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 僕とカンナは後部座席にしゃがみ込んで隠れていた。外からは見られないように、必死に息を潜めている。


 途中何度か他の兵士に「お前は何をしているんだ?」と声をかけられていたが「兵士長に用がある」と言えとカンナに命令され、そのように返していた。


「ほら、着いたぞ」


 特に問題が起こる事なく、あの廃駅の近くまでたどり着いた。


「流石に目の前には止められねえよ。ここまでで勘弁してくれ」


 廃駅までの距離は後百メートルほど、大した距離ではない。だが、ここで兵士を返すのはリスクが高すぎる。こいつが他の兵士を呼んでこない保証なんて、どこにもない。


「魔導四輪車の運転はもう良いよ。だけど、まだ返すつもりはない」


 カンナは銃を押し当てたまま、彼の首に僕の鎖を付けた。それを座席に繋げる。叫ばれないように猿ぐつわを施してから、僕達は身を屈めて人気の少ない路地裏に移動した。


「じゃあ、行きますよ」


 カンナは持っていた銃を上に向けて、引き金を引いた。ズガガガガッと音が炸裂し、近くの塔に風穴を開ける。更にはガラスやパイプを突き破り、ガラスが雨のように舞い落ちる。パイプからは七色に光り輝く魔力が溢れ出し、噴水のように上空に吹き出されて地面に降り注ぐ。


「さあ、逃げましょう」


 銃口からは煙が上がり、硝煙の香りが漂う。


 カンナと共に路地裏を走り抜ける。走りながら、更にパイプや壁を撃ち抜く。近くから兵士達の怒声が聞こえて来た。 


「何だ!? 何があった!!」


 大通りでは兵士達が騒いでいる。あの廃駅の警備に当たっている兵士も、少しはこちらに来るかもしれない。


 そう思いながら、入り組んだ路地裏を走り、廃駅へ近づいていく。


 走る。ひたすら走る。路地裏を駆け抜けて、廃駅を目指して、ひたすら走る。


 スミカを、救うんだ。


 上空から空走列車がやって来た。列車は目の前の廃駅に止まる。きっとあれに、スミカが乗るんだ。


 駅はもう目の前に見えている。なんとか、間に合ってくれ。

 廃駅の周りには数人の兵士しか警備をしていなかった。後方では何人もの兵士が溢れた魔力の処理に奔走している。


「一気に行きましょう」


 カンナは小銃を構えたまま、銃声を撒き散らして走る。


 銃弾が空気を切り裂く音が聞こえる。兵士達が肩を弾ませ、一瞬でこちらに気がつく。だが、魔法を使えない兵士なんてただのカスだ。


「動くな!!」


 カンナが銃を構え叫びながら近づいて来るだけで、彼らは固まってしまう。


「動いたら撃つぞ」


 銃を構えたまま錆びついだ螺旋階段を勢いよく登って行く。兵士達は、僕らを追ってこれない。螺旋階段はギシギシと悲鳴を上げている。いつ崩れてもおかしくない。だけど、それがなんだ。


