愉悦愉悦
「おら!死ねやクソ野郎!」
「てめぇらのせいで俺たちはこんなところに連れてこられたんだぞ!」
「何が私は悪くないよ!ギルドも関与してたこと知ってんだからね!」
俺たちがカーリロの元騎士たちのもとを離れると、同じタイミングで彼らを狙っていた冒険者たちが集まり、それから集団での袋叩きが始まった。
「や、やめてくれ!今腕が折れた!きっと折れたはずだ!」
「すいませんすいませんすいません。私が、私が悪かったです!だからもう許して!!」
「んぐ!んぐぐ!」
元騎士やギルド職員たちは必死になって止めようとするが、ここに連れてこられた冒険者たちの怒りは一向に収まらないようで、彼らが拳を止めることはない。
さらにはここでのストレスが溜まっていたのか、関係の無い冒険者たちまで加わり殴る蹴るの暴行が続くが、不思議なのことに彼らが死ぬようなことは無かった。
「痛い痛い痛い!もうやめてくれ!悪かった!俺が悪かったから!!」
「もう、痛いの嫌だ。死ぬ。死にたい。死なせて。死ねない……」
「んぐぐ!んぐ!んぐぅぅぅ!!」
彼らの声から段々と力がなくなっていき、冒険者たちもようやく飽きたのか最後の一人が思い切り蹴って唾を吐き捨てると、その場にはボロボロになり、血や涙で汚れている男たちが転がっていた。
「ふふ。良い見世物だったな」
「ルーナさんが楽しそうで良かったです」
「私も見てて少しスッキリしました」
「君は何とも酷い事をするものだね」
俺は満足感で胸を一杯にしながら笑うと、近くにいたアイリスとミリアも一緒になって楽しそうに笑うが、シャルエナだけが引き気味に俺のことを見ていた。
「彼らが死なないように継続的に回復魔法を掛けるとか、やることがエグすぎるよ」
「そうかな?みんな気が済むまでやれたんだし、それで良く無い?因果応報ってやつだよ」
実は彼らがいくら殴られても死ななかったのは、俺がタイミングを見て回復魔法を掛けていたからで、冒険者たちは殴るのに必死で気づいていなかったようだが、彼らはすでに何度も身体中の骨が折れ、内臓が破裂しては回復させられていたのだ。
「世の中、全員が同じ立ち位置で生きてるわけじゃ無いからね。上の立場の人がいれば、下の立場の人もいる。上の立場の人はその下にいる人たちを見て優越感に浸るし、下の立場の人は上にいる人たちを見て嫉妬する。特にこの場所は監禁もされている訳だからストレスも溜まるだろうし、あんな風に吐け口になる奴らが必要なんだよ」
「それはわかるけど、何もあそこまでしなくても……」
「言ったでしょ?因果応報って。そもそも、彼らが冒険者や貧民を攫ってここに連れてこなければあんな風にはならなかった。結局、あれは彼らが自分で招いた結果であり、私はみんなが怒りをぶつけてスッキリできるように手伝っただけさ。それより、もう飽きたし私たちもここを離れようか。あのショーは一回見れば十分だよ」
シャルエナは未だ完全には俺の言葉を飲み込めていないようだが、それでも理屈は理解できているのかそれ以上は何も言うことはなく、黙って移動する俺たちの後について来た。
ちなみにだが、殴られている間ずっと「んぐんぐ」と言っていたのはカーリロの冒険者ギルドでギルドマスターをしていた男で、彼は冒険者に囲まれると真っ先に口に詰め物をされ、言葉を発することすら許されずに殴られ続けていた。
多少は面白かったショーが終わりその会場からしばらく移動すると、俺たちは人気のない場所へと辿り着く。
そして、認識阻害と遮音魔法を周囲に掛けて周りに誰も居ないことを確認すると、今後のことについて最終確認を行う。
「さて。これからのことについてだけど、まず当初の予定では、サルマージュに入ってからは一週間ほど様子を見なが情報を集める予定だった」
「そうだね。奴隷商人とこの国のリーダーが繋がっている証拠を集めたり、国の様子を見て本当に戦争の準備をしているのか調べると言っていたね」
「けど、私的にはもうその必要は無いと思ってるよ。現にこうして地下施設には冒険者や攫われた人たちが集められている訳だし、竜人族のフーシルからも戦争の準備をしていると聞いている。なら、あとは証拠を集めればいいだけだ」
