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砂埃を切り刻んで、爆炎の中から剣が飛んできた。それを風で無力化する。
「ははっ! 今のは効いたぞ!」
剣で煙を切り裂いて、中から兵士長が現れる。額からはボタボタと血が垂れていた。
「結界の一部が見事に破られたよ」
にたぁ、と兵士長は口を釣り上げる。
「だけどな、まだ結界は完全に破壊されてない」
確かに、兵士長の周りを囲む暴風の結界には穴が空いていた。しかし、その全てが破壊されたわけではない。
「強度を落とせば、また全身に結界を張れるんだよ」
兵士長は笑みを深めて、僕に一歩近づいた。
「所詮お前はこの程度って事だよ。いくら本気を出したってスミカ様の足元にも及ばない。結局は紛い物なんだ」
空間が歪み、剣が現れる。
「良いよ。別に、紛い物だって構わないよ」
僕はもう一度剣を拾い、兵士長に向かって一歩近づく。
もう一度だ。もう一度、あの爆炎を当ててやる。それで防御壁が壊れないのなら、何度でも。何度でもあの爆発を食らわせてやる。
僕は拳を握りしめた。目の前の兵士長を睨みつける。
「行くぞ」
言って、兵士長が手を下ろした。瞬間、刃の嵐が襲ってきた。前方から、横から、下から、上から。ありとあらゆるところから、鋭い剣が飛んでくる。
僕はその剣の嵐を掻い潜り、避けそこなった刃は剣を使って受け流す。
「何度やっても無駄なんだよ! スミカ様が助かる道はもうないんだ! 奇跡でも起こそうってのかよ!」
剣を振り上げながら、口から血を飛ばして兵士長が叫ぶ。
奇跡でも起こそうってのかよ。
彼の言葉が、ゆっくりと時間をかけて、ジワジワと脳に染み渡る。
脳が冴え渡り、振り下ろされる彼の斬撃がはっきり見える。
「そうだよ」
キンッと高い音が鳴った。剣の腹で、兵士長の斬撃を受け止める。カチカチと刃同士が触れる。力と力のぶつかり合い。これが長く続けば、不利になるのは僕だろう。だが、構わない。
僕は深く息を吸った。肺いっぱいまで、空気を満たす。
「奇跡を起こすんだよ」
兵士長の眉が上がる。
「僕達は、奇跡を起こすんだ!!」
ジワジワと兵士長の刃が僕に近づいて来る。それでも構わず、僕は続けた。
「スミカ! 僕と一緒に、奇跡を起こすんだ! 奇跡の花を! スミカの花を、咲かせるんだ!!」
力の限り、絞った声で叫んだ。
後ろから剣が飛んでくるのが分かる。何本も、何十本も、剣が物凄いスピードで空を斬って近づいて来ていた。
風で無力化しないと。そう思った時だ。ふっ、と、兵士長を包む防御壁が姿を消した。
――これは、まさか。
直後、後ろで猛烈な風が起こり、全ての剣が弾かれる。
兵士長は今、僕に全体重をかけて剣をぶつけている。この状態で一歩引いたら、どうなるか。
僕は力を抜いて軽いステップを踏み、一歩後ろにジャンプした。
ぶつかり合う力の無くなった兵士長の体が、前に倒れる。
「これで終わりだ」
今や防御壁もない。
僕は大きく振りかぶりって、右腕に火球を生み出した。
火の粉が散って、頬に当たり、髪を炙る。
その爆炎の塊を、兵士長目掛けて投げた。炎が上がり、光が溢れ、爆炎に包まれる。視界の先が、煙で埋まった。
★☆★☆★☆
倒れ伏す兵士長を前に、短いため息をつく。彼の周りからは黒煙が昇り、焦げ臭く嫌な臭いが立ち込めている。
兵士長は寝返りを打ち、ぐったりを空を見上げた。
「い……けよ。もう……任せたよ……」
微かな声が響く。息はあるし、意識もある。だが、彼はもうまともに動けない。
これでやっと、落ち着いて作業ができる。
僕は兵士長を見下ろしてから振り返った。祭壇の元まで駆け寄る。
「スミカ!」
彼女を、胸に抱く。
「良かった。間に合って、本当に良かった」
