。
「あの、どちら様でしょうか」
「私はフィエラ。エル…じゃなくて、ルイス様に会いに来た」
(この方がフィエラさん)
フィエラという名前を聞き、私は少し前にルイス様とアイリス様が彼女の話をしていたことを思い出しました。
フィエラさんは私に屋敷への許可証を見せると、確かにそれはルイス様が公爵様から渡されているものでした。
「応接室にご案内します」
私はとりあえずフィエラさんを応接室に案内することに決めてそこで待ってもらうと、急いでルイス様を起こしに向かいます。
ルイス様は呑気にお昼かと尋ねて来ますが、私がお客様が来ていることを伝えると、思い出したように体を起こしました。
そして身支度を整えると、私はルイス様を応接室へと案内いたします。
ルイス様は中に入るなり、気さくな感じでフィエラさんと話をしており、今度は私に部屋を出ているように言いました。
ですが、さすがに婚約者がいる身で他の女性と二人きりには出来ませんので、騎士を一人中に入れ、私は公爵様と奥様を呼んでくるように言われました。
私は部屋を出ると、急いでお二人のもとへと向かいます。
(もしかして、ルイス様は浮気をされたのでしょうか。なら、公爵様たちを呼んだのは将来的に結婚するため?)
そんなことを考えながら公爵様たちに事情を説明すると、お二人も少し慌てた様子で応接室へと向かいました。
お二人は部屋に入るなり、すぐにソファーへと座ります。
私は皆様の紅茶を用意すると、壁の方へと近づいて控えました。
ルイス様はさっそくフィエラさんとの事をお話ししますが、どうやらお二人は付き合っているわけではなく冒険者仲間だと言う話です。
しかし、冒険者と言われてもそれはそれで理解することが出来ませんでした。
だってルイス様は、いつも部屋でだらけているか、訓練場で鍛錬をしているだけでしたから。
すると、ルイス様は闇魔法で自身の分身体を作ると、冒険者をしていた時はこれを置いて外に出ていたと言います。
(凄いですね。本物と何ら変わりありません)
公爵様たちもその光景に驚いていましたが、本当の話はここからのようでした。
「俺がしばらくの間、旅に出る許可をいただきたいのです」
ルイス様がいつになく真剣な表情でそう言うと、しばらくの間部屋が静かになります。
(旅?どう言う事でしょうか)
「旅だと?」
公爵様も言葉の意味が理解できなかったのか、ルイス様に言葉の真意を尋ねます。
すると、ルイス様はご自身が考えている事を説明してくれます。
どこを旅するのか。目的は何なのか。ルイス様は公爵様の質問に迷わずすぐに答えるので、どれだけ本気なのかが伝わって来ます。
「…わかった。許可しよう」
公爵様にもその気持ちが伝わったのか、旅に出る事を許可されました。
奥様は反対しておりましたが、最後はルイス様から生死がわかるネックレスを貰い、渋々といった様子で許しました。
その後、公爵様たちはお仕事があるため部屋を出て行かれましたが、残ったフィエラさんとルイス様はお話をされます。
どうやらルイス様は旅の件をフィエラさんにも伝えていなかったらしく、少し言い争いをしていましたがすぐに仲直りされました。
そして、フィエラさんはルイス様の膝に自身の尻尾を乗せると、ルイス様は彼女の尻尾を撫で始めます。
(何だか、アイリス様の時より恋人っぽく見えますね。本当にお付き合いをされていないのでしょうか)
そんな疑問を持ちながらお二人を眺めていると、ルイス様が少しずつうとうとして来て、ついには眠りについてしまいました。
フィエラさんはルイス様が眠ったことに気がつくと、起こさないように軽く腕を引き自身の太腿に頭を乗せさせます。
その光景は本当に恋人のように見えてしまい、思わず私は彼女に尋ねてしまいました。
「お二人は、本当にお付き合いをされていないのですか?」
フィエラさんはルイス様の頭を優しく撫でながらチラッと私の方を見ると、すぐにルイス様の方へと視線を戻します。
「付き合ってない。ただ、私は少しずつエルに惹かれてる」
どうやら本当にお付き合いはしていないようですが、彼女がルイス様に惹かれ始めていることは確かなようです。
「ですが、お二人が結婚されるのは難しいかと。ルイス様には婚約者様がおりますし、公爵家と平民では身分的にも難しいことです」
「アイリスのことは分かってる。この前会ったから。それと身分もたぶん大丈夫」
フィエラ様はそう言うと、懐から綺麗なブローチを取り出しました。
「それはまさか、獣人国王家の…」
「ん。と言っても、私は5番目の子供だし、お母さんも序列はあまり高くない方だからほとんど権力はない」
獣王国キリシュベイン。獣人はもともと複数の種族がおり、それぞれが村や集落を作って生活しております。
ただ、闘争本能が強い肉食系の獣人族たちは争いを求めることがあり、たびたび村同士での紛争があったそうです。
しかし二十年ほど前、当時冒険者として世界を見て回っていた現在の王は、旅をして得た知識や力を使い各種族の長を倒していくと、交渉をして一つの国を作り上げたのです。
そして王には各種族から忠誠や今後の発展を願い、妻として複数の女性が嫁いだと聞いております。
「確か獣人王の種族は…」
「ん。銀狼族。お母さんも銀狼族で二人は幼馴染」
風の噂では、獣人王は妻や子供たちを大切にしておりますが、中でも幼馴染であり、同じ銀狼族でもある妻とその娘を大層溺愛していると聞いたことがあります。
ただ、獣人族の奥の序列は子供を産んだ順になるため、フィエラさんが5番目ならお母様もその序列ということになります。
