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スミカにこっちの世界での娯楽を説明した後、僕は一階に降りた。
義父が帰ってくるまでに、家事を済ませておかなければならない。
この家は、僕と義父との二人暮しだ。僕がまだ幼かった頃、母は僕の本当の父親と離婚した。離婚してまもなく、今の父親と再婚し、現在に至る。義父もバツイチで、前の奥さんとの間に僕より年上の娘がいた。だが、実母も義妹も、三年前に交通事故で亡くなった。
もともと僕と義父との仲はあまり良くなかった。僕が幼い頃から目の敵にされていた節はある。
「お前なんかいなければ良かったのに」と義姉や実母がいない時によく言われていた。少しでも好かれようと思って何度か甘えてみたのだが、そのたびに「早く死ねばいいのに」と突っ返された。
運動会などでも、姉が走る時だけは一生懸命応援していたし、ビデオも回しているというのに、僕の時にはわざとトイレに行ったりしていた。ビデオだってトラブルで回せなかったと言い張って録画してくれなかった。彼は生活の中から僕を排除しようとしていた。できるだけ僕を見ないように、娘と実母の三人で暮らしたいようだった。
それでも、義父のそんな幻想は三年前に呆気なく消え去ってしまう。
二人が死んでから、義父は毎日のように僕に当たるようになった。気に食わないことがあるたびに僕を殴り、虐げ、苦しめた。酒に酔っては「お前が死ね」と叫んで暴れまわる。
だから僕は彼の機嫌を損ねないよう必死になって完璧を演じた。彼のお金を使わないように、いつでも貸せるように、空いた時間にはバイトを入れた。彼が帰って来る頃には風呂を沸かし、飯の用意を済ませておく。夜は部屋に閉じこもり、彼が寝てから食器を洗い、洗濯を回すという生活を続けた。
僕の毎日は灰色だった。凄く、惨めだった。ここではないどこかを目指して、耐えるように毎日を生きていた。そんな時に、スミカの夢を見るようになったんだ。
塔の上で一人ぼっち。ずっとここではないどこかを目指している少女。彼女の夢を見るうちに、いつしか僕は救われていた。自分と彼女を重ね合わせ、彼女も頑張っている。僕も頑張ろうと思えるようになっていた。
僕はスミカに救われたんだ。今度は僕が彼女を救いたい。
スミカが隣にいればきっと、僕はまだ義父からの暴力に耐えられる。だから絶対、スミカを笑顔にさせてあげたい。