「スミカ! 助けに来たよ!」


 螺旋階段を抜けて、ホームに出て、叫ぶ。


 しかし、列車の扉は閉まっていた。


 空走列車の窓越しに、スミカと瞳が合う。彼女の隣には、忌々しい兵士長の姿があった。


 スミカは瞳を見開いていた。


 スミカが行ってしまう。僕とスミカとの距離はたった数メートルなのに、その距離は、果てしなく遠い。永遠に埋まらないかもしれない差が、そこにはある。


 周りにいた数人の兵士達が僕を取り抑えようと動き出した。そいつら全員を、カンナが封じる。乾いた銃声が、響き渡った。


 彼らは足を抑えて蹲っている。


 だけど、無情にも列車は出発してしまった。これじゃ、聖域に向かえない。


 一瞬の絶望。体がぐらりと揺れて、足から力が抜ける。


「まだですよ!」


 しかし、それをカンナの声が繋ぎ止めた。


「空走列車は、二台あるんですよ」


 そうだ。この世界に始めて来た時、上空から、《塔の街》を見下ろした。その時、列車は確かに二台あった。


 カンナは駅長室に飛び込んだ。前に見た、よく分からない機械を連打する。


 汽笛を鳴らして、すぐにもう一台の列車が駅にやってきた。


「追いましょう! まだ間に合いますよ」


 空からはいくつもの魔力の塊が落ちてきていた。


 列車に乗り、カンナがなんらかの操作を行った。すると、列車の扉は閉まり、動き出す。


 虹色の光を浴びて、列車は進む。真横を、魔力の隕石が通り過ぎて行った。直後、衝撃波がやって来て、車体が大きく揺れる。


「あれが、地上に落ちる」


 あんなのが落下したら、それこそ世界が滅んでしまうだろう。


 しかし、その隕石は竜巻によって破壊された。見覚えのある、あの竜巻。


「多分、スミカ様が聖域に着きましたよ」


 その光景を目の当たりにして、カンナが呟く。


「スミカ様が、魔法を使ってますから」


 聖域に入れば、魔法が使える。今竜巻の魔法が起こったという事は、スミカが聖域にたどり着いてしまった事を意味している。


「私達も、すぐに着きますよ。なんとしてでも、スミカ様を守るんです」


 隕石のように高密度の魔力の塊が地上に向かって落下している。それらが七色の尾を引いて落ちて行く姿は、正直、美しい。


 目の前には魔力の渦が広がっていた。高密度の魔力は、時折雷を伴って蠢く。その魔力の渦の中を、列車は突き進んで行く。


 雷が鳴るたびに列車は大きく揺れる。だが、決して止まらない。


「見えてきましたよ。恐らく、あれが聖域です」


 列車の先頭に立ち、カンナが右手で窓の外を示していた。

 僕もそこを覗き込む。


「ああ、あれは……」


 魔力の渦を抜けた先、そこは、台風の目のように静かな場所だった。その静けさの中心にあるのが、恐らく聖域だ。


 この世界に来た時、一番初めに見た祭壇。大理石に囲まれた天空の孤島。


「あそこが、聖域」


「やっと……ここまで辿り着きましたよ」


 カンナは遠い過去を思い出すような瞳で、その祭壇を見つめていた。


「これが、最後の賭けです。ここにジンの魂が欠片も残ってなかったら、私達は負けます」


 カンナの魔法が進化せずに、そのままスミカが犠牲になる。更には、ジンも生き返らない。


 間違いなく、負けだ。


「さあ、もう、着きますよ」


 空走列車が薄い雲を破って、聖域に突入した。何らかの結界が張ってあるのだろう。列車はギャリギャリと音を立てて進んで行く。


 バリンと、何かが弾けた。もう目の前には、祭壇がある。全身を包んでいた謎の膜が取り払われたかのような感覚と共に、魔力が体の底から湧き上がる。


「スミカ! 今度こそ、本当に! 助けに来たよ!」


 ドアを開け、物凄い風が入ってくる。だけど、そんなのに構わず列車から飛び降りた。


 風を操って落下の威力を殺し、大理石に着地する。


 四〇〇メートルトラックほどの大きさの島だ。その土地は全て大理石で覆われていて、前方の端っこに、小さな祭壇が見える。石を積み上げて作った不気味な祭壇だ。両端には石の柱が二つ建っており、その先端には炎が灯っている。その祭壇の中央には椅子が置かれており、そこには人の骸。つまり骸骨が腰掛けていた。


「アヤト君! なんで来ちゃったの!?」


 スミカはそこにうずくまり、骸に向かって祈りを捧げていたが、僕に気がつくと勢いよく顔を上げ、叫び声をあげた。


 すぐに、僕の頬を剣がかすめる。


「お前、本当に懲りない奴だな」


 声の方に視線を向けると、そこには大男が立っていた。


「この際だ。どちらが犠牲になろうが関係ねえよ」


 兵士長は低い声で言う。


「でもな」という呟きと共に彼の真横の時空が歪む。


「この男が本当に世界を救えるのかどうか分からない。スミカ様なら完璧に世界を救える。そう考えると、やはり邪魔される訳にはいかないんだよな」


 時空の歪みから、二本の剣が現れた。兵士長はそれを持ち、切っ先を僕に向ける。


「だから、やっぱり邪魔される訳にはいかねえんだわ。スミカ様! 世界を救いたければ、俺に力を貸してもらえませんかね?」


 兵士長はスミカに向かって声をあげた。


「ここでスミカ様が失敗すれば、魔力超過は起こってしまう。ここは爆心地になり、この男は死ぬでしょう。そんなの、嫌でしょう? 俺に力を貸してくれれば、死なない程度に無力化しますよ。貴女は安心して生贄になれる」