(これでは、身分の壁はありませんね)
他国の王女であるならば、フィエラさんがルイス様と結ばれることは可能になります。
我が帝国でも、優秀なものはその血を残す義務があるため、複数の妻を持つことは推奨されております。
(あとは本人たち次第と言うことですね。ですが、ルイス様にその気は全くないようですが)
「ルイス様はその事をご存知なのですか?」
「知らない。エルは私も含めて他者にあまり興味がないから」
確かにフィエラさんの言う通り、ルイス様はどこかご自身と他者で線を引いているような感じがします。
まるで物語でも読んでいるかのように周りを俯瞰して見ており、他者と深く関わろうとはしないのです。
その後、私たちはルイス様が目を覚まされるまで話をすることはなく、ただ静かな時間が流れるのでした。
その日の夜は、外も暗いということでフィエラさんが泊まっていくことになりました。
どうやら奥様がフィエラさんのドレスを急いで準備させたらしく、着飾った彼女はとても美しく見えました。
フィエラさんはテーブルマナーに詳しくないのか食べるのを戸惑っておりましたが、ルイス様が気遣ったことで気にせず食事をしておりました。
フィエラさんは王女様ですが、獣人族と人族では文化やマナーが違うため、どうしたら良いのか分からなかったのしょう。
それにフィエラさんはまだお若いため、他国のマナーを学ぶ前に冒険者になった可能性もあります。
その後は何事もなく無事に食事も終わり、ルイス様はフィエラさんを連れて食堂を退出するのでした。
翌日。私は朝早くに母から街でのお使いを頼まれたため、ルイス様を起こす前にお屋敷を出ます。
街に着くと、頼まれた食材を買うために街の中を歩きますが、季節が冬であることやまだ早朝だということもあり、周りにはあまり人がおりませんでした。
私が裏路地の前を横切ろうとした時、その路地から突然人の手が出て来て私の腕を掴みます。
「な、なんですか?!」
掴んだ腕をそのまま強く引かれると、私は薬の塗られた布で口と鼻を塞がれ、そのまま意識を失います。
次に目が覚めると、私は牢屋のような場所に閉じ込められておりました。
周りを見渡すと、いつからここにいるのかは分かりませんが、私のように連れてこられた人たちが何人もおりました。
「あなたも捕まったの?」
そう言って私に声をかけて来たのは、まだ20代半ばくらいの若い女性でした。
どうやらここにいるのは女性だけのようで、男性はまた別のところに閉じ込められているとの事です。
「ここはいったいどこなのですか?なぜ私は連れてこられたのでしょう」
「場所は分からないわ。ただ、私たちは何らかの封印を解くための生贄にされるみたいよ」
生贄という言葉を聞き、私は思わず恐怖で震えてしまいます。
そんな私を見て女性は優しく抱きしめてくれると、他の人たちも私を気遣って声をかけてくれました。
それからどれほどの時間が経ったのかは分かりませんが、外が急に騒がしくなりました。
たびたび轟音が聞こえてきたり、天井からは石のかけらなどが降って来ます。
私たちは恐怖から一つにまとまって抱きしめ合っていると、それからしばらくして壁が崩れ、その向こうから光が見えてきました。
そこから人が一人入って来ますが、光のせいで顔はよく見えません。
その人は男性が閉じ込められているらしき牢の前で立ち止まると、剣で鍵を壊します。
すると、中から閉じ込められていた人たちが次々と出て来て、そのうちの一人が壁にかかっていた鍵を使って私たちの牢も開けてくれました。
(誰かは分かりませんが、これで助かったのですね)
そう思って助けてくれた人のもとへ向かうと、私より少し大きいくらいの身長に、綺麗に手入れをされた銀髪を背中まで伸ばした片腕の男の子が立っておりました。
「ルイス様?」
「ん?」
そう。その男の子は私がお仕えする主人様で、幼い頃から一緒に育って来た方でした。
「ミリア?何でここに?」
ルイス様は心底理由が分からないという顔で尋ねて来たので、私はここに来た経緯について説明しました。
「そうか」
私の話を聞いたルイス様は特に興味がなさそうに返事をされますが、私はそれよりも重要なことを思い出します。
「そ、それよりルイス様!腕が!」
「ん?あぁ、気にするな。この地下室に魔力封印がかかってるから治せないだけだ。ここを出たら治すから大丈夫だ」
「でも痛みなどはありますよね!わ、私はどうしたら!!」
これまでメイドとして色々と学んでは来ましたが、腕を無くすような大怪我の処置などはしたことがありません。
なので、自分がどうしたら良いのか分からずあたふたしていると、ルイス様は全員が牢から出たことを確認してこの場を出て行こうとします。
「ま、待ってください!」
私が慌ててルイス様のことを追いかけると、他の人たちもそれに続いて部屋を出て外に向かい、無事に全員が助かることができたのでした。
その日以降、私はルイス様を見ると胸がドキドキするようになりました。
どうやら私はあの日、ルイス様の手によって助けられたことや、弟のように感じていたはずが、強くなり立派になった彼の姿を見て、あっさりと心を奪われてしまったようです。
ですが、それも仕方のない話だと思います。だって、いつもは怠そうにしているあのルイス様が、いつになく真剣な表情でキリッとされている姿を見れば、普段との違いに胸がキュンとしてしまうというものです。
しかし、私は平民でありルイス様は貴族です。この恋はきっとこの先も遂げることは無いでしょうが、それでも私は死ぬまでルイス様に仕えていこうと心に決めるのでした。