より強く、キツく、彼女を抱き寄せる。彼女の温もりが、懐かしい。髪の香りが、懐かしい。スミカが、生きてる。
「スミカ。じゃあ、始めよう。世界を救うんだ」
彼女を離し、肩を掴む。スミカはコクリと頷いた。
「大丈夫なんでしょ。誰も、犠牲にならないんでしょ。そうやって、ここまで来てくれたんでしょ。カンナさんを、アヤト君を、信じるよ」
「こちらに来てください」
カンナに促され、祭壇の前に立つ。彼女の横には、髪をなびかせた男が立っている。彼がきっと、ジン=グローリーだろう。
ジンが空を見上げている。
「魔力の渦が、爆発しようとしてる。急ごう」
七色に輝く魔力の塊が渦を巻いて膨張している。渦の至る所で小さな爆発が起こっており、その爆発の火花が、隕石として地上に落ちている。
あの塊全てが爆発したら、世界は間違いなく滅びる。
それを止めてきたのが、ジン達歴代の犠牲者だ。
「任せたよ」
ジンが僕とスミカの肩をそっと押してくれた。
スミカと顔を見合わせて、頷く。僕とスミカは両の手を繋いで、ギュッと、力強く握りしめた。
「じゃあ、始めますよ」
ジンの説明によれば、人一人分の魂をこの祭壇に込めれば魔力超過は終わるという。
今、ここには僕とスミカ。同じ魔法を使う人間が二人。
同じ力を持つ魂が、二つ。一人分の魂を使えば、魔力超過は止められる。
二人で祭壇の前にひざまずいて、祈りを捧げる。
体の内側から、暖かい何かが溢れ出てくる。生命の源が、吸い出されていくのを感じる。
不意に、体が浮いた。
下から、上から、右から、左から、ありとあらゆる所から、豪風が吹き荒れている。
風の海を泳ぐように手をかいて、隣にいるスミカの手を取った。彼女の黒く柔らかな髪は、風によって巻き上げられている。
これで最後だ。
体にある生命の力が、外側に向かっている。その力に吊り上げられるように、僕とスミカは上へ上へと押し上げられる。
気づけば魔力の渦の中へと入っていた。
周りには高密度の魔力の塊。爆発や、雷撃が、辺りを支配している。
「アヤト君」
隣に僕がいることを確かめるような、力無い声が聞こえる。
「どうしたの?」
僕はここにいるよと伝えたくて、力強い声を返す。
「なんで、私のためにここまでしてくれたの?」
両手を繋いで、魔力の中心部で向き合っている。スミカはか細い声で、そんな事を聞いてきた。その瞳は泳いでいる。
「どうして……か」
理由なんで腐るほどある。
初めて会う前から、ずっと、僕はスミカの事を考えてきた。それだけじゃない。スミカと過ごした日々が、とても心地良かった。それを守るためなら、命を賭けても良いと思ったんだ。そんな大切な人を奪われたまま、のうのうと生きていくような、逃げていくような事はしたくなかったんだ。
なんでそう思えたのかって、そんなの、決まってる。
「スミカの事を……愛してるからだと思う」
スミカが僕の瞳を見た。彼女の瞳が見開かれる。
瞬間、魔力の渦が消滅した。ベールが解かれるように、七色の光が消えていく。
空を覆っていた魔力が消えて、眩しいくらいの青空が現れた。
下を向く、視界の先にはいくつもの塔が聳え立つ《塔の街》が見えた。その街を囲む、広大な自然と、自然の中にある村も、しっかりと見える。
「あっ」
花が、咲き始めていた。
ある所では湖の周りで、ある所では草原の真ん中で、ある所では山の中腹で、花が、咲き誇っていた。
「スミカ、あれ」
僕が言う前から気づいていたのだろうか。スミカは、地上に咲き乱れる花を、眺めていた。
「スミカの花だ」
彼女は自分の頭に触れる。あの、花飾りが付いていた位置。
「スミカの花が、咲いてる」
それはまさしく、奇跡だった。奇跡の花が、咲いたのだから。
僕達は、奇跡を起こしたんだ。




