受け入れること
ライアンを片付けた俺は、端の方でここまでのやり取りを見ていたフィエラたちと合流する。
「エイル…」
すると、シュヴィーナが何かを言いたそうに声をかけてくるが、俺はそんな彼女を無視して横を通り過ぎると、家の中へと戻っていく。
その時、俺らを囲んでいた他のエルフたちは恐怖を感じさせる瞳で俺のことを見ると、自然と道を開けてくれた。
家に戻った俺たちは黙って席に座ると、しばらく沈黙が流れる。
しかし、シュヴィーナが一度深呼吸をして意を決したような表情に変わると、俺の方を見てきた。
「エイル。さっきのことだけど…」
「なんだ?」
「ライアン様のことだけど、いくらなんでもあれはやりすぎじゃないかしら」
「何故だ?結果的に生きているんだし問題ないだろ」
「それはそうだけど…でも、あんなに一方的な状況で嬲るなんて…」
シュヴィーナは俺が最後にライアンを嬲ったことに感じるものがあったのか、そう言うと少しだけ非難するような表情へと変わる。
「それに、あなたはライアン様と戦っている時、彼を見ているようで見ていなかった。あなたはあの時、いったい誰と戦っていたの?」
どうやらライアンと戦っていた時、主人公のあいつとライアンの行動が似ていたせいか、途中から主人公を相手にしている気になっていたのがバレていたようだ。
だが、俺にはそのことを正直に話すつもりはないし、当然だが過去のことを話すつもりもない。
「なぁ、シュヴィーナ。俺とお前の関係はなんだ?」
「と、突然どうしたのよ」
「いいから答えろ」
「えっと、パーティーを組んでいる仲間だわ」
「そうだな。ただそれだけの関係だ。だから同じパーティーにいるからといって、自分の全てを話すわけじゃないんだよ。
お前にも話したくないことがあるように、俺にも話したくないことや関わってほしくないことはある。今回の件がまさにそれだ。だから二度と聞くな」
俺は脅す意味も込めて魔力でシュヴィーナを威圧すると、彼女は冷や汗をかきながらこくりと頷く。
「フィエラ。俺は部屋で休む。あいつのせいで気分が悪い」
「わかった。尻尾はいる?」
「…あとで頼む」
「わかった」
これまで何かあるごとにフィエラの尻尾を触らせてもらっていたせいか、今ではストレスが溜まったり精神的に疲れた時に彼女の尻尾で癒されたいと思うようになってしまった。
(あの触り心地には逆らえないんだ。仕方ない)
別にフィエラに絆されているとか、彼女が気になるとかではないが、これまでの人生であれほどモフモフと肌触りが良く落ち着くものもなかったため、疲れた時などはあれを求めてしまうのだ。
その後、ライアンのせいで精神的に疲れてしまった俺は、フィエラに起こされるまで部屋で休むのであった。
~sideフィエラ・シュヴィーナ~
ルイスが疲れた様子で部屋へと戻ると、その場にはフィエラとシュヴィーナの2人だけとなった。
「フィエラ?どこいくの?」
すると、フィエラも席を立ってどこかへと行こうとしていたので、シュヴィーナは思わずそんな彼女を引き止めてしまった。
「自分の部屋。あとでエルに尻尾を触ってもらうから、最高の状態にしないと」
フィエラはそう言うと、嬉しそうに尻尾を揺らしながら珍しくニコリと笑う。
しかし、そんなフィエラを見たシュヴィーナは、さっきのルイスの姿を見たにも関わらず何も感じていない様子の彼女に疑問を感じる。
「フィエラ。あなたはさっきのエイルを見て何も感じなかったの?おかしいとか、異常だとか…」
「ん?別に何も。最初にエルが怒った時は驚いたけど、それよりも戦い以外で感情的になってくれたことが嬉しかった。新しいエルが見れて嬉しいかった。ただそれだけ」
フィエラのこの言葉は偽りのない本心であり、それが彼女の瞳から伝わってきたシュヴィーナは思わず言葉を飲み込んでしまう。
