神樹国
魔導国ファルメルを出てから1ヶ月半が経ち、俺たちはようやく神樹国オティーニアが見えるところまでやって来た。
というより、オティーニアは世界樹という巨大な樹を中心に、それを囲むように出来ている森の中にある国なので、世界樹だけで言えばだいぶ前から見えていた。
しかし、世界樹があまりにも大きすぎるせいか、世界樹が見えてからの道のりが長く、ようやく国を囲う森が見えるようになったという感じだった。
「すごい森だな」
「ん。樹以外何も見えない」
近くで見てみると、周りにあるのは全て樹ばかりで、街のようなものはどこにも見当たらない。
「オティーニアの街はこの森を進んだ内側にあるわ。国の大きさだけで言えばそこまで大きくはないけれど、この森も含めると一番大きいのは多分ここオティーニアになるわ。
そしてこの森には、悪意を持った人を道に迷わせる特殊な魔法がかけられているの」
俺はシュヴィーナの話を聞いて目に魔力を集めて改めて森を見てみると、確かに森全体を囲むように魔法がかけられているのが見てわかった。
「すごいな。この規模の森にどうやって魔法をかけているんだ?」
「それはこの国の中央に王城があってね。そこの奥にアーティファクトがあるの。そのアーティファクトがこの結界を張っているのよ」
アーティファクトとは古代文明時代に作られた魔道具で、今の技術力よりも高度な技術を誇った時代に作られた魔道具は、この結界なようにとてつもない力を秘めているのだ。
「随分と詳しいんだな」
「まぁね。私のお母さん、今の王妃様の妹なのよ」
「は?」
「つまり、私って王族の人たちと親戚なのよね。だから王城にも何回か遊びに行ったことがあるし、王族の人たちとも会っているわ」
「じゃあ、お前は貴族とかなのか?」
「いいえ。確かにそれなりに良い暮らしはしていたけど、貴族ってわけじゃないわ。
この国は少し特殊でね?人間のように貴族や平民という分け方はしないのよ」
俺は訳がわからず詳しく話を聞いてみると、どうやらこの国は王を頂点としてはいるものの、基本的にはみんなで協力して生活をしているそうだ。
そのため、人間のように爵位で身分を分けたりすることは無く、せいぜいあるのは4つに分けられた区画を、代々治めている区画長が管理するくらいだそうだ。
そして、4つの内の東側の区画長をしているのがシュヴィーナの母親の家らしく、彼女の伯母にたまたま出会ったその時の王子が一目惚れをしたらしく、しばらく仲を深めた後、2人は結ばれたらしい。
「お前って喋り方から何となくわかってたが、本当に良い身分だったんだな」
「ん。シュヴィにぴったり」
「もう。2人で揶揄わないでちょうだい。ほら、いくわよ」
シュヴィーナは改めて言われた言葉が恥ずかしかったのか、長い耳を赤らめながら視線を逸らすと、そう言って森の方へと歩いていく。
「ふふ。行こう、エル」
フィエラはそんな彼女の姿に少しだけ微笑むと、俺の手を握って引くようにして歩き出す。
そして俺たちはついに、最後の目的地である神樹国オティーニアへと足を踏み入れるのであった。
森に入ってから30分ほど歩くと、森の中に木で作られた巨大な門という何とも不思議なものが目の前に現れる。
そして、その門の上には見張り台のようなものがついており、そこから俺たちを見下ろす視線がいくつか感じられた。
「ここが国に入るための門よ。門は全部で4つあるから、各区画にある事になるわね。
ここは私の両親が管理している東の区画だがら、待っていればすぐに門は開くと思うわ」
彼女がそう説明をすると、見張り台の上から1人の男が降りてきて、風魔法で勢いを殺しながらゆっくりと地面に降り立つ。
「お前はシュヴィーナか?久しいな」
「お久しぶりです、ジルさん」
