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「うおお、私、これやりたいな!」
翌朝、食い入るようにテレビを見ていたスミカが叫んだ。
テレビでは若手女優が都内にある有名お化け屋敷に挑戦するという企画が放送されている。あの超有名お化け屋敷にカメラ初潜入と煽りが加えられていた。
あの手のこの手を尽くして襲いかかってくるお化け達に、若手女優は「きゃあきゃあ」と叫び声をあげる。
スミカはお化けが出てくるたびにケタケタと腹を抱えて笑っていた。ずっと塔の上に篭っていた彼女にとって、こういうアトラクションは新鮮なんだろう。
そういえば、当然と言えば当然なのだが、スミカは我が家で匿う事になった。勿論、義父に許可は得ていない。
僕の部屋のロフトがスミカの寝床となった。そこに布団を敷いて、昨日彼女は寝た。
義父が僕の部屋に顔を出すことなんてないし、朝早く家を出るから絶対バレない。休日だってどうせ朝からパチンコか競馬だ。大体は負けてやけ酒して、記憶がなくなるほど酔っ払って帰ってくるから、スミカのことは分からないはずだ。
今ほど義父との関係性に喜んだことはない。
現在。朝の七時半を過ぎた頃。本日の曜日は木曜日。
そろそろ着替えて学校に行かないと確実に遅刻する。隣にはウキウキワクワクとテレビを見ているスミカの姿。
――君が私の友達になってよ。
学校、行ってる場合じゃないよな。
僕はガシガシと頭をかいてから「よし、じゃあお化け屋敷に行ってみようか」と呟いた。
「ありがと!」
スミカの嬉しそうな声が返ってくる。
★☆★☆★☆
出かける準備をしている最中に、スミカの服をどうしようかという問題に直面した。
僕の服じゃサイズが合わない。隣の部屋には死んだ義姉の服があるが、義姉の服なんてスミカに着させたくもない。実母の服だって同じだ。
ジャージで都内は、流石にヤバいよな。それに、多分、スミカはノーブラだ。あんまり大きくないから大丈夫かもしれないが、一応ブラジャーだって必要だろう。
「ねえ、変な顔してるけど何考えてるの?」
「え!?」
気づいたら、スミカが僕を覗き込むようにして見つめていた。
「いや、なんでもないよ」
「そう。なんか、凄くニヤニヤしてたから、つい、気になっちゃった」
「え、ニヤニヤしてたの?」
「うん」
僕、ニヤニヤしていたのか。なんだか変態みたいじゃないか。緩んだ頰を軽くマッサージしてから、スミカに向き直った。
「スミカ。お化け屋敷に向かう前に、少し買い物しよう」
「買い物?」
「そう。君、まずはお洋服買わないと。それに下着とか、そういうのも大切だ」
僕がそう言うと、スミカは顔を赤くした。両手で股辺りを隠す。
「ま、まさかさっきニヤニヤしてたのってそれを考えてたから?」
「いや、いやいや違うって!」
いや、違くないけど、一応違う。
僕が考えていたのは胸の方だ。今スミカが抑えているのは下。
「頭の中で私のことひん剥いてたんでしょ!」
頬を赤く染めたまま、スミカは叫び続ける。
「バカ!」
両手でポカポカ殴りかかってきた。魔法を使ってこないのがせめてもの救いだ。
数分後、落ち着いたスミカを連れて近くのショッピングモールに向かった。
一応、スミカは僕のジャージを着ている。僕は私服をほとんど持っていない。ジャージの他にはクソティーくらいしかないんだ。
ナマハゲの顔がドアップでプリントされているシャツとジャージを持ってどっちが良い? と尋ねたら迷わずジャージを選んだ。即答だった。
そういうわけで、僕は余ったナマハゲTシャツを着ている。
バス停まで歩き、バスに揺られながらショッピングモールまで向かう。
「塔の上では、いつも何して暇を潰してたの?」
「魔法の練習とか、一人ボードゲームとか、本とか読んでたかな」
一人ボードゲームというパワーワードに胸を痛めつつ、塩を塗らない為にスルーする。
「ずっと魔法の練習してたんだ。だとしたら、それなりに凄い魔法とかつかえるんじゃないの?」
「いや、そういうわけでもないんだよね」
少し考えてから、スミカは続ける。
