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「良いですか。聖域には、生贄と兵士長が向かう事になっています」
魔導四輪車に乗りながら、カンナの言葉を思い出す。
「聖域には特殊な結界が張られていて、魔力超過の時でも魔法が使えるんですよ。あの兵士長は、最後の砦として、儀式の邪魔が入らないよう見張ってるって訳です」
車から空を見上げると、上空は既に七色に輝き始めていた。魔力超過が始まっている。あの虹色が消えたら、スミカの命も無くなる。何としても、それだけは阻止しなくてはいけない。
「聖域についたら、私は魔法を進化させないといけません。ジンの魂を内側に取り込むには、それなりに神経を使います。しかも、魔法が進化したら普通の魔法は使えません。全て魂の増減に関わってしまいますから。だから、頼みますよ。兵士長は任せました」
出発の直前、カンナにそう肩を叩かれた。今度こそ、兵士長を倒すんだ。
★☆★☆★☆
「すみません。やはり保険のためにも彼を連れてきた方が良いと思ったんです」
魔導四輪車の窓から顔を出し、カンナは呟いた。僕の首に繋がれた鎖を、グイッと引っ張る。彼女は鋭い瞳を兵士に向けている。
今いるのは塔の街の入り口。魔力超過のため、既に入り口は封鎖されており、出入りは禁止されている。
カンナはここで、スミカを裏切って勝ち取った信用を使おうというのだ。
出入り口を管理する兵士達は悩んでいるようだった。誰も通すなと、命令されているのかもしれない。
「この男を知らないのですか? スミカ様と同じ魔法を使うんですよ」
カンナは兵士を挑発するようにクスクス笑う。
「それは知っている」
カンナの態度が気に食わなかったのか、兵士は食い気味に答える。
「兵士長は彼の事を保険だと思っています。もしも、万が一、です。スミカ様が失敗した場合、必要になるのは彼の魂なのでは? 貴方がこの男を《塔の街》に入れなかったと後で分かったら、大変な事になると思いますけど」
舐めるように兵士を見て、カンナは兵士を脅す。兵士は唇を噛み締め、苦悶の表情を浮かべてから、僕達を《塔の街》に入れた。
「できれば儀式の近くまで行ければ完璧なんですが」
「それはダメだ。何があっても近づくなと言われている」
「どうしても、ダメなんですか?」
「そうだ」
「そうですか。なら、仕方ないですよね」カンナは一度俯いてから、続ける。「ちょっとこっちに来てくれませんか?」
「どうしたんだ?」
「いや、なんだか魔導四輪車が故障したらしくて」
言いながら、カンナはハンドルの下を覗き込む。
「ちょっと見てみてくれませんか?」
兵士はやれやれ、といった風に一度ため息をつき、車に乗り込んだ。運転席を譲り、カンナは後部座席に座る。そこで、ガチャリという音が鳴った。
「動かないで、そして叫ばないで」
カンナの手には兵士長から譲り受けた小銃が握られている。
魔力超過時には、魔法が使えない。それは、カンナの経験から分かっている事だった。
銃を兵士の背中に押し当て、カンナもう一度低い声を出す。
「私達をあの廃駅に連れて行きなさい。私は調べ上げたんです。あの駅の事も、聖域の事も、全部。場所は分かってます」
カンナ曰く、あの廃駅こそが聖域に向かう場所だと言う。空走列車に乗って、遥か上空にあるとされる聖域に向かう。
銃身はシートに隠されて、外からは見えない。周りで警備をしている兵士達は、今起こっている事に気づいていない。
「ダメだ。あの駅には誰も近づけるなと言われている」
僕とスミカが逃げ隠れたあの廃駅。
カンナが泣いていた、あの駅。
カンナが大切な思い出の場所だと言っていた、あの駅。あれはジンとの別れの場所だったんだ。
「良いから進みなさい。ここで死にたいんですか?」
カンナの凛とした声が響く。
兵士は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、腕に何かを巻きつけた。
「お前、何をしようっていうんだよ」
兵士は一度振り向いて、カンナの顔を見つめる。
「世界が滅びるかもしれないんだぞ。まさか邪魔をする気か?」
兵士は信じられないといった表情をしていた。もう一度、更に強く兵士の腰に銃が捻りこまれる。カンナは唇を噛み締めていた。
信じられないと思ったのは、こっちの方だ。
「お前は」気づけば、声が出ていた。
「お前は犠牲者の気持ちを考えた事があるのかよ。その犠牲者の仲間の気持ちを、考えた事があるのかよ」
言葉は、止まらない。
「一人で勝手に救われようなんて思うなよ。救われるのが当然と思わないでくれよ。僕はただ、誰一人として犠牲にならないようにしたいだけなんだ」
兵士は、唖然とした表情で僕を見ていた。
「早く、行ってください」
カンナに言われ、彼は車を発進させる。