「…やっぱりおかしいわ。エイルのあの行動や考え方も異常だけど…フィエラ、あなたもおかしい。どうしても私には理解が…」
シュヴィーナはこの旅の中で、ルイスのこともフィエラのこともそれなりに理解したと思っていた。
例え本当の身分や目的を教えてくれなくても、自分なりに2人のことを見て知ろうとしてきた。
だが、結果は彼らの本質を何も理解することができず、自分もソニアと同じなのではないかと思い始める。
「シュヴィ、前に自分でソニアに言ったよね。人はこれまでの経験や周りの環境によって、価値観や考え方が変わるって。
私もその通りだと思う。エルにはエルの過去があるように、私には私の過去がある。それはシュヴィも同じ。シュヴィにもこれまでの経験や過去があるから、私たちの全てを理解するのは無理」
「わかって…るけど。これじゃあ私もソニアと同じ…」
「でも、シュヴィはソニアとは違う。私たちのことをちゃんと理解しようと寄り添い、その結果、理解できなかっただけ。気にすることはない」
「でも…」
シュヴィーナは2人のことが好きだった。残虐で敵には容赦しないルイスだが、仲間には何だかんだで甘いし優しい。
フィエラもルイスを優先するところはあるが、自分にも優しくしてくれたし、表情はあまり変わらないが、その分素直に動く尻尾や耳が可愛いと思う。
そんな2人が好きだったからこそ、2人を理解しきれていないことが悔しかったのだ。
「フィエラは、まるで彼の全てを理解しているみたいで羨ましいわ」
シュヴィーナは、フィエラがルイスの全てを理解しているような態度が羨ましくて、思わず本音が漏れ出てしまう。
「ん?私もエルの全てを理解しているわけじゃない。ただ彼の全てを受け入れているだけ」
しかし、そんな言葉を受けたフィエラは、首を傾げながらそんなことを言った。
「受け入れている?」
「そう。私もエルに何があったのかはわからない。でも、私はどんなエルでも好き。例え彼が世界を滅ぼすと言い出しても、私は彼のそばに居続ける。それだけ私は彼が好きで、どんな彼でも受け入れているだけ」
「どうしてそんなに…」
「好きだから。あと、何故か彼の側を離れちゃいけない気がするの」
「はは、敵わないわね」
フィエラの覚悟を聞いたシュヴィーナは、思わず乾いた笑みを浮かべる。
「私、やっぱり2人の邪魔よね」
「ううん。それは違う」
「え…?」
「私は確かにエルが好きだし愛している。そしてその分、彼にも愛して欲しいとも思ってる。でも、それは私だけじゃない。彼には大切な人をたくさん作って欲しいとも思ってる」
「どうして?」
「エルはああ見えて人と接するのが好き。それは彼の優しいところや面倒見のいいところを知っているシュヴィも分かるはず。
でも、その気持ちがあるから、余計に過去の何かのせいで人を遠ざけようとしているんだと思う。
私はそんなエルに幸せになって欲しいと思ってる。そして最後は大切な人たちにみとられながら死なせてあげたい。そうしたら私も後を追うけどね。
その大切な人の中に、シュヴィもいてくれたら私は嬉しい。シュヴィもエルに惹かれてるんでしょ?」
「フィエラ…」
フィエラの言っていることはどこまでもルイスを思っての考えであり、どれだけ彼を大切に思い考えているのかがシュヴィーナに伝わる。
そして、シュヴィーナは自分がルイスに惹かれていることを言い当てられ、自然と彼女の名前を呟いてしまった。
「最後に決めるのはシュヴィだよ。私はシュヴィなら一緒にいても構わないから」
フィエラはその言葉を最後にシュヴィーナに背を向けると、そのまま自分の部屋へと戻っていく。
「私が決める…」
1人残されたシュヴィーナは、先ほどのフィエラの言葉を心に刻みながら、自分がどうしたいのかを考えるのであった。




