友達ができました
「ほら!着いたよ!さっさと降りな!」
大きな建物の前で馬車が止まると、先ほどまでとは雰囲気が変わったナグライアが、勢いよく扉を開ける。
「グズグズするんじゃないよ!動きが遅い奴は鞭打ちだからね!」
馬車に乗せられてた元毒蛇の鉤爪のメンバーやカーリロの町の元騎士たち、そして冒険者ギルドの元職員たちは腕や足を鎖で繋がれた状態で馬車から降りていく。
その姿はこの二週間でかなり疲弊したのかほとんどの者たちがやつれて気力がなく、毒蛇のメンバーに至っては精神崩壊している奴らもいるため涎を垂れ流しながら虚な目をしていた。
そして、最後に俺たちが降りたところで、建物の中から金の指輪やネックレスを付けた太った男が何人もの女を侍らせて出てくると、その男は気色悪い笑みを浮かべながらナグライアのもとへ近づいていく。
「やぁ、ナグライア。久しぶりだなぁ」
「ん?あぁ、ジェリームかい。わざわざ奴隷組合『人畜無害』の幹部が出迎えてくれるとはね。今日はどうしたんだい?」
ジェリームと呼ばれた男はナグライアと知り合いなのか、かなり親しげに話しかける。
しかし、俺がそれよりも気になったのはナグライアが口にした人畜無害という奴隷組合の名前であり、違法奴隷を売ってるにも関わらず人畜無害を名乗るとは、一周回ってそのネーミングセンスに拍手を送りたくなるほどだった。
「なに。前にプレゼントした馬車が屋敷の前に止まったんで、様子を見にきただけさ」
「そうかい。幹部ってのは、随分と暇なんだね」
「ぶはは!幹部はそこにいて下っ端を使えればそれで良いのさ。基本的な雑務は部下にやらせるもんだ。それにしても、今回はまた随分と多いな」
「ざっと50人くらいかね。前に多ければ多いほどいいって言ってただろう?」
「あぁ。だが、さすがに最低限の質はあるがな。あそこら辺の奴らなんかは、精神がいっちまってるのか焦点があってねぇし歩き方もフラついてやがる。ありゃあ破棄になるぜ?」
「ふん。持ってきたものをどうするのかはあんたに任せるよ。あたしは持ってこいって言われたから持ってきただけさ」
「そうか。んじゃあ、引き取りも終わったし、お前はもう帰るのか?」
「いや。今回はもう少し滞在するつもりさ」
「ん?珍しいじゃねぇか。いつもはこんな汚いところに居られないとかいって、すぐに帰っちまうのによ」
「まぁ、たまには良いかなと思っただけさ」
「そうかい」
ジェリームは少しだけ訝しむようにナグライアのことを見たが、すぐに先ほどと同じ笑顔に戻ると、手を叩いて近くにいた女を呼んぶ。
そして、その女から紙とペンを受け取り何やら書き込むと、その紙をナグライアへと渡した。
「この町にゃまともな宿屋なんてねぇが、ここなら比較的待遇も良いところだ。俺の名前でサインしといたから、例え部屋がなくても他の奴を追い出して泊まれるぜ」
「そりゃあ良いね。どこに泊まるか迷ってたところなんだ。ありがたく貰っておくよ」
「ぶはは!気にすんなよ!俺とお前の中じゃねぇか。これからも頼むぜ?」
「任せな。それじゃあ、あたしはもういくよ。馬車は帰りにでも回収に来るから、どっかに止めといてくれ」
「あいよ」
ナグライアはそう言って紙を受け取ると、その紙をひらひらと振りながらその場から離れ、どこかへと姿を消していった。
「さて。あとのことはお前らに任せるぜ。さっきも言ったが、精神が壊れてる奴や使えそうにない奴は破棄して構わん。適当に始末しておけ」
ジェリームは近くにいた部下たちにそう指示を出すと、胸元から取り出した葉巻きを口に咥えて建物の中へと戻っていく。
それから俺たちは、その場に残った部下たちによって使える奴と使えない奴で仕分けされ、使える組になった俺たちは彼らの指示によって建物の地下へと連れて行かれるのであった。
地下施設。そこはかなり広い作りをしており、下手をしたら国の下にもう一つの国があるほど広いその場所には、俺らの他にも数え切れないほどの冒険者や村人たちが集められていた。
(ふーん。これ全部どこからか攫ってきた人たちか。随分と頑張ってるようだな)
