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バシャリと音を立てて、水の牢獄が崩れ落ちる。水滴が滴り落ちる中、僕が一番初めにとった行動はカンナの胸ぐらを掴むことだった。


「どうしてこんな事したんだよ……なんで、なんでスミカを裏切らなくちゃいけなかったんだ!」


 僕よりも頭一つ分小さい彼女の体は、簡単に宙に浮く。僕に胸ぐらを掴まれたカンナはパタパタと足をばたつかせた。首元が締まるのか、苦しそうに顔を歪めている。だけど、そんなの知ったことか。僕は更に彼女を持ち上げて、怒鳴る。


「何とか言えよ! ふざけんなよ!!」


 内から溢れる怒りが収まらない。本当に、こいつの事をぶん殴りたい。無尽蔵に生まれる怒りは暴言となって外に出て行く。いくら怒鳴ったって、どうにもならないのに。


 カンナは苦しそうな表情を変えずに、口を開く。


「魔力超過が、始まるからですよ」 


「なんでそれが分かるんだよ! 勝手な予想を立ててんじゃねえよ!」


 口が悪くなる。考えるよりも先に言葉が出てくる。


「今日が丁度、前回の魔力超過から五百年なんですよ。魔力超過はもうすぐ始まります」


「だからなんで、そんなのが分かるんだ! 文献にでも載ってたのかよ! だったらなんで言わないんだ! 裏切るような事するなよ!」 


 息が荒い。喉が焼けるように熱い。腹の底が、煮え繰り返るように震えている。


「スミカがどんな気持ちで連れ去られたか、分かるか!? 裏切られたまま死ななきゃいけない気持ちが分かるか!?」


 カンナは固く唇を結んでいる。まるで自分は被害者ですと言わんばかりの表情だった。それを見て、血管が切れるかと思った。全身が燃えるように熱くて、視界まで赤くなっていく。


「分かるかって聞いてんだ!!」


 僕の剣幕に押されたのか、カンナは一度目を閉じて、ゆっくりと言う。


「スミカ様の気持ちは分からないかもしれません。でも、今のアヤトさんの気持ちなら、分かるかもしれません」


 こいつは何を言っているんだと、本気で思った。自分でスミカを裏切っておいて、僕の気持ちが分かるだと? そんな言葉を平気で吐ける神経が分からない。


「私も、魔力超過で最愛の人を失っていますから」


 次いで出た彼女の一言によって、一度、思考が停止する。

 こいつは何を言っているんだと、もう一度思った。 


 魔力超過で大切な人を失っている? 誰のことだ。魔力超過によって死ぬのはスミカだろう。そのスミカを裏切ったのは、カンナ自身だ。言ってる意味が、分からない。


「五百年間、ずっと、この時を待っていたんです」


 僕を見ながら、彼女はそう告げた。五百年間待っていたと、確かな力を持って発言した。 


「五百年間待っていた?」


 理解が追いつかない。腕から力が抜けていき、ドサリとカンナは落ちた。

 尻餅をつき、項垂れながら彼女は続ける。


「はい。五百年前の今日から、今までずっと待っていました。次の魔力超過の時を、ずっと」


 五百年前から、今までずっと。もう一度口に出して反芻する。


 遅れて、じんわりと、脳内に言葉が染み渡る。凍えきった体をストーブで温めている感覚と似ているな、なんて、意味不明な感想を抱いていた。そんな事を考えてしまうくらいには、呆気に取られていた。怒りなんて、一瞬でどこかへ行ってしまっていた。


 ただ、ただ、どういうことなんだ? という疑問が頭の中で渦巻いている。


「貴女はいったい、何者なんですか?」


 出てきた言葉は、その程度の物だった。自然と、いつか自分がぶつけられた質問を選んでいたのかもしれない。


 カンナは項垂れていた顔を上げ、僕を見つめる。


「私の本当の名前を教えます」


 ごくりと、喉が鳴った。カンナは一度視線を下げて、言う。

「私の名前はカンナ=リリーと言います」


 ポタリと、濡れた髪から雫が滴り落ちる。


「『グローリーと奇跡の花』に出てきたリリーとは、私のことですよ」

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