「ですが、その証拠はどうやって集めますか?ここは地下施設ですし、簡単に抜け出すことはできそうにありませんが」
「そこは面倒ではあるけど、私が転移魔法でサクッと取りに行ってくるよ。フーシルを脅せば簡単にそれらしい物をくれるでしょ。そのついでに、自称人畜無害の奴隷組合からもいろいろ集めてくる。繋がりがないとか言われると面倒だしね」
俺は考えられる面倒ごとは徹底的に避け、相手に言い訳の余地を与えない主義なので、仮にサルマージュや他国が奴隷商人とは繋がりが無いと言い逃れしようとも、その逃げ道を与えるつもりは一切ない。
「でも、そうしますとルーナさんにばかり負担が増えてしまいます。転移魔法も魔力を多く消費するでしょうから、その後にすぐ戦闘というのも難しいでしょう」
「あぁ。だから、証拠集めに行くのは明日にして、事を起こすのは三日後にするつもり。二日も何もせずじっとしてれば、魔力は完全に回復するよ」
ミリアの言う通り、現在の俺の魔力量はかなり多いのだが、それでも転移魔法を連発すればあっという間に底が尽きるし、長距離の転移だって片道しか不可能だ。
だが、前にソニアの実家で見つけた自然魔力を意図的に体内へと取り込み、瞬時に自身の魔力に変換する技術を使えば直ぐに魔力を回復することができるが、残念ながらその技術もまだ完璧に扱える訳ではないため、今は回復時間を早めることしかできない。
「それと、3人が活躍するのはここを出てからだし、君たちは私より魔力回復も遅いだろうから、今回は温存するように」
「わかりました」
「特にナルシェにはやるべき事があるんだから、魔力だけじゃなく無駄な体力も使わないこと。それと、他のことに気を回す余裕も無いよね?いい加減、この状況に責任を感じて悔いるのはやめて欲しい。正直言って鬱陶しいんだ」
「すまない……」
シャルエナは皇族という立場に居るためかとても責任感が強く、彼女がこの現状を飲み込めていないのも理解している。
しかし、ただでさえ彼女はローグランドという自身よりも強い相手と戦わなければならないのに、この状況を悔やんで暗くなられていては、正直言って邪魔でしか無い。
「ナルシェにはここを出る時に自身の正体を明かしてもらい、ここにいる奴らを引っ張ってもらう役割を任せるつもりだから。早く切り替えるように」
「わかった」
ここに来た目的の一つは、他国の皇族や貴族を攫ったためサルマージュが滅ぼされたという免罪符を作ることであるため、最後まで俺たちが姿を偽る必要は無い。
なので、作戦を決行する時には俺たち全員が本来の姿へと戻り、サルマージュの連中が帝国の皇女と貴族を攫ったという既成事実を作り上げる。
その後は混乱するであろう冒険者たちをシャルエナが皇族という立場を使って扇動し、先頭に立って行動してもらうというのが俺の考えた作戦である。
「そして全員でこの場を出た後、私は大規模な魔法を使うつもりだから、その後の戦闘は基本的に3人に任せることになる。問題ないね?」
「大丈夫です」
「問題ありません」
「わかった」
俺が魔法を使うと、恐らくはすぐに戦闘に参加できるほどの魔力は残っていないはずなので、その後の戦闘については3人に主体となって戦ってもらう必要がある。
(まぁ、魔力がなくても闘気があるから問題ないけど、雑魚を相手にするのもつまらないからな)
確かに俺は戦うことが好きだが、それでも必ず誰かと戦いたいというわけでも無いため、楽ができるのならそれに越したことはない。
だから魔法を使った後の戦闘は基本的に3人に任せ、俺は魔力を回復させながらサポートにでも回る予定だ。
その事を伝えると、アイリスとミリアは期待に応えるためかすでにやる気に満ちた表情をしており、シャルエナもローグランドのことを考えたのか自身がやるべき事を思い出したようで、覚悟のこもった表情へと変わる。
その後は周囲に掛けていた魔法を解除すると、交代で休みながら数時間を過ごし、翌日の証拠集めに奔走する夜を迎えるのであった。




