虐めるのが好き
ルーマルーニャの町に来てから五日。俺たちは一日だけ休みを挟んだ後、依頼を受けながら積極的に冒険者としての活動をしていた。
そのおかげか俺たちの名前はこの町に広く知れ渡り、たった五日で俺たちの名前を知らないものはこの町にいないほどとなった。
「おい見ろ、群青の彗星だぞ」
「まじだ。今日も美しすぎる」
俺たちがギルドへと入れば、すっかり見慣れた連中が今日もギルドの中に集まっており、仲間たちと一緒に依頼掲示板に群がっていた。
しかし、俺たちが入ってきたことに気づいた彼らは全員が左右に分かれると、俺たちを訳の分からない二つ名で呼び始める。
「この光景にも、すっかり見慣れてしまったね」
「ふふ。そうですね。みなさんも良い依頼を受けたいでしょうに、道を譲ってくださるなんてお優しいですね」
「この町には高ランクの冒険者が少ないですからね。寧ろ私たちが高ランクの依頼を処理しているので、助かっているのかもしれません」
この町に来てから数日が経ったが、初めてギルドに来たあの日から、他の冒険者たちは俺たちを見るたびにこうして道を譲るようになった。
初めて依頼を受けたあの日も、討伐した魔物たちの素材や討伐証明の部位をギルドに渡したところ、ギルド員たちからはかなり感謝され、その場にいた冒険者たちからは驚愕と尊敬の視線を向けられた。
ルーマルーニャの町は冒険者がいるとは言っても高ランクの冒険者がいるわけでは無く、一番高い冒険者でもCランクしかいない。
そのため、Bランクの依頼はたまに立ち寄った高ランクの冒険者が討伐してくれる程度で、依頼の消化数と依頼数の釣り合いが取れず、ギルド員たちはいつも頭を悩ませていたそうだ。
他のギルドに手助けを要請しようかと悩んでいた時に現れたのが俺たちで、俺たちが溜まっていたBランクの依頼をほとんど消化したことでその必要が無くなり助かったそうだ。
そんな俺たちが有名になったのはある意味必然であり、気が付けば群青の彗星なんて二つ名で呼ばれるようになっていた。
ちなみにだが、群青と言うのは俺の髪色からとっており、彗星は突如として現れた俺たちパーティーのことを指しているらしい。
「まぁ、これも目的の一つだからね。有名になる分には問題ないよ」
「そうですね」
「ここでの依頼も無くなってきたし、そろそろ次の町へ……」
「おいおい、お前たちが群青の彗星って呼ばれている冒険者たちか?」
小声で俺たちが話をしていると、依頼掲示板まで後少しと言うところで、顔や腕に刺青の入った五人の男たちが俺たちの前に現れる。
「君たちは?」
「君たちだぁ?随分お高く止まった呼び方してくれるなぁ?」
「俺たちゃあ、毒蛇の鉤爪ってクランのメンバーだ。隣町を島にしてるAランクのクランで、お前たちの話を聞いてこの町まで来たんだよ」
「おめぇたちの話は隣町まで聞こえてきてるぜぇ?何でも、Bランクの依頼を一度も失敗せずに達成しているらしいなぁ?」
「そこで、うちのクランリーダーからのお誘いだ。お前たちをうちのクランに入れてやるそうだ。ですよね、ボス?」
「うむ。クランリーダーは、お前たちがクランに入ることをお望みだ。ついてきてもらおうか」
シャルエナの言葉に対し、真ん中以外を刈り上げるという特徴的な髪型をした男たちが順番に長々と説明をしてくれるが、ようは俺たちを彼らが所属している毒蛇の鉤爪というクランに勧誘したいらしい。
「ふむ。君たちの話はよくわかったよ。でも、私はこのパーティーのリーダーではないからね。残念だけど、私が答えることはできないんだ」
「なら、どいつがリーダーなんだぁ?」
黄色の髪をした男が睨みながらそう言うと、シャルエナたちは一番後ろを歩いていた俺の方に目を向けてじっと見てくる。
「おめぇが群青のリーダーかぁ?」
シャルエナたちが俺を見てきたことで、毒蛇の男たちも俺の方を見てくると、何の意味があるのか分からないが全員で睨んでくる。
「はぁ。そうだよ。私がこのパーティーのリーダーだけど。何のようかな?」
「何のようって、さっき説明しただろうが!!」
「聞いてなかったのかおめぇ!!!」