 兵士長は口の端を釣り上げてそんな事を言った。スミカはその言葉を真顔で聞いている。


 ダメだ。そんな口車に乗せられちゃ、ダメだ。


「スミカ! 聞いてくれ! 魔力の進化の方法が分かったんだ。誰も犠牲にならずに済む方法が見つかったんだよ!」


「え?」と呟いて、スミカがこちらに視線を向ける。


「スミカ様、騙されちゃいけませんよ。そんな都合のいい事、ある訳ないじゃないですか。どうせ、ハッタリですよ」


「スミカ、信じてくれ。本当なんだ」


 スミカが僕と兵士長を交互に見る。彼女の気持ちが、揺れ動いてるのが分かる。


「スミカ様。こんな奴の言う事は聞いちゃダメですよ。どうせ、前にも嘘をつかれたことがあるのでしょう?」


 兵士長のそれは、まさしくハッタリのはずだった。彼は、僕が昔スミカに嘘をついたことなど知らない。しかし、兵士長のその言葉は、スミカの決心を後押しするのには充分すぎた。


 僕は昔、スミカに嘘を付いてる。嘘をついて、異世界に帰らせなかった。


 そのツケが今になって回ってきた。


「協力……するよ」


 スミカは俯きながら、兵士長の方を向いた。


 因果応報だ。自分の嘘で、最後の最後でスミカの信用を得られなかった。


「ありがとうございます。では、儀式に戻ってください」


 兵士長はスミカの元まで歩いていき、彼女の背中を押した。

 スミカは頷いて、再び骸の前にしゃがみ込む。


 ちょうどその時、空走列車が聖域に辿り着いた。中からカンナが降りてきて、祭壇に駆け寄る。


「ジン!!」


 言って、カンナは椅子に腰かけた亡骸に触れた。あれが、ジン=グローリーなんだな。


「お前が裏切ったのか。まあ、初めから信用なんてしてないがな」


 兵士長は笑い、スミカに合図をした。


 祈りながらスミカは兵士長に右手を向けて、彼の周りに風の防御壁を生み出す。


 カンナはこちらに視線を向けている。


 そっちは任せたよ。多分、彼女はそう言ってるんだ。


 僕は右手を挙げた。カンナは僕の視線に気がつき、こくんと頷く。カンナはジンに抱きついて、目を閉じた。ジンの魂を、探しているのかもしれない。


「余所見してんなよ」


 ビュンッという風を切る音が鳴り、僕の真横を剣が通り過ぎて行く。


「行くぞ。これで本当に終わりにしてやる」


 兵士長が腕をあげる。すると、あたり一帯の時空が歪んだ。中から、無数の剣が現れる。


 剣が一本ずつ、僕目掛けて飛んでくる。


 イメージだ。イメージしろ。風を使い、剣を弾く。


 一本弾いたところで、剣の雨は止まらない。


 また一本、また一本と、次々と剣がやって来る。


 僕は剣を弾きながら、一歩ずつ兵士長に近づいていく。


 剣の雨を縫いながら、右手を振って雷撃を飛ばす。


 雷撃は物凄い轟音と共に射出され、兵士長の体に当たる――はずだった。


 しかし、僕の雷撃はスミカの風の防御壁によって弾かれるだけだ。


「お前程度の魔法で、スミカ様の結界が破れるわけねえだろ!」


 剣の雨と共に、兵士長が近づいてくる。


 十数本の剣が、一気に押し寄せてくる。体を捻り、転がり、風の魔法を使い、なんとか全ての剣を弾く。しかし、その隙に僕の目の前まで距離を詰めていた兵士長が両手に持った剣を振るった。


