脱出
シュードとの会話があった日から二日後。ついに作戦を決行する時がやって来た。
あの日以降、シュードが俺たちに話しかけてくることは無かったが、それでも他の冒険者たちの説得を辞めるつもりはないのか常に誰かと話をしていた。
「ルイス様、お時間です」
「ふぅ……わかった」
アイリスの声で意識を集中させるために閉じていた目をゆっくりと開けた俺は、その場から立ち上がり、自身の体内にある魔力量を確認する。
「どうですか?」
「問題ない。魔力は全て回復したよ」
「それは良かったです」
「それで?俺の名前を呼んだということは、あいつらが来たんだな?」
「はい。ルイス様に言われた通り、監視人たちが夕食を持ってきました」
魔力の回復に集中するため目を瞑っていた俺だったが、アイリスたちには事前に俺たちを監視している人間が夕食を運んできた時、俺の名前を呼んで知らせるよう伝えておいた。
「3人の方はどうだ?」
「私の方も魔力と体力に問題はありません」
「私も大丈夫だよ。覚悟もすでに決まった」
「常に最善の状態を維持するように教わっております。いつでも行けます」
「おーけー。なら行こうか」
俺のその言葉を合図に、アイリスたちは腕輪に流していた魔力を止めて認識阻害と気配希薄の魔法を解除すると、彼女たちの本来の姿へと戻る。
そして、俺自身も転性の指輪に魔力を流してルイスとしての姿に戻ると、首や肩の骨を鳴らしながら体の具合を確かめる。
その際、転移魔法を応用して服を男物に着替えておくのも忘れない。
「やっぱ本来の体が一番だな」
女性のしなやかな筋肉も悪くは無かったが、やはり魔力を使って戦闘に最適な体に仕上げた本来の姿の方がしっくりくる。
「それじゃあ、殿下。お願いしますね」
「わかった」
シャルエナがそう言って先頭に立ち冒険者たちが集まっているところへ歩いていくと、俺たちも彼女の後へとついていく。
「なんだ?」
「誰だあれ」
「……まさか」
冒険者たちは俺たちの姿が変わったことで誰なのか気づいていないようだが、シュードだけは同じ学園に通っているため俺たちの姿を見て驚いた様子を見せていた。
「誰だお前ら!」
「動くな!大人しく……」
「それ以上は喋らなくていい」
食料を運んできた監視者は全部で20人おり、そのうちの2人が警戒した様子で叫ぶ。
一人の男が止まるよう口にしようとした瞬間、シャルエナがいつの間にか抜刀していた刀で首を刎ね、ゴトリという音と共に力無く体が地面へと倒れる。
「……は?」
隣に立っていた男はすぐに状況を飲み込むことができず、仲間の体から吹き出した血で左半身を赤く染めているが、そんな間抜けな瞬間を見逃すほど俺たちは甘くないため、すぐさま周りにいた他の監視者たちを捕えるため動き出す。
「他は生かしておけ。まだ使い道がある」
「わかりました」
「了解です」
「わかった」
それからは本当にあっという間で、監視者のみならず捕まっていた冒険者や村人たちも状況を理解する暇もなく残りを制圧すると、全員をストレージから取り出した縄で縛り上げる。
「これで終わりです。あとは任せましたよ、殿下」
「あぁ」
「ミリア」
「かしこまりました」
未だこの状況を理解できていない冒険者たちの前に一歩近づいたシャルエナは、刀を地面に突き刺し、これまでとは違った皇女らしい真剣な表情と声でゆっくりと喋り出す。
そしてミリアにも指示を出し、後ろにいる人たちにもシャルエナの声が聞こえるようにするため、風魔法で彼女の声を地下施設全体へと届けさせる。
「私の名はシャルエナ・ルーゼリア。ルーゼリア帝国の第二皇女である」
「は?ルーゼリアの第二皇女だと?」
「本物なのか?」
突然彼女が自身の名と身分を明かしたことで、冒険者と村人たちの間で疑いと混乱の声が聞こえ始めるが、それでもシャルエナは冷静に、そして自信に満ちた声でハッキリと続ける。
「皆が混乱し、私のことを疑いたくなるのも無理はない。私は君たちに自身の姿をしっかりと見せたことはないし、何より君たちは同じ人間に裏切られ、騙されたことでこの場にいる者たちがほとんどのはずだ。そんな君たちが、すぐに私の言葉を信じるのは難しいかもしれない。だが、どうかまずは私の話を聞いて欲しい。そして、これから話すことを聞いた上で、君たちにはこれからどうするのかを決めてもらいたい」