「私の魔法って、自然現象を生み出すってものなんだけど、部屋の中じゃ全力で使えないんだ」
スミカは人差し指を立てて、その先で小さな竜巻を作り出す。
「目一杯の出力で魔法を使ったことがないんだよ。物凄い勢いで部屋の中がぐちゃぐちゃになっちゃうからさ。だから、一体どれくらいの魔法が使えるのか分からない。いつも今と同じくらいの小さな魔法を使ってたんだ」
自然現象を生み出す魔法。
スミカの指先でぐるぐる回っている竜巻に目を落とす。確かに、この魔法が最大出力で使われたらとんでもない威力になりそうだ。
そこで僕は気づいてしまった。
「その魔法を使えば、別に塔の上から逃げられたんじゃないの?」
部屋の窓なり壁なりを破壊して、塔の上から下に逃げれば良いのだ。追っ手が来たって、それだけの魔法があれば逃げきれるかもしれない。
「できればやってるよ。それでも、塔の周りには結界が貼ってあるんだ。どれだけ強い魔法を使ったって、その結界は壊れない」
やはりそう簡単に脱出できないよう工夫されていたらしい。
「そんなに強い結界なの?」
そりゃ強い結界なんだろうが、一応聞いてみる。
「強いよ。内側からの攻撃に特化してるから、余計強いんだ」
「内側に特化?」
「そう。防御力を内側に集約してるから、塔の内側からの攻撃にはめっぽう強いの」
「普通結界ってのは外側からの攻撃を守るイメージがあるけどね」
言っちゃなんだが、スミカは特別な存在なのだろう。悪用しようと考える連中がいてもおかしくないと思う。
「私を奪おうなんて考える人はいないんだよ。みんな、生きたいからさ。むしろ私が逃げないよう《塔の街》の住人は目を光らせてるよ」
スミカは俯きながらそう呟いた。
《塔の街》の連中は、みんなスミカを閉じ込めたいと思ってるのか。仮に結界を破って逃げたとしても、彼女に協力してくれる人はいない。そういうことなんだな。
一体なぜ彼女は死ななければならないのだろうか。そんな理不尽があって良いのだろうか。
「じゃあ、外側から攻撃を加えれば塔の結界は簡単に破れるんだ」
「そうだね」
スミカは酷く悲しそうな顔をしている。今までずっと彼女が塔の上にいたということは、誰も彼女を助けようとしなかったということだろう。
塔の上で、ずっと一人。誰も助けてくれない。凄い、辛かったんだろうな。
その辛さを埋めるために、少しでもスミカには楽しんでもらいたい。だから、沢山遊びに連れて行こう。
「お、そろそろショッピングモールが見えてくるよ」
だんだんとショッピングモールに近づいてきた。あの角を曲がったら、ショッピングモールが見えてくる。
バスが角を曲がり、遠心力でスミカが僕に寄りかかる。同時に「うわあ」と歓声をあげる。
「凄い! 凄いよ!」
彼女はすぐに体制を立て直し、窓にへばりつくようにして外の景色見る。
窓の外には、美しい湖が広がっていた。
燦々と輝く太陽の光が、湖面を照らし出している。キラキラと輝く水面は、宝石のように美しい。湖には所々に桟橋があり、そこにはスワンボートが停まってある。
その湖を九十度に半分囲うようにして、ショッピングモールが二つ建ってる。
かなり大きなショッピングモールだ。二つのショッピングモールが渡り廊下で繋がっていて、普通のモールの二倍はある。大体のものはここで手に入るだろう。
バスから降りて、スミカは再び歓声を上げた。彼女はショッピングモールを見上げている。
「これ、すっごいね。こんなに大きな建物、流石に《塔の街》でも見かけてないよ」
入り口の自動ドアはアーチ型に膨らんでいて、その周りをいくつもの柱が取り囲んでいる。
夏を意識しているのか、水着のマネキンや作り物のヤシの木が置いてあった。
「よし、じゃあ中に行こうか」
スミカの手を引いてモールの中へ向かっていく。
「え、どこに向かってるの? そっちは窓だよ。入り口は?」
「え、どういうこと?」
一瞬呆気に取られて、言ってる意味に気づいた。
スミカは自動ドアを窓だと思っているのだろう。確かに、自動ドアに取っ手はない。初見じゃドアだと思えないかもしれない。
「良いから。僕について来なよ」