 まるで曲芸師のような動きで、僕の首、胴体、足を狙ってくる。


 ダメだ。魔法が間に合わない。


 僕は咄嗟に後ろに飛んで、その攻撃を避ける。僕が避ける先を予測していたのか、すぐに剣がそこ目掛けて飛んでくる。それを風で弾く。風で弾いたと思えば、兵士長の斬撃がやってくる。


 全く隙がない。攻撃に、映れない。


 どうする。僕に、何ができる。どうすれば、兵士長を倒せる。


 考えている間にも、剣の雨は止まない。兵士長の斬撃も、止まらない。攻撃を与える隙がない。仮に攻撃が当たったとしても、全部、スミカの風の防御壁に弾かれてしまう。


 どうすれば良いんだ。


 咄嗟に、転がっている剣を拾った。気づけば、大理石の上には何本もの剣が転がっている。


 こうなったら、兵士長の剣を捌いてやる。


 たらりと汗が伝う。冷や汗が全身から噴き出している。だが、止まれない。


 四方八方から飛んでくる剣を、転がり、仰け反り、体を捻り、全て紙一重で避ける。その間に近づいて来た兵士長が剣を振り下ろす。


 今だ。今しかない。


 イメージだ。イメージしろ。後ろから突風が吹き、僕の腕を押し上げる。そんなイメージ。


 振り下ろされる兵士長の剣を弾くように、全力で剣を振り上げる。下から、僕を手伝うかのように突風が吹き荒れた。


 キンッという金属同士がぶつかり合う音が鳴り響く。


「なっ」


 兵士長の持っていた剣が、クルクルと回転しながら、宙を舞う。


 兵士長の身は、大きく仰け反っていた。今なら、魔法を叩き込める。


「今だっ!」


 兵士長に一歩近づき、スミカの防御壁に当たるよう、突風を生み出した。防御壁に風穴をこじ開けるつもりで、兵士長を纏う風とは反対向きの風を押し当てる。


「吹っ飛べっ!」


 兵士長の体は捻れ、何十回転もし、吹き飛ばされる。


 スミカの風が破れたのかどうか。そんなのは分からない。だが、そんなのは気にしてる場合じゃない。


「まだだ。絶対、ここで倒してやる! スミカは、僕が守るんだ!」


 今がチャンスなんだ。倒すなら、今しかない。


 叫んで、右手に火球を作り出した。僕の腕の中で炎の塊は轟々と燃え、熱気を放っている。


 放物線を描きながら空に舞っている兵士長目掛けて、勢いよく火球を投げた。


 僕の右手から、熱を伴った魔力の塊が投げ出される。火の粉が飛んで、ジワリと肌を炙る。


 スミカの風があろうがなかろうが、関係ない。スミカの防御壁をも破り、兵士長も倒す。そのくらいの思いを込めて、炎を投げ出した。


 地面に落ちてぐるぐる転がる兵士長に、僕の炎が迫る。


 手と足を使って回転を止めた兵士長が、すぐに立ち上がった。やっと、肉眼で確認できた。スミカの防御壁は、未だ健在だ。ただ、その風の厚さは薄くなっている。


「その程度で俺を倒せると思うなよ」


 口に滲む血を擦りながら、兵士長は呟いた。直後、兵士長の横合いから剣が出現し僕の火球を斬った。


 まさに一刀両断。火球はスポンジのように真っ二つに斬られる。


 だが、そんなの関係ない。


「爆発しろっ!」


 二つに割れた火球が、膨れ上がった。


 あの湖で、何度も練習したんだ。


 爆風が吹きすさび、熱風が頬を炙る。


 倒せたのか?


 分からない。爆風によって、あたりに煙が満ちている。兵士長の姿が、見えない。


 スミカが生贄になるまで、後どれだけ時間が残されているのだろう。一刻も早く、カンナには魔法を進化させてもらわなければならない。


「ここまで来たんだ。こんなところでやられてたまるか」


 荒れる呼吸を精一杯整えて、そう呟いていた。

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