「本当に皇女殿下なのか?」
「わからん。けど、本当に皇女様ならなんでこんな所に……」
「とりあえず、今は話を聞いてみよう。現に、俺らを監視していた奴らを捕まえてくれたんだ。本物かどうかはその後に考えればいい」
「そうだな」
彼らもようやく落ち着いたことで冷静な判断が出来るようになり、逆に皇族であるシャルエナが何故こんな所にいるのかという疑問を抱き始めたようだが、まずは話を聞いてみることにしたようだ。
「ありがとう。まず、皆が一番疑問に思っているであろう私が何故ここにいるのかについてだが、それは君たちを助けるため、私と友人たちでこの場所へと潜入したのだ」
「俺たちを助けるためですか?」
「その通り。私が首都にあるシュゼット帝国学園に通っていた時、こんな噂を耳にした。国境沿いの村で、住民たちの姿が消えている。以前よりも冒険者たちの生還率が下がったとね。
しかし、実際にそういった報告は上がっておらず、父上たちですらその噂の真実について知りはしなかった。だが、私は違う。火の無いところに煙は立たないというが、実際に村人たちの姿が消えているという事実がない限り、そんな噂も立たないはずだ。
だから私は、自身の目で確認したくなったのだ。本当に村人や冒険者たちが姿を消しているのか、消しているのであれば、彼らはいったいどこに行ってしまったのか。
その事実を確認するため、私は信頼できる友人たちと共に姿や身分を偽り、敢えて怪しい組織に捕らわれ、その動向を探っていたのだ」
「なるほど」
「そうだったのか」
「俺たちのために殿下が自ら来てくださるなんて」
シャルエナの話を聞いた冒険者や村人たちは、感動したのか涙を浮かべたり何かを決意したような表情に変わるが、残念ながら彼女の話はほとんどが嘘である。
村人や冒険者たちが姿を消しているなんて噂は首都の方までには届いていないし、当然ながらシャルエナだって俺が話すまではこの話の存在すら知らなかった。
だが、人間とはそんな真実など実際はどうでも良いもので、本当に重要なのは、自分たちが助かるのかどうかという事実だけである。
故に彼らが本当に待っている言葉は、ここに来るまでの経緯の説明などではなく、この後はどうなるのかという事についてだった。
「そして、私がここに連れてこられる前、カーリロの町でヴァレンタイン公爵領の方に連絡を送っておいた。騎士たちがすでに近くまで来ているはずだから、君たちももうすぐ助かることだろう」
「よ、よかった!」
「やっとここから出られるんだ!!」
待ちに待った助かるという言葉。
その言葉を聞いた瞬間、冒険者や村人たちは全員が大声をあげて喜ぶが、もちろんこれも嘘である。
助けなんてものは端から呼んでいないし、元々この国のことは俺たちだけで片付けるつもりだったため呼ぶつもりもなかった。
だから外に出て待機していたとしても、助けなんて来ることは一生ないだろう。
「だが、ここは君たちも知っての通り地下にある。いくらヴァレンタイン公爵家の騎士といえど、サルマージュの連中と戦ってこの場所を見つけ出すのは難しいはずだ。だから、私たちは私たちでこの場所から地上に脱出し、早めに騎士たちと合流しようと思う」
「脱出ですか?」
「ですが、脱出なんてしたら戦闘になるんじゃ」
「そうしたら、俺たちの方が危険だと思うんですが……」
シャルエナが脱出することを提案した瞬間、村人たちを中心に困惑と恐怖の感情が広がり始め、彼らから戸惑いの声が漏れ始める。
「そこは安心してくれ。先ほど、私の友人たちの動きを見た者も多いと思うが、彼らは強い。それに、この場には私たち以外にも冒険者が数多くいる。私たちと彼らが力を合わせれば、騎士たちが来るまでの少しの間、誰一人欠けることなく耐えられるはずだ。だが、そのためには君たちの協力が必要だ。どうか頼む。私に協力し、力を貸してもらえないだろうか」
シャルエナはそう言って頭を下げると、今度は村人たちだけでなく冒険者たちも驚いた様子を見せた。
しかしそれもそのはずで、本来であれば国の頂点に立つべき皇族が、ただの村人や冒険者たちに頭を下げるなど前代未聞であり、命令ではなくお願いをしたこともまた異例だったからである。
「……みなさん、やりましょう」