「聞いていたはいたけど、興味がなさすぎて忘れちゃった」
「舐めてんのかテメェ!!!」
沸点の低い男はそう言って俺に詰め寄ろうとするが、その前に刀を抜いたシャルエナが男の首元に刀を添えると、喉から僅かに血が流れる。
「それ以上動くと、首が落ちることになるよ?」
「イッチー!!」
「他のみなさんも動かない方がよろしいですよ」
「これ以上動かれると、命の保障はできかねます」
イッチーと呼ばれた男を助けるため、同じ髪型をした他の仲間たちも動こうとした瞬間、アイリスが水魔法で二人を拘束し、ミリアが一人の男の背後に回って首元に短剣を当てる。
そんな一触即発の空気の中、俺の目の前に立っていたリーダーの男は顔色ひとつ変えず、じっと俺の方を見てくる。
「これは、俺たちの誘いを断ると言うことか?」
「察しが悪いな。お前たちの話を聞いてなかったて言った時点で察しろよ。それとも、その耳は飾りなのかな?」
「その選択…後悔することになるぞ」
「ふふ。私たちをお前らのような無名のクランが殺せると思わない方がいいよ。なんなら、次の目的地はお前らが拠点としている町に行ってやるから、町の名前を教えなよ」
「隣だと言ったはずだが?あぁ、聞いてなかったからわからないんだったな。人の話はしっかり聞いた方が今後の為にもいいと思うぞ?」
「アドバイスは感謝するよ。でもさ、隣ってどっちって話だよね?右なのかな?それとも左なのかな?間違って反対に行ったら、待っててくれるであろうお前たちに申し訳ないだろう?」
「……チッ」
これ以上の言い合いは部が悪いと感じたのか、男は不愉快そうに舌打ちをすると、嫌悪感を隠すことなく睨みつけてくる。
「右にあるカーリロという町だ。この町よりも大きくて立派な町だから、見たらお前らも驚くだろうな」
「そっか。なら、次はそのカーリロって町にでも行こうかな。着いたらどこを尋ねればいいのかな?」
「安心しろ。お前たちのことは、町を守っている騎士たちに話を通しておいてやる。検問の時にギルドカードを見せればうちのクランまで案内してくれるさ」
「それはご丁寧にどうも。なら、その時にお前たちのクランを潰せばいいんだな」
「はっ。俺たちがお前らを潰して可愛がってやるよ。安心しな、相手はたくさんいるから飽きることも休む時間もないからよ」
何とも下品な話ではあるが、世の中には女を自身の欲の対象としか見ていない連中もおり、こいつらのクランもそんな奴らが多いということだろう。
「そうか。なら、私たちが二度とそんなことができないようにしてあげるから、楽しみに待ってなよ。みんな」
俺が声をかければアイリスは魔法を解き、シャルエナとミリアも武器も下ろす。
「ほら。飼い主の元へお帰り、駄犬ども」
「本当に生意気な女だ。それがいつまで続くのか楽しみだな。お前ら帰るぞ」
リーダーの男がそう言って部下たちを連れてギルドから出て行こうとするが、俺はそんな男にもう一度声をかけて呼び止める。
「待ちなよ」
「なんだ」
「カーリロの町が右側にあるのはわかったけど、北門と南門のどっちから出た方の右かな?」
「北門だ!!クソが!!」
俺の最後の煽りが効いたのか、男は怒りを隠そうともせずそう吐き捨てると、荒々しい態度でギルドから出ていった。
「ふふ。人を虐めるのは楽しいなぁ」
「ルーナ。君、今とても悪い顔してるよ?」
「そうかな?」
「はい。ですが、とても素敵です」
「それで、ルーナさん。次は彼らがいると言う町に向かうのですか?」
「そのつもりだよ。この町ではほとんど目的を達成したし、あのクランが最終目標と繋がっている可能性もある。情報を聞き出すついでに潰してもいいかなって」
「私たちは君の指示に従うよ」
「はい。ルーナさんがリーダーですから」
「どこまでもお供します」
アイリスたちも異論は無いようで、俺の話を聞くとすぐについてくる意思を示してくれた。
「まぁ、今日はとりあえずいつも通り依頼を受けよう」
俺はそう言ってこの話を終わらせると、すっかり空気となってしまっていた他の冒険者たちに見られながら、適当な依頼を手に取るのであった。