「もう旅は終わったのか?」
「いえ。実は私の仲間がエルフの国に用があるらしく、そのために一度帰って来たんです」
「なるほど」
ジルと呼ばれた男はそう言うと、明らかに警戒した様子で俺とフィエラのことを見てくる。
「そなたたちがシュヴィーナの仲間か。この国にはどのような理由で来た?」
「どうしたのジルさん。そんなに2人を警戒して」
さすがにシュヴィーナも彼が異様に警戒している様子が気になったのか、戸惑いながら理由を尋ねる。
「まずは彼らがここに来た理由を聞いたからだ。シュヴィーナの仲間を疑うようですまないが、今は必要なことなんだ」
「ふぅ。そうですね。ここに来た理由…まぁ、こういうと怪しさが増すと思いますが、あえて言いましょう。この国を助けに来たとね」
「助けに来た…だと」
「えぇ」
俺がそう言うと、ジルは案の定さらに警戒した様子を見せ、持っていた槍をいつでも動かせるように握り直す。
「この国の状況。今かなり大変なことになっているんでしょう?例えば、世界樹が何故か弱り始めているとか。しかもその原因が未だ分かっていないとかね」
「な?!」
「ど、どういことエイル!世界樹が弱っているなんて!」
「俺はその原因を知っていますよ?そして、その原因を排除しに来た。さて、どうしますか?ここで俺たちを追い返して手掛かりを無くすか、それともまずは話を聞いて見るか…選んでください」
「…少し待ってくれ。さすがに私1人では決められない。王に聞いてみる」
「構いません。国にとって大事な話でしょうし、じっくり話し合ってください」
動揺した様子で俺のことを見ていたジルだったが、そう言って風魔法で宙へ浮くと、そのまま門の内側へと入っていった。
「エイル。さっきのはどういうことなの」
「あとで話すよ。2回も説明するのは面倒だ」
すると、今度はシュヴィーナがさっきの話について尋ねてくるが、同じ話を二度もするのが面倒だった俺は、そんな彼女を放置して樹を背にしながら座った。
「寝る?」
「ん?あぁ、長くなりそうだからそれまで寝るよ」
「なら、私の膝を使っていい」
「なら、そうさせてもらう」
フィエラは隣に座ると、自身の膝を軽く叩きながらそう言うので、俺は彼女の言葉に甘えて膝を貸してもらう。
そして、彼女は俺が横になったのを確認すると、尻尾を腰のあたりに巻き付けてくる。
「戻って来たら起こすから」
「あぁ。頼む」
「おやすみ」
俺はフィエラのその言葉を最後に、ここにくるまでずっと探索魔法を使っていた疲労から、すぐに眠りへとつくのであった。
ルイスがすぐに寝息を立て始めると、近くで落ち着きのない様子でうろうろしていたシュヴィーナがフィエラへと話しかける。
「彼、寝たの?」
「ん」
「本当、よく眠れるわ。私なんて、さっきの話が気になって落ち着かないのに」
シュヴィーナは目の前で心地良さそうに眠るルイスと、そんな彼を愛おしそうに撫でるフィエラを見たあと、何だか1人で不安に思っているのも馬鹿らしくなり、フィエラの隣へと腰を下ろす。
「エイルの様子はどう?」
「ん。だいぶ疲れてるみたい」
「そう。やっぱり彼でも、アーティファクトの張った結界を避けながら探索魔法を使うのは大変なのね」
ルイスはこの森に入ってからすぐ、森全体に探索魔法を使用して何かを探っているようだった。
それが何だったのかは2人には分からなかったが、それでも彼が精神的にも魔力的にもかなり疲労していることは分かっていた。
「今はゆっくり休ませてあげよう」
「そうね。これから何が起きるのかはわからないけれど、エイルの力が必要になるのは確実だもの」
2人はその後、ルイスを気遣って話をすることはなく、ジルが戻ってくるまでただじっと座っているのであった。