すると、やはりというべきか、この状況で真っ先に乗ってくるのは正義感の強いシュードであり、彼は感情が昂っているのか魔力を溢れさせながら冒険者たちの方に目を向ける。
「僕たちは冒険者です。力があり、戦闘での経験もある。そんな僕たちが今力を合わせて他の人たちを守らずして、いつ守るというんですか!!」
「だ、だか……相手の数はこちらよりも多い」
「そうだ!それに、本当に騎士が助けに来てくれるのかもわからないじゃないか!」
「みなさんの気持ちはよくわかります。相手の数が多く、不明確な部分もあるかもしれない。でも!国のトップの一人である皇女殿下が頭を下げ、騎士が来ると言ってくれた!そして、自身の危険も顧みず、みなさんを助けるためにここまで来てくれたんです!なら、その正義の心に、そして信頼と彼女の覚悟に僕たちも応えるべきではありませんか!!」
シュードの感情が最高潮に達した瞬間、彼の魔力がまるで爆発でもしたかのように広がり、この地下施設全体を満たしていく。
「うっ……」
「あ、頭が!」
「なん…だ。これは……」
その魔力に触れた途端、近くで状況を静観していたアイリスとミリア、そしてシャルエナが突然苦しみ出すが、俺が魔力を少しだけ解放して彼女たちとシュードの魔力の間に壁を作ると、すぐに呼吸を整え始める。
「はぁ、はぁ……」
「頭が……割れるように痛いです」
「何だったんだ。先ほどの妙な感覚は」
(なるほど。やっぱりあの魔力には何かあるな)
元々あいつの魔力に何かあるとは思っていたが、実際に近くでこの現象を見せられると、一種の催眠あるいは魅了の効果があると見て間違いなさそうだった。
その証拠に、俺の魔力で防がなかった他の冒険者や村人たちは……
「そう、だな。その通りだ!殿下が俺たちのためにここまでしてくれたんだ!なら、俺たちもその思いに応えなくてどうする!」
「あぁ!一方的に助けられるだけじゃ男が廃るぜ!ここは一発かましてやろう!」
「私も最初は、自分の故郷の人たちを守りたくて冒険者になったんだ!今動かなくていつ動くっていうのよ!!」
先ほどまで後ろ向きだった冒険者たちは、その姿や躊躇いが嘘だったかのように盛り上がりやる気を見せ始め、村人たちも勇気をもらったのかその表情に恐怖は感じられなくなっていた。
(これは面白いものを見せてもらったな。もしかしたら、過去でもこうやって洗脳していたのか?)
実際にこのような光景を直接目にしたことがある訳ではないので分からないが、過去のアイリスやミリアたちが突然変わったことを思うと、その可能性は十分に高いと言えるだろう。
(まぁ、どうでもいいけどな)
しかし仮にそうだったとしても、過去の出来事はすでに終わったことであり、あの時の彼女たちが例え洗脳されていたのだとしても、今の俺にはなんの関係もない話だ。
この世界で過去の記憶があるのは俺だけだし、その時の記憶がない彼女たちに憎悪し復讐したところで、何の面白みもなければ達成感もない。
寧ろ俺にとってはそんな無駄な感情を抱くよりも、今残っている楽しみたい、強くなりたい、早く死にたい、そんな僅かに残った感情に従って生きた方がよほど有意義なのだから。
「殿下。指示を」
「わかった。ではこれより!我々の叛逆を始める!全員、私についてこい!!」
『おぉー!!!!!』
シャルエナの掛け声と共に勢い良く地上へと向かって階段を駆け上っていく冒険者や村人たちは、そのまま扉を蹴り破り、見事に地下施設から脱出する。
「な、なんだ?!」
「なんでこいつらが!!」
「どけぇぇぇ!!!」
地下施設へと繋がる扉を見張っていた男たちはまさかの展開に驚いた様子を見せるが、冒険者たちはそんな彼らを気に留めることなく吹き飛ばすと、そのまま入口の方を目指して駆け抜けていく。
そんな中、ゆっくりと歩きながら地下施設から出てきた俺は、いつの間にか冒険者たちの群れから抜け出したシャルエナと、俺と一緒に歩いて出てきたアイリスとミリアとで彼らを見送る。
「さて。あっちはあの男に任せて、俺たちは俺たちのやるべきことをやるとしよう」
「はい」
「わかりました」
「わかった」
「それじゃ、最初は派手にいくとしますか」
そう言って地面を軽く蹴った俺は、飛行魔法を使ってサルマージュの空に浮かぶと、大きな満月を背にしながらニヤリと笑うのであった。
「さぁ、始めるとしようか」




