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 家に帰る頃には、午後の九時を過ぎていた。当然、義父はまだ帰って来ていない。さっそく家事に取り掛かろうとして、スミカに声をかけられた。 


「ねえ、紙とペンがあったら貸して欲しいんだ」


「ああ、良いよ」


 筆箱と使っていないノートを差し出す。


「ありがとう」

「何に使うの?」


「この世界の文字と私の世界の文字って、結構違うんだよ。少し、勉強しようかなって思ってさ。アヤト君も教えてよ!」


「ああ、そういうことね。用事が終わったら、いくらでも教えてあげるよ」


 まず初めに彼女にシャーペンやボールペンの使い方を教えてから、僕は一階に降りた。


 深夜、みんなが寝静まった頃合いを見て、ベッドから抜け出す。開け放した窓から風が入り、カーテンが揺れる。カーテンの隙間から、薄い月明かりが漏れていた。ロフトの上からは、スミカの寝息が聞こえてくる。それ以外の音は、何もない。


 夜の町を疾走するバイクの音も、深夜の猫の大合唱も、今日は聞こえない。


 ベッドの上に置いてあるデジタル時計を見ると、時刻は深夜の一時半だった。床に用意しておいたナマハゲTシャツに着替えてから、外に出る。


 真夏の深夜は、昼とは違い少し涼しい。それでも、まとわりつくような熱気は未だ健在だ。月は随分と痩せ細っていて、限界まで引き絞った弓のような形をしている。


 自転車に跨り、目的の場所を目指す。自宅から最寄駅に向かうための自転車だ。この前乗り捨てた自転車は、駅から学校に向かう用。


 火照った体に夜風が当たり、汗が後ろに流れていく。三、四十分くらいして、舗装された道路から茶色い土が剥き出しになった道路へと変わった。


 目的の場所まで、あと少しだ。


 左手には青々と茂る木々が見える。確か、この辺だった筈だ。


 僕は昨日の記憶を頼りに、自転車を止める。道路の端に自転車を寄せて、森の中へと踏み込んで行った。


 ここはスミカと初めて会った森だ。もしかしたら、まだスミカの花飾りがあるかもしれない。


 兵士達に注意しながら、慎重に進んでいく。音を立てないように、最新の注意を払う。たっぷり時間をかけて、やっと、初めてスミカと会った道に出る。


 耳をすます。聞こえてくるのは虫の鳴き声だけだ。それ以外の人工的な音は何も聞こえない。


 スマホのライトを頼りに、周辺をキョロキョロと見渡す。花飾りを落とした場所は案外早く見つかった。どこら辺で落としたのかあまり記憶がなかったのだが、良い目印があったんだ。


 兵士の一人が使った魔法の痕跡が、その場所にはあった。隆起した土の塊が、山のように盛られている。その近くにはごっそりと土が無くなった穴がある。恐らく、あの手の形をした土塊の残骸だ。


 その付近を入念に捜索したが、やはりスミカの花飾りは見つからなかった。念のため土の山を崩して中を調べてみたが、やはり花飾りは落ちていない。


 近くの木に寄りかかり、はあ、と深くため息をついた。


 花飾りは兵士達の手によって持ち帰られたのかもしれない。僕は彼女に、花飾りを返してあげることができなかった。


 それから再び自転車に跨って家へと戻る。


 時刻は早朝の四時前だ。空が白み始めた頃、部屋に着いた。音を立てないよう慎重に部屋に入って、気づいた。


 頭上から、微かに鼻を啜る音が聞こえた。音の発信源は、ロフトだった。


一定の間隔で、何度も何度も、鼻を啜る音が響く。時折、ティッシュを引き抜く音も聞こえてくる。


 ロフトで眠っているのは、スミカだ。声を押し殺して泣いているのだろうか。途端に、やるせない気持ちになった。


 僕は、彼女から大切な花を奪ってしまった。そして、その花を返す事ができない。

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