言って、もう一度スミカの手を引いて行く。
自動ドアの前に立つと、当然のようにウィーンとガラス扉がスライドして消えた。
「うわっ!」
肩をビクッと震わせて驚くスミカを横目に、僕はクスクスと笑う。
「アヤト君。私のこと馬鹿にしてるでしょ。こんな事が出来るなら言ってよ」
スミカはフグみたいに頬を膨らませて顔を寄せて来た。
「いやいや、驚くスミカを見てみたくって、良いじゃん。可愛かったよ」
「やっぱり馬鹿にしてるでしょ!」
おちょくってそう言うと、スミカは顔を赤くしてポカポカ僕を殴り始めた。
「どう? 凄いでしょ。これがこの世界の科学力だよ」
僕が自動ドアを発明したわけではないがスミカがこんなにも驚いてくれると何だか鼻が高くなる。
「まだまだこっちの科学力は凄いから、楽しみにしててよ」
言ってから、今度こそ、僕達はショッピングモールに入っていった。
スミカを連れてショッピングモール内を歩いて行く。
「気になる服があったら言ってよ」
僕達が入ったモールは左側にある方のモールなのだが、そこの一階を一通り歩いた。それだけでもかなりの距離があって、ざっと二十分くらいかかる。
いくつかスミカのお気に召した服があったようだ。
「あれ可愛いね」「これとか似合うかな」
やはりスミカも年頃の女の子なんだろう。気に入った服が見つかるたびに、はしゃいで飛び跳ねたりしている。
それから二階三階も一通り見て、結局、上下合わせて三着分、計六着の服を買うことになった。
白シャツにブラウンのサロペット。腰回りにリボンの付いているノースリーブワンピース。ブラウスにグリーンのロングスカート。
これだけあれば着回すのに充分だろう。それなりにお金が消し飛んだ。だが、これまでバイト漬けの生活を送っていたので、そんなに痛手ではない。
早速今日買った白シャツサロペットに着替えたスミカは、紙袋を抱えてホクホク笑顔になっていた。
ランジェリーショップに一人で行かせた時は少し不機嫌になっていたが、店員さんが何とか良い下着を見繕ってくれたみたいだ。
新しい服を纏った彼女の姿は、随分と様になっている。やはり、彼女は凄く可愛い。下手すると、そこら辺の女優よりも、アイドルよりも、可愛いんじゃないだろうか。
「アヤト君もさ、そんな服着てないでもっとマシな服を着なよ」
僕は自分の着ているナマハゲTシャツに目を落とす。確かに、これはないと思う。
「アヤト君はセンスないから、私が選んであげるよ」
言って、スミカは張り切って進んで行ってしまった。良い機会だから、選んでもらおう。
スミカに引っ張られて、ショッピングモール内を駆け回っていく。
スミカはマネキンと僕を交互に見て、何度も何度も首を捻っていた。自分の服よりも更に慎重に服を選んでいるように思える。
それにしても、お洒落な雰囲気漂う服屋の中にナマハゲTシャツを着て入っている僕って、凄く浮いてる。店員さんも引いているのか、僕達に声をかけてこない。たまに目が合ったかと思えば、苦笑いでそらされる。やはり、スミカに服を選んでもらった方が良さそうだ。
様々な店を巡ってスミカが選んだ服は、全部で六着。
水色の開襟シャツに、合わせて着るための白シャツ。それと黒スキニー。サマーニットに、ロング丈Tシャツ。それと今度はデニムのスキニー。
スミカに習って僕も着替えてみた。
「「うおお」」
トイレ付近に設置された鏡の前に二人で立って、互いに顔を見合わせる。
「どう? 私、結構いい趣味してるでしょ」
スミカは腰の後ろで手を組んで、上目遣いで僕を見上げた。
「確かに、悪くはないね」
「ふふっ。よかった」
スミカは振り返って歩きながら続ける。
「私、アヤト君の夢を見てる時から、こういうことやりたかったんだよね」
クラスメイトの女子がショッピングの話をしているシーンを見たことがあるという。
彼女らの話を盗み聞いて、お買い物をやってみたかったみたいだ。
「一つ夢が叶ったよ。ありがとう」
それからもう少しだけ遊んで、僕達はショッピングモールから出た。
ゲーセンにある動きと映像がリンクするゲームをやってるスミカのはしゃいだ姿が、とても可愛らしかった。