気配感知で調べてみると、この場には約二千人の人たちが集められているが、割合としては予想通り冒険者の方が多いようだった。
「こんなにも人が攫われていたなんて」
俺は攫われた人たちを見ても特に思うところは無かったが、隣にいたシャルエナは違ったようで、彼女は自分の国からこんなにも多くの人が攫われていたことを知り、かなり驚いているようだった。
「まぁ、ナルシェが知らないのは仕方ないんじゃない?ここにいるのは大半が冒険者で、村人の数はそれほど多くない。それに、元々奴隷だった奴らを連れてきたのなら、尚更気付かないはずだよ」
「それでも、私の本来の立場を考えれば知っておくべきことだったはずだ。なのに、私は何も……」
シャルエナは悔しそうにしながらそう言うが、俺からしてみれば彼女がこれまで気づけなかったのも、この状況を見れば仕方がないことだったと思う。
この地下施設に集められているのは大半が各地を旅する冒険者であり、彼らが突然姿を消したとしても、いなくなった直後は気にしようとも、数日も経てば誰も気に留めなくなる。
何故なら、冒険者は常に命を賭けて旅をしているため、誰がどこで死のうとそれが普通であり、その理由を探ろうとはしないからだ。
それに、同じような理由で一度奴隷に落ちた人間を気にかける人もいないため、例え奴隷がどこかに姿を消そうと誰も気づくことがない。
その点、ただの村人たちが姿を消せば心配したり捜索する人もいるだろうが、ルーゼリア帝国はかなり大きい国であるため、その内の小さな村で起きた失踪事件など皇族にまで話がいくはずもない。
(その点を考えれば、冒険者と奴隷を中心に人を集めるっていうのは、ほんと合理的だよな)
この地下施設に集められている人数は二千人とかなり多いが、最低限の食事は与えられているのか、極端に痩せたり餓死しそうな様子の人たちは一人もいなかった。
(まぁ。これから戦争の道具として使う戦力だからな。その前に飢え死にされたら意味ないか)
どこからこれだけの人数を満たせる食料を調達しているのかは分からないが、恐らくは協定を結んでいる他国からでも分けられているのだろう。
「着きました。皆さんは次の指示があるまでこの場所で待機してください。万が一脱走しようとした場合には、容赦なく殺すよう命令されておりますので、少しでも長く生きたい場合には無駄な抵抗はしないことをおすすめします。あとのことは、この場にいる他の方々にでも聞いてください。それでは」
俺たちをここまで連れてきたジェリームの部下はその言葉を残して立ち去ると、この場には俺たちを含めた35人ほどが残される。
ちなみにだが、残りの15人はミリアの毒によって精神が壊れてしまっていたため、破棄ということで別の場所へと連れて行かれた。
「くそっ!!なんで騎士の俺がこんなところに!!」
「私は何も悪くないのに。どうしてどうしてどうして……」
部下の男がいなくなると、騎士だった連中は癇癪を起こした子供のように喚き始め、ギルド職員だった連中はこの世の終わりを迎えたかのように絶望した表情でぶつぶつと喋り出す。
そんな彼らを周りにいた他の冒険者や村人たちが鬱陶しそうに見るが、その中には憎しみを込めた目で見ている連中も何人かいた。
「あれは随分と恨みが込められた視線ですね。恐らく、あの騎士やギルド職員によってここに連れてこられた冒険者たちでしょう」
「そうですね。元々カーリロの冒険者ギルドにいた冒険者と、貧民街にいた人たちかもしれません。これは、ひと騒動ありそうですね」
未だこの状況が飲み込めていないシャルエナとは違い、冷静に周囲を観察していたミリアとアイリスは、近くにいる騎士たちへと向けられた熱い視線を感じとる。
「ルーナさん。とりあえず場所を移しませんか?ここにいつまでもいたら巻き込まれそうですし」
「そうだね。私たちは高みの見物でもしようか」
彼らから向けられる視線に殺意すら感じ始めたところで、俺は面倒ごとに巻き込まれるのが嫌だったため、アイリスの提案に乗ってその場を離れた。